第41話 帰郷

 突如現れた戦車に、ラゴウ村の人々は腰を抜かさんばかりに驚いている。

皆恐々と遠巻きに戦車を見守っていた。

モニターに映るそんな野次馬の中に、俺は懐かしい顔を見つけて後部ハッチを開けて外に出た。


「ポンセ!」

「……レオ? レオじゃないか!!」


スルスミから飛び降りてポンセの手を取る。


「元気そうで何よりだ」

「ああ。レオも立派になって!」


俺たちは久しぶりの再会を喜び合った。


「俺は今から家に戻るけど、今夜時間をとれないか?」

「ああ。久しぶりにレオが戻ってきたんだ。今日ぐらい一緒に飲もう」

「うん。ポンセ、落ち着いて聞いてくれ。……三枚目のDVDの召喚に成功した」

「っ!!」


ポンセが無言でガッツポーズをとる。


「エバンスとオマリーにも伝えてもらえるか?」

「もちろんだ、すぐに行ってくる」


走り出したポンセが急停止して振り返った。


「レオ」

「どうした?」

「俺、魚屋を始めたんだ! お前にもらった竿のおかげで大繁盛だ!」


そっか……。

ポンセに上げたヤマト国の名工、瀬川正孝作の釣竿が役に立ったんだな。


「今日は俺の釣った魚をつまみにして飲もうぜ!」

「おう!」


やっぱり故郷はいいもんだ。

走り去るポンセの背中を見ながら思った。



「レオ、もう降りても構わないのですか?」


ポンセを見送っていたら後ろからフィルに声をかけられた。


「先に私の家に行きましょう。荷物を下ろしてからご案内しますよ」

「わかりました」


フィルは周囲の野次馬に軽く会釈をして、すぐにスルスミの中に引っ込んだ。


「レオや、今の綺麗な人はどなただい?」



知り合いのサウル爺さんが聞いてくる。


「えーと……第十八皇女のフィリシア殿下……」


 小さな村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。



 久しぶりに帰る我が家は少し小さく見えた。

ずっと宮殿にいたせいかな? 

でも懐かしい古い木の匂いがする。

フィルたちは珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。


「小さくて驚いたでしょう? とりあえず入ってください」


扉を開けて、リビングに皆を通した。

定期的にエバンスたちが掃除をしてくれているようで、中は清潔だった。

椅子や異界から召喚したソファというものに腰かけてもらってようやく寛ぐことができた。

今夜の寝床だが我が家にはベッドが二台しかない。

俺のベッドをフィルが使い、ばあちゃんのベッドにレベッカ、イルマさんにはソファで寝てもらうしかないな。


「レオはどこで寝るのですか?」


フィルの質問になぜか全員が緊張した面持ちで俺を見つめる。


「俺は友人たちと物置で夜を過ごします。寝るのも物置で寝てしまいますのでお気になさらずに」

「そうですか……」


フィルが少し残念そうだったのは気のせいだろうか?



 昨晩はエバンスたちと大盛り上がりの夜だった。

久しぶりの「DVD!」コールにすっかり気持ちよくなってしまった。

DVDの内容もこれまでで一番すごかったしね……。

白いビキニが絶対正義ではないことを俺たちは知った。

こげ茶色だって素晴らしい!


 友人たちの近況だが、ポンセは先ほど聞いたように魚屋になって商売繁盛しているそうだ。

オマリーも猟師としての実績を着実に積んでいる。

俺が送ったコンパウンドボウの複製をつくるために弓職人としての修行も始めたそうだ。

エバンスは実家の農家を手伝っている。

予想通りエバンスの家の畑は収穫率がかなり上がっているという。

噂を聞きつけて是非婿に来てほしいという家が何軒もあるそうだ。

中には何十キロも離れた町の豪農からも声がかかっていてどうしようか思案中だそうだ。


 ふと、思い出したようにポンセが言った。


「そういえばさ、ヨランが家出したんだよ」

「家出?」

「ああ、あれは風の新月だったから三カ月くらい前かな」


 ヨランの親父さんが金を盗まれたと大騒ぎしたらしい。

それで犯人を捜そうとしていたらヨランもいなくなっていることに気が付いた。

初めは誘拐事件かもしれないということになったが、村長の息子のババスがヨランにお金を貸していた事実が発覚して、きっとヨランが金を持ち逃げしたのだろうということになったそうだ。

