第40話 友に、お土産を持って

 火の上月に入った。

本格的な夏到来だ。

今年は夏の猛暑が酷く、皇帝陛下も早々と北の離宮に移られたそうだ。

離宮のあるオッセントレクトはカルバンシアから四〇〇キロほど南に行った標高の高い高原だ。

フィルにもカルバンシアでの状況を報告するようにと、オッセントレクトへ来るようにとの書状が来ている。

城壁の修復はすべて完了しているので胸を張って陛下に報告できるというものだ。

書状といえばエバンスからも手紙が来た。

もう少しでマスクメロンが収穫できそうだから一度帰ってこられないかと聞いてきたのだ。

ラゴウ村まではかなり遠い。

俺だってすぐにでも帰りたいよ。

だって俺はついに念願のアイテムを召喚していたから。


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名称: 「ひ・め・か MAX!!」 主演:宮園姫香

種類: イメージDVD

説明: 姫香史上最高のイメージビデオができました。全てが究極、全てがマックス! 姫香のすべてをお見せしちゃいます。 (収録時間116分)


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 四日前にこいつを召喚してから、俺はラゴウ村に帰ることばかり考えている。

エバンス、ポンセ、オマリーが泣きながら帰ってこいと叫んでいる夢を二回も見た。

だけどプリンセスガードたる俺が軽々にフィルの傍を離れるわけにはいかないもんなぁ……。


 俺はもう一度エバンスから来た手紙を読み直した。

エバンスは文章も字も丁寧だ。

手紙には性格が出るもんだよな。

それにしても寿命が延びて万能薬にもなるメロンって、考えてみればとんでもない代物だよな。

それこそ皇帝陛下に献上されてもおかしくないレベルだ……。

皇帝陛下に献上か……。

いい案かもしれないな。

俺はラゴウ村に帰る口実ができるし、皆はDVDを見られるし、陛下も美味しいメロンが食べられる。

エバンスだってきっとご褒美をもらえるはずだ。

早速フィルに相談してみよう。


 結論。


 ラゴウ村への里帰りが許された! 

