第46話 試合開始

 イヤホンに手をあてていたマルタ隊長が俺の顔を見て頷いた。


「偵察隊から報告が来ました。ホバーボードに乗ったブレッツ卿が城下町の入り口に到着しました」


いよいよ死神のご登場か。


「そのまま、訓練場の方へ誘導するように伝えて」

「了解。リーダーよりブラックワンへ。マルタイを訓練場へ誘導せよ。繰り返す。マルタイを訓練場へ誘導せよ」

「(ブラックワン了解。マルタイを訓練場へ誘導します)」


下手なところで戦闘になって、建物などに損壊がでても困ってしまう。

どうせなら思いっきり暴れられるところがいいだろう。


「レオ、大丈夫なのですか?」


フィルが心配そうに聞いてくるが、実を言えば完全に勝つ自信はない。

初めて戦った時よりは俺も強くなっていると思うけど、勝利の確信が得られるほど甘い相手じゃないのだ。


「もし、必要なら言ってください」

「えっ?」

「私、すぐ脱ぎますので……」


フィルは頬を赤らめる。


「すぐ脱ぐって?」

「伝説のスクール水着です。レオがこれを着れば相手がブレッツ卿でも余裕でしょう」


えーと……そんな変態行為はしたくないです。

もっといえば正々堂々戦いたいです。


「フィル……気持ちだけ受け取っておくよ」

「チッ」


アリスは舌打ちしない!



 準備万端整えて待っていると、訓練場にアニタがやってきた。


「レ~オ~」

「こら! フィリシア殿下の御前だぞ」


危ない目つきをしていたアニタが我に返る。


「これは殿下、ご尊顔を拝し恐悦至極。さっそくレオとやらせてください」


30点以下の挨拶だな。


「ブレッツ卿、遠路はるばるよくカルバンシアまで来てくれました。陛下はいかがお過ごしですか」


フィルの社交辞令に渋々といった様子で死神は受け答えをしている。

だが、アニタは愚か者ではない。

案内された場所が訓練場ということは、時をおかずに自分の願いが叶うということをよく理解していた。



「レオ、随分と焦らしてくれるのだな」

「少しは落ち着いたらどうです? 長旅で疲れた貴方を倒しても嬉しさ半減ですから」


アニタがブルッと震えた。


「いい……、やっぱりレオはいいな……」


何がいいんだろう? 

変態さんの考え方はよくわからない。


 アニタとフィルが話している間に馬に乗ったレベッカも戻ってきた。


「おお、小娘。荷物を運んでもらって悪かったな」

「私の名前はレベッカ・メーダよ! いい加減覚えなさい。勝負を仕掛けたのは私だから、いろいろされたことに文句は言わないけど、レオは私のようにはいかないんだからね!」


ケンカを売ったのはレベッカの方かよ……。


「クククッ、それを一番よく知っているのは私だ。だからこそはるばる最果ての地までやってきたのだ。お前はそこで私とレオが愛し合う様をとくと見ているがいい! 強者の営みというものを教えてやろう」


アニタは気が満ちたような顔になって俺の方を向いた。


「そろそろいいではないか? これ以上焦らされると私はおかしくなってしまうぞ?」


もう充分おかしいです。


「わかりました。そろそろ始めましょうか」


俺は黒い皮の手袋を拳にはめた。


「で、レオの得物はなにかな? 剣? それとも槍?」


ワクワクした目でアニタは聞いてくる。


「それなんですが、素手による格闘戦を提案します」

「素手ぇ~……」


予想通りアニタは難色を示してきた。

だが、俺が一番得意なのは格闘戦だし、たとえ棒きれであっても俺やアニタが持つと立派な凶器になってしまうのだ。

ここは何としても説得しなければならない。

俺はアリスが用意してくれたセリフを棒読みする。


「イメージしてください。自分の拳が俺の腹に食い込む感触を。思い出してください。俺の肘が貴女の頬を捉えた時の瞬間を」


こんなセリフで説得できるのか?


「………………ハァ、ハァ、……素敵」


死神の目がトロンとして口角がニィッと持ち上がる。


「わかった。すぐにしようレオ。もう我慢できないからっ!」


アニタの呼吸が乱れている。

だけど俺の方は正しい呼吸法できちんとリラックスできている。

勝機は十分ある!


「それでは、僭越ながら私アリスが審判役を務めます。非常事態の際は容赦なく試合を止めますのでご容赦を」


 皆が見守る中アリスの仕切りで試合は始まった。


 アニタの攻撃は駆け引きなく最初から全力だ。

スタミナには自信があるのだろう。

だが体力なら俺も負けてはいない。

伊達に特戦隊と汗は流していないぞ。

互いにすべての攻撃をかわすのは不可能なので、二人ともダメージは蓄積している。

拳がかするたび、蹴り技が決まるたびにアニタの顔は喜びに溢れていった。

こいつが異常なのは打撃を貰った時も同じ顔をするところだ。

痛みではなく快感に顔を歪めているようで、その姿が俺の心を揺さぶる。

ここは平常心で臨まないと、アニタの迫力に呑み込まれてしまう。


 ベルギア帝国にはサバリアという格闘術がある。

アニタが修めているのもこのサバリアだ。

変則的な軌道を持つ蹴り技に特徴がある打撃主体の格闘技だ。

アニタも下段と思わせて上段、上段と見せて急下降と、虚実を入り交ぜた先読みの難しい攻撃を仕掛けてくる。

だが、そもそもの技としては俺が学んだ異世界の軍隊格闘術の方がずっと洗練されたものだ。

そして、俺とアニタの知っている格闘術の中で一番の違いは絞め技だろう。

アリスと一緒にシミュレーションしていた通り、俺は超近接戦闘に持ち込む。

アニタも帝国最強の称号を持つ女らしく肘と膝を使った多彩な攻撃を仕掛けてきた。

途中何度か意識を失いそうになるほどのダメージを貰いながらも俺はなんとかアニタの背後に回ることができた。

そしてそのままアニタを絞め落とす。


「ヒュー、ヒュー」


乾いたような呼吸がアニタの口から洩れている。


「レ……オ、だ……い……しゅ……き…………」


アニタは大きくブルッっと身を震わすと、そのまま痙攣したようにビクビクと体を震わせながら意識を手放していた。


 ついに死神アニタを倒したぞ。

……剣術だったら負けていたかもしれないけど、勝ちは勝ちだ。


「見事でしたレオ!」


フィルやレベッカが駆け寄ってきた。


「もう、何発もいいのを貰っていたから心配しちゃったじゃない」


レベッカも文句を言いながらも嬉しそうだ。

だけどアニタは大丈夫なのか? 

アリスがアニタの様子を調べている。

まさか死んでないよね?


「アリス、アニタの具合はどう?」

「大丈夫ですよ。見てくださいこの顔を」


アニタはなんとも満足そうな顔をしたまま気絶していた。


なんだろうな……。

さっき告白されたせいかもしれないけど、今のアニタの表情をやけに可愛いと感じてしまった。

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