ヨランは都会に憧れていたからきっと金を持って家を出たんだろう。

あいつは生活魔法のスキル持ちだし、暮らしに困ることはないと思う。


「ヨランと付き合っていたステルガは?」

「ステルガは捨てられたみたいだよ。今ではクロアトの街で冒険者をやってるって聞いた」


たった三カ月でも、みんなの人生は大きく変わってきている。

もっとも俺の人生が一番波乱万丈なような気もするな。

ヨランにしろ、ステルガにしろもう特に思うことはない。

不幸になれと思う気持ちもなくて、むしろそれぞれに幸せを掴んでほしいと思った。



 夜が明けた。

二日酔いになるほどは飲まなかったが、体が水分を欲しがっている。

倉庫の中にあったぬるいゲーター・トルネードを一気に飲み干した。

うん、また反射速度が微上昇した気がする。

そろそろ死神アニタの剣筋を見切れるような気がしてきた。

ゲーター・トルネードのストックは後二本しかない。

そろそろ再召喚しておくか……。



 朝食を食べ終わってから皆とエバンスの畑へマスクメロンを見に行った。

いきなり皇女殿下がやってきたということでエバンスはたいそう驚いていた。

それでもフィルは元々優しい性格だし、気さくに色々話しかけるのでエバンスもすぐに慣れたようだ。


「皆にはこのメロンのことは単に新しい品種くらいにしか言ってないんだ。寿命を延ばして万能薬にもなるなんて知られたらすぐに盗まれてしまうからね」


エバンスは辺りを気にしながら教えてくれた。


 エバンスに渡した種は全部で六粒だったけど、今は八つのメロンが実を着けている。


「ごめんね、レオ。なかなか難しくてこれしか実らせることができなかったんだ」

「農業の加護を持つエバンスでこれなんだ、他の人なら枯らしていたかもしれないよ」


 フィルたちが見守る中、エバンスが最初の一つを収穫した。

早速どんな味か試してみようということになる。

種が傷つかないようにメロンの両側から包丁を入れて実を半分に割ってみる。

一見普通のメロンのように中には小さな種がたくさんあるのだが、その中でたった一粒だけ赤い種があった。

俺がエバンスに渡した種も赤かった。

「恐らくだけど、この種しか育たない気がする」


加護のあるエバンスには何か感じるところがあるのだろう。

それでも念のために種は全て回収した。

赤い種は全部で八粒になった。


 綺麗に切り分けたメロンをイルマさんがお皿に取り分けてくれた。


「いただきます!」


……!

……うまい!


「エバンス、これ美味しいよ!」

「うん。自分もこんなに甘いメロンは初めてだよ」


しかも香りが爽やかで、食べているうちに気分が爽快になってくる感じだ。

これが万能薬としての力なのだろうか。

フィルもレベッカもイルマさんも嬉しそうに食べている。


「どう、フィル? これなら大丈夫じゃない?」


俺は前から考えていたことをフィルに確認した。


「ええ。これほどのものなら全く問題ありません」


俺とフィルの会話にエバンスは首をかしげる。


「なに? どうしたの?」


俺は居住まいをただした。


「エバンス、このマスクメロンを皇帝陛下に献上しよう。一緒に北の離宮のあるオッセントレクトまで来てくれないか?」

「え……ええっ!?」


真夏の空に吸い込まれるエバンスの叫びは、まさに青天の霹靂だった。

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