フィルがオッセントレクトへ行くついでに、俺もラゴウ村へ行ってきていいってさ。

ただし、村には一泊しかできない。

アリスに不眠不休でスルスミを操縦してもらえば、オッセントレクトからラゴウ村までは、なんとか一日で行けるはずだ。

お土産を買っている暇はないけど、DVDがあれば文句はないだろう。


 今回オッセントレクトへ行くのはフィル、イルマさん、レベッカ、アリス、そして俺だけだ。

ララミーと特戦隊はレールの敷設作業に忙しいし、防衛の要であるバルカシオン将軍と内政の長官であるカルロさんはカルバンシアを離れられない。

二人は結構馬が合うようだし、実務は二人のオジサマに任せて俺たちは少人数で夏の離宮へ向かうことにした。

置き土産としてペネシーのブランデーを一本渡したら二人で酒盛りの計画を立てていたから、仲良くやってくれると思う。

バルカシオン将軍は護衛の数を気にしていたが、スルスミを使って移動をするなら護衛なんていらないくらいだ。

その分だけ浮いた経費はカルバンシア発展のために使った方が有益だよね。


「バルカシオン、カルロ、留守を頼みます」


二人に挨拶をしてフィルはスルスミに乗り込む。


「殿下、どうぞお気をつけて。カンパーニ卿、殿下を頼むぞ」

「はい。将軍も飲みすぎないでくださいね」


そう言ったらゲンコツで小突かれてしまった。


「そういうことを言うのなら、もう二~三本置いていけ」


将軍とは冗談でこんなやり取りもできるようになった。

親子以上の歳の差があるのだが、共に死線を潜り抜けた戦友のような感じの付き合いになっている。

俺たちは皆の見送りを受けてカルバンシアを旅立った。



「はあぁぁっ!」


スルスミの出発と同時にフィルがとんでもなく大きなため息を吐いた。


「どうしたのですか殿下?」


横の席を見ると、これまで見たことのないような悪い笑顔をフィルがしていた。


「うふふ、これでしばらくは私も自由ですわ……」

「姫様……?」


イルマさんもフィルの豹変に戸惑っている。


「アリス、オッセントレクトへ行くのは中止です。このまま真っ直ぐラゴウ村へと向かってください」

「承知いたしました」


皆が驚く中、アリスだけが冷静だ。



「殿下、どうしてラゴウ村に?」

「だって、レオの生まれた村を見たいのですもの。レオの家も……」


いや、見ても別に面白くないと思うぞ。普通の農村の、普通の民家だ。


「しかし、オッセントレクトへ行くのが遅くなりませんか?」

「別に構わないでしょう。一日遅れるだけですわ。大体カルバンシアからオッセントレクトまで一日で着ける方がおかしいのです」


確かにスルスミが無かったら不可能なことだ。

だけどいいのかな? 


「それからレオ、旅の間はいつものようにフィルと呼んでください」


フィルの言葉にレベッカとイルマさんが目を見開く。

レベッカがワナワナしながら聞いてきた。


「やっぱりレオは殿下と……あの噂は本当だったの?」

「あの噂?」

「レオが死刑覚悟で、皇帝陛下にフィリシア殿下を下さいと嘆願したって……」


そこまでの度胸は俺にはないぞ。


「そうなのです。レオは私のために陛下に嘆願をしてくださいました」


フィルの記憶が書き換えられてるっ!?


「そのうえ、ロイヤルガードのアニタ・ブレッツ卿も娶るって聞いたわ!」


それは勘弁してほしい。


「だったらついでに私も娶りなさいよ!!」


レベッカが暴走した!?

イルマさんがおずおずと手を挙げる。


「どうしましたかイルマさん?」

「騎士爵のご身分で側室を二人というのは慣例的にはあり得ません。カンパーニ卿にはせめて伯爵くらいにはなって頂かないと……」


いえ、そもそも側室はまだ考えておりませんが……。

そんなことを考えていたらフィルがイルマさんをじっと見つめた。


「イルマ、カンパーニ卿とはよそよそしいですね。私が知らないとでも思っているのですか? 二人きりの時はレオ君って呼んでデレデレしているではないですか」


フィルにバレてた!


「そ、それはその……」

「抜け駆けは許しませんよ」


やばい。スルスミの中が険悪な空気でいっぱいだ。


「クスッ、いい雰囲気でございます。これぞハーレムルートの前段階……」


アリスよ、どう解釈すればそう受け取れるんだ? 

そもそもなんで俺がこんなにモテるんだろう? 

一介の村娘であるヨランにもあっさりフラれたこの俺が……。


「す、少し休憩にしよう。俺は外でタープを張ってくるよ」


 それだけ言い残してスルスミから脱出する。

アリスよ、ハーレムってなんだ?

こんな思いをしてまで、成し遂げる意味ってあるのか?

S型AIの考えていることは本当にわからない。


 炎天下の中、ようやくタープを張り終えた。

物置を召喚して、中にしまっておいたテーブルや椅子も並べる。

フィルのインベントリバッグの中に冷たい飲み物が入っているはずだから皆で分ければ休憩も楽しくなるだろう。

俺以外の皆はさっきから何やら話し合っている。

デミルバ様が俺の母親だったことについて何か言っているのかな? 

今さら誰が親でも関係ないのにね。

少し休んだら出発だ。

今日の夜中にはラゴウ村に到着予定だ。

そしたら皆でDVDパーティーだな。

あっ……、フィルたちはどこに泊まるんだろう? 

やっぱり俺の家だよな? 

だったらDVDパーティーは物置でやればいいな! 

俺ってば超天才。

待ってろよエバンス、ポンセ、オマリー! 

みんなでヒメカちゃんに会いに行こうな!



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