第39話 カンパーニ卿のジャガイモ

 カルバンシアにやってきて三週間が経過した。

城伯爵としてフィルの統治は概ねうまくいっている。

山や鉱山に敷設中のトロッコ列車も一部運用が始まっていた。


「殿下、お手を」

「はい」


フィルは興味津々といった様子で小型魔導機関車へ乗り込んだ。

好奇心が強いフィルたっての希望で、今日は森林軌道の視察となっている。

案内役は技官のラモウさんだ。


「こちらのレバーを引き下げれば、炉の中で火炎魔法が展開されます。同時に上のタンクには水魔法で水が供給されます。これらの魔法で湯を沸かし、蒸気の力でタービンを回して機関車を動かすわけです」


フィルは熱心に耳を傾けている。


「私がレバーを引き下げてもよろしいですか?」

「もちろんです」


ラモウさんは上機嫌だ。

小型魔導機関車の報告をするために彼は明後日には帝都に出発する。

今後は各地で技術指導に当たるだろう。

人事評価もグンと上昇しているし、さぞや年末の賞与が楽しみなことだろうな。

 だけど、ここまでのスピード運用はラモウさん一人の力で成し遂げたわけではない。

アリスの技術供与や特戦隊の労働力もそうだが、一番の功労者はララミーだ。

ハガマンこと鋼の魔術師の異名は伊達ではなく、鉄鉱石の製錬、合金の製造、部品の作製、レールの製造と遺憾なくその技を発揮してくれた。

個人的に何かプレゼントしたいくらいなのだが、当人にはマジカルステッキを頂いているから充分だと言われてしまった。

そういえばララミーが部品の製造やレールを作る時は大きな倉庫に一人で閉じこもって魔法を使っている。

しかも、


「私が錬成をしている間、絶対に部屋の中を見ないでくださいね」


と言っていた。

きっとマジカルステッキで魔法少女に変身していたのだろう。

相変わらずあの姿を見られるのは恥ずかしいようだ。

スカートがかなり短いもんなぁ……。


「まるで鶴の恩返しでございますね」


アリスの世界に似たような童話があるそうだ。



 視察はつつがなく終わった。

フィルも実際に森林軌道を操縦して大興奮だった。

今後は西にある港町ルプラザへ向けて少しずつレールを延ばしていくことも決まっている。

ルプラザまでは二八〇キロあるが、これが開通すれば木材、魔石、鉄などを船で運べるのでカルバンシアの経済状況は大きく変わるはずだ。

未来を語る皆の顔は明るい。

視察を終えた俺たちは集積場の中に簡易の日除けを張って休憩をしながら談笑していた。


 集積場はその性質上街道沿いに作られている。

この日は初夏とはいえ大変暑い日だった。

そう言えば最近雨が降っていない。

乾いた大地には陽炎が立ち上っている。

そんな揺らめく空気の中を一人の男が走ってくるのに最初に気が付いたのは俺だった。

こんな暑い日に走るなんて正気の沙汰じゃない。

しかもよろめくほどフラフラになりながらも男は走るのをやめなかった。


「誰か水を持ってきてくれ! 大丈夫か!?」


俺が駆け寄ると、男は倒れこむように大地に膝をついた。


「た、たすけ、て。村が……ハアハア、村が魔物に……」

「村の名前は?」

「エペス……」


村の名前を聞いたとたん特戦隊の隊員がざわざわし始めた。


「どうした?」

「エペス村はマルタ隊長の故郷です。隊長は昨日から非番で里帰りをしています」


マルタ隊長ならそう簡単に魔物に後れを取ることもないと思うが……。


「魔物の数は?」


水を飲んで人心地付いた村人が何とか言葉を繋ぐ。

彼も助けを求めるために死ぬ気で走ってきたのだ。


「ハァ……ブルーマンティスが四体とキャメルクリケットが五体」


こいつはまずい。

ブルーマンティスはカマキリの魔物。

キャメルクリケットはカマドウマの魔物で、どちらも体長は平均四メートルを超える。

いくらマルタ隊長が村の自警団を指揮していたとしても魔物の戦力が大きすぎる。


「殿下。私は殿下のプリンセスガードですが――」

「構いません。ここには特戦隊の精鋭が二〇人もいます。レオは直ちにエペス村救援に向かってください」


 アリス、レベッカ、ララミーは城壁修理の現場へ行っているのでここにはいないのだ。

いち早く現場に行けるのはホバーボードを所持している俺だけだった。


「特戦隊のみんな、マルタ隊長のことは俺に任せてほしい。その代わり殿下のことを頼む」

「承知しましたぁ! 特戦隊、フィリシア殿下を囲んで密集隊形ぃ!!」


副官が叫ぶと特戦隊は一糸乱れぬ行動を見せ、フィリシアを円陣で取り囲んだ。

いや、戦場じゃないんだからそこまでしなくていいんだよ。

時間が無いから注意もせずに俺は出発したけど、フィルがちょっとだけ暑苦しそうにしていた。



□□□□


 ブルーマンティスの鎌が自警団の槍の柄をいともあっさり真っ二つに切り裂いた。


「突出しすぎるな! 囲むように攻撃するんだ」


 私は大きな声で指示を出すが、自警団の動きは鈍い。

いや、普段私が指揮している特戦隊が特別すぎるのだろう。

