第37話 フィルの決め技

 ヒドラは音を立てて大地に沈んだ。

相変わらずフィルとアリスのダブルキャノンの威力は凄い。

だけど、やっぱりアリスの方が着弾も早かったし、威力もだいぶ上のようだ。


「フィリシア殿下、お見事でした」

「いえ。私の攻撃などまだまだアリスの足元にも及びません。もう少し改良の余地があるはずです」


フィルの顔に悔しさがにじんでいる。

皇女様はまだ強くなりたいのかよ!?


「ハーピーはあらかた倒しましたし、巨大なヒドラも殲滅に成功しました。これ以上の遠距離支援は必要なさそうでございます」


 ヒドラの侵攻を押さえていた魔法使いたちが本隊の支援に回りだしている。

形勢はこちらに傾きそうだ。


「まずは指揮官であるバルカシオン将軍に挨拶をしておきましょう」


 フィルの立場でも、いやフィルの立場だからこそ現場の最高責任者をないがしろにはできないということか。

フィルはスルスミの上に乗ったまま本陣へと進んだ。

ちなみにスルスミの操作はララミーがしている。

彼女はやっぱり魔道具大好きっ子だった。


「魔道具をいじっているとホッとするのです……」


今やスルスミのコックピットが彼女の引きこもり場所と化している。



 バルカシオン将軍は礼節をもってフィルを迎えていた。

忠義一筋の真面目な人と聞いていたが、この人ならフィルの発言を無視したりはなさそうだ。

誠実そうな人柄が顔からにじみ出ている。


「フィリシア殿下、このような戦場にまで御身を運ばせてしまい恐縮でございます」


膝をつくバルカシオン将軍たちをフィルはすぐに立たせた。


「よい。ここは戦場です。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。戦況を聞かせてください」


フィルの態度に将軍は重々しく頷いて話し出す。


「先ほどの攻撃により、ハーピーとヒドラが一掃されました。これにより各部隊の連動が上手く取れつつある状態です。このまま時間をかければ中央突破も時間の問題でしょう」


現在の布陣では一番真ん中に精鋭部隊が置かれているようだ。


「フィリシア殿下、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「かまいません。何でしょうか?」

「あれは、アイアンゴーレムでしょうか?」


将軍がスルスミを指さして聞いてくる。


「似たようなものですね。スルスミといいます。私のプリンセスガードであるカンパーニ卿が召喚した物です」


紹介されて俺も将軍と挨拶を交わす。


「ときにカンパーニ卿、スルスミはどの程度のスピードが出るのだね?」

「路面の状態にもよりますが、最高速度は時速一二八キロメートルです」

「な、ひゃ、一二八とな! 騎兵の三倍は速いということか……」


バルカシオン将軍は何かを考えている。


「バルカシオン、考えがあるなら言ってみなさい。私に遠慮することはありません」

「はっ、恐れ入ります。できましたらスルスミで後方撹乱をしていただけないでしょうか。兵たちの消耗をなるべく抑えたいのです」


スルスミのスピードなら敵の後方へ回り込むことなど訳ないことだ。


「承知しました。レオ、アリスたちと共に敵を後ろからかき回してきて」


フィルがここに残るのはいいとして、俺がそばを離れるのはまずくないか?


「私は殿下のプリンセスガードですが……」


フィルは静かに首を振る。


「その気持ちは嬉しいのですが、プリンセスガードにも武勲は必要ですよ」


そう言ってから、フィルは俺に近づきそっと耳打ちした。


「それに陛下に対してポイントを稼がなければならないでしょう? レオが活躍してくれないと私も困るのです」


そう言ってフィルは頬を赤らめた。

この場に誰もいなかったら、絶対キスしてたとおもう。

そういうことなら頑張っちゃうもんね!


 俺とレベッカとアリスはララミーが操縦するスルスミに乗り込んだ。


「ララミー、機銃の弾はどれくらい残っている?」

「先ほどのハーピーへの攻撃でほとんど打ち尽くしています。残弾は四三発です」


ララミーがモニターをチェックしながらスルスミを走らせている。


「後はグレネードとミサイルランチャーか」


この二つの武器は未使用だ。

どんな武器かの説明は受けているけど、今一つ想像が及ばないんだよね。

おそらくこの局面で使用するならグレネードだろう。

アリスにそう言ったらあきれ顔をされた。


「何を言っているのですか。殿下はレオ様に武勲を立ててこいと仰られたのですよ。おめぇが突貫しなくてどうするんだよ! でございます」


そうなの!?


