第44話 教えてアリス先生
火の下月に入って、暑さはようやく下火になってきた。
涼しくなるのは嬉しいけど薄着姿の女の子が見られなくなるのはちょっぴり寂しい。
特に野外で特戦隊の陣頭指揮を執っているマルタ隊長の姿は圧巻だった。
イルマさんと並んでフィルの臣下の中では双璧をなす巨乳だもんね。
しかもマルタさんはいつも元気に走り回っている……。
最近はきっちりとした上着を着てしまって残念でならない。
午前中からアリスによる内政の講義を聞いている。
俺やフィルだけじゃなくてカルロさんをはじめとした文官たちも一緒に授業を受けていた。
「材木需要というのは好景気の煽りを受けてしばらくは続くでしょう。しかしこれを永遠のものと考えてはいけません。理由は色々出てきますが、人件費の拡大、外材の輸入、森林資源の減少によりやがて収支は悪化するでしょう」
カルバンシアヒノキは高級木材だ。
市場でも高値で取引される。
でも、だからと言ってどんどん伐採していくとなくなってしまうのは当然だな。
「ある程度の量産体制は取る必要はありますが、その後は収支に注視して生産を維持していかなければなりませんね。これは森林軌道への投資にも同じことが言えます」
帝国では魔道鉄道や、森林軌道の建設ラッシュが始まろうとしているのに?
「これも技術の発展度合いによりますが、いずれはトラックと呼ばれる貨物の運送に用いられる自動車が木材搬出の主力になるでしょう」
自動車なら帝都で見たことがある。
人間を二人ほど乗せて走ることができる魔道具だ。
「鉄道の軌道よりも林道を作った方が最終的な維持費は安いのです。急峻な山道でスピードも出せないし運行時間も決まっている森林軌道より、トラックの方が木材搬出には向いているのでございます」
アリスが言うには、やがて今ある路線のほとんどは道路に作り変えていく必要があるそうだ。
「そろそろお昼でございますね。では、アリス先生の講義はここまでにしたいと思います。質問のあるレオ君には後でプライベートレッスンをしちゃうぞっ! でございます」
いや、特に質問はないのだが……。
それに真顔の至近距離でそんなことを言われても困る。
フィルやカルロさんたちだっているのだ。
「……特に聞きたいことは思いつかないんだけど」
そういう俺の耳にアリスが囁く。
「トラックの構造から女の子の身体のことまで何でもお答えしますよ」
どちらもすごく気になるから困ってしまった。
「どうしますか?」
「どちらもご教授いただけると嬉しいです……」
アリスがにやりと笑う。
なぜだろう、負けた気がした。
俺たちがカルバンシアにやってきて、もう三カ月以上が経っている。
その間に森林軌道や港町ルプラザへ向かうレールの長さは順調に延びており、今では総延長が100キロに届きそうになっている。
これも特戦隊やララミーが頑張ってくれたおかげだ。
最近ではレールの建設ラッシュと林業の担い手として各地方から移住してくる人が多くなっているそうだ。
カルバンシアは魔物との国境腺でもあり、中々人が増えなくて困っていたのだが、少しずつ人口も増えてきてなによりだ。
「ただ、そうなると居住区域の問題がありましてね。今は山の奥地に森林労働者用の仮小屋を作っている最中でして。住民登録をする役人も増員する必要があります」
ここのところ魔物たちはおとなしいので武官は比較的暇なのだが、カルロさんたち文官は寝る間も惜しんで働いているようだ。
後で先日召喚した栄養ドリンクを差し入れてあげるとしよう。
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名称: リポケルミンD.V.EX
種類: 栄養ドリンク
説明: 72時間働けますか? それを可能にするドリンクがここにあります。どんなブラック企業に勤めていても、これさえあれば大丈夫!
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これって優しさだよな……。
全部飲み干さないように忠告しておけば大丈夫かな?
午後はアリスと一緒に山の奥地に新しくできた集積場を視察に行った。
森林軌道のレールの上をホバーボードで走る。
一方アリスはモード・ニンジャというやつになって木から木へと飛び移りながら移動していた。
まるでサルのようだ。
モードナンチャラは相変わらず外見が全く変わらないのでよくわからない。
「行動における優先順位が入れ替わるのでござるでございます」
ござるでございます?
モード・ニンジャは語尾がおかしくなることだけは分かった。
木漏れ日が射す木々のトンネルを抜けて走るのは気持ちが良かった。
俺が知らない間にさらにレールの距離が延びている。
特戦隊にはまたアイスクリームとビールを持って慰問に行かなければならないな。
1時間もすると丸太小屋の立ち並ぶ開けた場所に着いた。
ここだけで住人は全部で168人もいるそうで、日々数は増え続けている。
商店なんかもできていて仕事道具や酒、食べ物なども売っていた。
物資は木材を運んだ小型蒸気機関車が町から戻る際に積んでくるのだ。
物だけではなく人もこれに乗って町と山を行き来している。
まだまだ小さな集落だけどとても活気があった。
丸太小屋の周りには小さな家庭菜園や花を植えている家なんかもある。
「給料は帝都で働く平均的な労働者の118%~126%でございます。仕事はいくらでもありますし、まだまだ人口増加は見込めますね。家族を連れて移り住んでくる者も多いようです」
そう話しているアリスと俺の横を子どもたちの一団が駆け抜けていった。
鬼ごっこをしているようだ。
「これも、アリスのおかげだな。アリスが森林軌道のことを教えてくれたからだよ」
「いえ……」
相変わらず無表情のアリスだけど、少しだけ照れている気がする。
こいつとの付き合いも長くなってきたのでなんとなく分かった。
「そんなことないさ。アリスは本当によくやってくれているよ」
「……それではご褒美を頂けますか?」
俺の目をじっと見つめながらアリスが聞いてきた。
ご褒美?
純度の高い魔石とかかな?
高レベルな魔物からとれる魔石はかなりのエネルギー量を秘めているそうだ。
もちろん値段もそれなりに跳ね上がる。
「もし、魔石とかが欲しいな――」
アリスの口が俺の口にかぶさってきた。
……頭の中が真っ白になる。
…………………………。
何秒間キスをしていたんだろう?
小さく息を吐きながらアリスが口を離した。
「アリス先生のレッスン1です。キスの時は目を閉じてくださいね」
「な、な……」
突然のことにうまく言葉が出てこない。
「S型第五世代はこう見えて恥ずかしがり屋なのです。見つめられると心がキュッとなってしまいます。わかりましたか?」
「う、うん」
あれ?
俺、なんで「うん」なんて言ってるんだろう?
もしかして、またアリスとキスするのかな?
「レオ様、初めての相手がオートマタでは嫌ですか? もしもお嫌でなければ私が手取り足取りお教えしますよ。私も実践は初めてですが……」
アリスはいつものように無表情のまま聞いてくる。
俺は何も言えずにその場に立ち尽くしてしまう。
「考えておいてくださいね」
さっき走り去っていった子どもたちが、歓声を上げながら再び俺たちの横を駆けていく。
先ほどまでのアリスとのやり取りが白昼夢のように感じられる。
あれは現実だったのか?
それとも夏の終わりの青空に映った幻想?
でも、それをアリスに確かめる勇気をその時の俺は持っていなかった。
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