今や特戦隊は帝国軍の中でも選りすぐりの兵士の集まりになっている。

皇帝陛下直属の第一師団の兵士と比べたって見劣りはするまい。


 すでに非戦闘員は避難させた。

家畜と畑を犠牲にして逃げればこれ以上の死者は出ないだろうが、その案を村人が簡単に飲むとは思えない。

私だってこの村の出身だから人々の気持ちは痛いほどわかる。

苦労して育てた家畜と、あと一週間もすれば取入れができる野菜を棄てるというのは、自身の破滅でもある。

フィリシア殿下に嘆願すれば援助は頂けるとは思うが、北の大地に住む者は総じてプライドが高い。

自らの畑は自らが守るという意識が強いのだ。

だが、このままでは家畜を囮にして退避するしかなさそうだ。

村で一番足の速いラトンに救援を呼びにやらせたが、兵士がいつ到着するかはわからなかった。


 ブルーマンティスの攻撃をかいくぐって懐に入り、一撃を浴びせて離脱する。

致命傷を与えることはできていないが、これを繰り返していけば倒すことは可能なはずだ。

私個人の力量はかなり上がっている。

これもマジック・プロテインと毎日カンパーニ卿が稽古をつけてくれるおかげだ。

早朝にあの方と流す汗が私の日課になってから随分と時間が経った気がする。

カンパーニ卿はロイヤルガードのアニタ・ブレッツ卿を倒すために日々精進していると聞いた。

ブルブルと震えながら「死神を倒す」と言っていたが、それはつまり帝国一、ひいては世界一の剣士になるということにほかならない。

なんと高い志を持った人と私は稽古をしているのだと感動したものだ。

しかも嫌な顔一つせず私の相手もしてくれる。

お蔭で訓練にも熱が入り私の技術も上がった。

私も、この人の側で戦うのにふさわしい戦士になりたかった。


 ついに私の槍がブルーマンティスの表皮を貫き深々とその腹に突き刺さる! 

自警団からも歓声が上がった。

だが、私は未熟だった。

勝利の手ごたえが油断を呼んでいたのだ。

横から払われたキャメルクリケットの前足を受けて、私の体は大きく後方に飛んだ。

ズキズキとした痛みと、不快な感触で見なくてもわき腹から多量の出血をしていることがわかる。

キャメルクリケットは機を逃さずに私に追い打ちをかけてきた。


 死は一瞬で迫ってくるものなのだろう。

避けたくても身体が動かない。

今自分が唯一動かせるのは瞼と口くらいのものだ。

それならば最後にあの人の名前を呼んでから死のう、そう思った。


「カンパーニ卿!!」


「おう!!」


えっ?


 戦場に響き渡る五発の銃声。

突進を阻まれたキャメルクリケット。

私を庇うように立つ見慣れた背中。

時間がものすごくゆっくりと流れるように感じた。


「よく頑張った、マルタ隊長!」


 背中越しにカンパーニ卿が私を褒めてくれた。

良かった……。

カンパーニ卿がこちらを見てくれていなくて。

だって、きっと今の私は恥ずかしいくらいに嬉しそうな顔をしているはずだから。


□□□□


 ぼんやりとしている俺をアリスが気遣ってきた。


「どうしましたかレオ様?」

「エペス村のことを思い出して、ちょっとね……」


日中のことを思い出して気分が沈んでいたのだ。


「おや、犠牲者は一人も出なかったはずでしょう? マルタ隊長の傷もキズナオールSで全快したと聞いておりますが」

「うん。そうなんだけど、ぐちゃぐちゃになった畑や食い殺された家畜をみたらいたたまれなくてね」


俺もかつては農業をしていたのだ。


「そうですか……。でしたら今日は何か村人の役に立つものを召喚できるといいですね」


本当にそうだな。

俺は召喚魔法を始める前に豊穣と知恵の女神デミルバ様に祈った。


(願わくば傷ついた村人の役に立つものを召喚させてください)

(よろしいでしょう)


女神さまの声が聞こえた!? 

気のせいかもしれないけど頑張ってみよう!


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我がもとにその姿を現せ!」


####


名称: ジェニー

種類: ジャガイモ

説明: ジャガイモ品種改良の神と呼ばれた川村龍男博士が作った品種。天候異変、冷害、水不足に異様に強い品種。どんな荒れ地でも栽培できるといわれている。

――以下、育て方の説明


####


大木箱いっぱいのジャガイモが出てきたぞ。


「これは、これは……。内政NAISEIにジャガイモとはまたテンプレートでございますねぇ」


出た! アリスの異世界用語。

だけどこれならエスぺ村の人たちにも喜んでもらえそうだ。


「さっそく明日にでもマルタ隊長と届けてくるよ」


みんなが喜んでくれるといいな。



 こうして北の大地に新たな品種のジャガイモが広がっていく。

その後、ベルギア帝国農業史に不朽の名を刻みつけるこの品種は、提供者のカンパーニ卿にちなんで「騎士爵イモ」として帝国全土で親しまれていく。

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