「まあ、私もご一緒しますけどね」


アリスが一緒なら安心だ。


「私も行くわよ!」

「レベッカも突っ込むの?」

「悪い!?」


悪くはないけど心配だ。


「私だってレオの背中くらい守れるんだからね!」

「それです!」


アリスが手を叩いて喜んでいる。


「まさにテンプレ通りのセリフ! 私はレベッカ様のそういうところが大好きでございます。レオ様、いざという時はレベッカ様をお守りしてくださいね」

「私は守られなくても……」

「レディーを守るのは騎士(ナイト)の務めでございますよ。脳筋ロリは黙って頬を赤らめていやがれ、でございます」


レベッカは真っ赤になって拳を振り回すが、全てアリスに受け止められていた。


 二台のホバーボードで出撃した俺とレベッカはニューホクブを一丁ずつ装備した。

十発撃っては後退して弾込め、十発撃っては後退して弾込めを繰り返し、魔物の数を確実に減らしていった。


「私たち魔道軽騎兵みたいね」


レベッカが嬉しそうに言う。

魔道軽騎兵は騎馬に乗った魔術師で、魔法攻撃による一撃離脱を得意とする部隊だ。

軍の中でも花形部隊になる。

確かにやっていることは魔道軽騎兵とかわらないな。

こちらの方がスピードはずっと速いけどね。


 バルカシオン将軍の主力部隊も魔物たちの軍勢に大きく亀裂をいれ始めている。

そろそろ粋で陽気な馬鹿どもが戦場に駆け付ける頃合いだ。

特戦隊が側面から突っ込めば、おそらく魔物は総崩れになるだろう。


 だけど、戦場というのは本当に何が起こるかわからないものだ。

突如、平原にとてつもない咆哮がこだまして、森の切れ目から全長二四メートルを超える地竜が出現した。


「まずいな。スルスミのロケットランチャーを使うか?」


だが、アリスは首を振った。


「ご覧ください。殿下がやる気を見せていますよ」


はるか本陣を見ると、丁度フィルが振りかぶって第一球を投げるところだった。


ビュンっ!!


風切り音を響かせながら鉄球は飛び地竜の胴体に命中する。

だが、これまでのように鉄球が貫通することはなく、地竜の鱗にヒビをいれただけでドスンと大地に落ちてしまった。

防御力だけで言えば、これまでに遭遇した魔物の中でも最強に硬い相手だ。 

フィルが第二射を投げるがやはり硬い鱗の前に鉄球を貫通させることはできない。

地竜もダメージは受けているのだが、その足を止めるには至らなかった。


「やはりロケットランチャーを――」

「お待ちください。いま、殿下は何かを掴みかけています」


アリスは期待するような目つきで遠く離れたフィルを見守っている。

だけど、このままでは地竜のブレスの攻撃範囲に兵士たちが晒されてしまうぞ。


□□□□


 フィリシアは冷静だった。

自分の攻撃が地竜の鱗にはじかれても、それは予測していたことでもあった。


(これではダメです。もっと早く、もっと強く……。そのためには全身の筋肉を使った体の回転を……)


少しだけ目を閉じてイメージを固めたフィリシアは決意を込めて振りかぶった。


□□□□


 フィルはそれまでの構えとはまるで違ったフォームで振りかぶった。

両腕をあげたと思ったら地竜に背中を見せてしまう。


「まさかあれは!」


アリスの小さく興奮した声が響いた瞬間、フィルが思いっきり体を捻りながら鉄球を投げていた。


ギュインっ!


 先ほどよりも高い音を響かせながら鉄球は空を飛び、ついに地竜の鱗をぶち破って内部へと貫通した。

地竜は首を大きくのけぞらせた後、地響きをあげて大地に沈んだ。


「クククッ」


アリス、何を笑って……?


「そうでございますか……それが殿下の出した答えなのですね……」

「アリス、今のはいったい?」

「強靭な下半身と制御の難しさから、今や使うものもないいにしえの投法……“トルネード”でございます」

「トルネード?」


 フィルは敵に大きく背中を見せるほどに上体を捻り、並進運動を起こして鉄球を投げていた。


「はい。身体の回転及び捻りによって引き伸ばされた筋肉の反発作用により、鉄球の速度と威力が増したのですよ。正統派ヒロインらしからぬ必殺技……ですが、私にはそこが愛おしい……でございます」


この日、ベルギア帝国正史に幾度かその名が登場するフィリシアの必殺技「トルネードキャノン」が誕生した。

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