第36話 カルバンシア守備隊
帝都ブリューゼルを出発して八日が経過していた。
当初の予定ではカルバンシアまで一〇日の行程だったのだが、あと一時間で到着してしまいそうな勢いだ。
フィリシア特戦隊もだいぶ体力がついて、マジック・プロテインを摂取してもこれ以上の能力の向上は見込めそうもないほど力強くなった。
昨日は全員が一〇〇キロある岩を担いで、一〇〇メートルダッシュを一〇本もしていたくらいだ。
北の大地は未だに開発が遅れている。
森が多く畑や集落は少ない。
道は比較的しっかりとしているが、まだまだ細く、整備が行き届いているとはとても言えない。
カルロさんが言うには、城壁修復の資材を運ぶための道の整備が急務になるそうだ。
インフラの整備と交通手段の確立がこの地の更なる発展には欠かせないとのことだった。
俺とフィル、カルロさん、アリスはスルスミのシートに座って辺りの景色を眺めていた。
スルスミの三六〇度マルチカメラと全方位パネルのおかげで、戦車の内部だというのにまるで壁など無いように周囲の景色が見えている。
「この地には木材という資源が山のようにあります。これを外部に運び出す手段さえ整えられれば経済が回り、人と物資が入ってくるはずです」
カルロさんの言う通り、ここは一面の森林地帯だ。
材木の搬出か……。
大きな川でも流れていれば、そこに浮かべて流すという手もあるのだが、材木を筏にして流せる川まではかなりの距離がある。
「いっそ川まで鉄道をひいてしまいましょうか」
アリスが提案してきたが、そんなことが実現可能なのだろうか?
「それほど立派なものを作る必要はありません。森林軌道、いわゆるトロッコ列車というやつを作ればいいのです」
森林軌道というのは材木を搬出するための貨車だそうだ。
山の上で伐採した木を車輪のついた小さな台に括り付けて惰性で下り、登るときだけ小型の魔道機関車で引き上げるという代物らしい。
「面白そうですね。是非とも作ってみたいです」
カルロさんの部下の一人が食いついてきた。
この人はラモウさんという技術屋さんだ。
「レオ様のお許しがあれば時空間接続で必要な情報を取り寄せることができます」
北の大地は魔物との交戦が激しいところなので魔石はやたらととれると聞いている。
足りなくなるようなことはないだろう。
俺はフィルの顔を見る。
「大いに試す価値がありそうですね。森林軌道、集積地、道路の整備をセットで考えてみましょう。ただ、最優先すべきは城壁の修復です。そちらの方も同時進行でいきますよ」
カルバンシア城伯であるフィルの許可も下りた。
「それではさっそく接続を……接続は後になりそうです」
「どうした?」
「スルスミのセンサーに反応あり。前方一三キロ先で戦闘が開始されました。おそらく魔物と守備隊の攻防戦かと」
全員の顔に緊張が走ったが、臆した者は一人もいなかった。
「アリス、外部への放送をお願いします」
静かな声でフィルが告げる。
「承知しました。外部スピーカーオン。いつでもお話しください」
緑の森の中にスピーカーで増幅されたフィルの声が響き渡った。
「全員止まりなさい」
ランニング中の兵士や馬車が一斉に停止する。
「たった今、ここより一三キロ前方で戦闘が発生しました。詳細はまだ把握できていませんが、魔物と守備隊との戦いのようです」
フィルは小さく息を吸った。
「我々は直ちに友軍救援に向かいます。レベッカ・メーダ、ララミー・ドレミーは至急スルスミに搭乗しなさい。スルスミは先行し一足先に友軍に合流します。その他の兵士はカーラ・マルタ中隊長の指示に従い、最大速度をもって我々を追うように。また文官及びメイドたちは馬車に乗りカルバンシア城に向かいなさい」
マルタ隊長が振り返って大声をあげる。
「聞いての通りだ! スルスミを先に行かせる。脇によけて道を開けろ!!」
兵士たちは左右に分かれ、スルスミの道を作った。
フィルはハッチから出て兵士たちの前に姿を現す。
「思い出してください。貴方たちの親の、妻の、兄弟の、子の、恋人の顔を。貴方がたが自ら切り開いた土地のことを思い出してください。今、私たちの大切なものが魔物に蹂躙されようとしています。私はカルバンシアの盾となり剣となることをここに誓います。どうか私についてきてください!! 」
深い森の中で兵士たちの鬨の声が上がった。
□□□□
カルバンシア守備隊をまとめるバルカシオン将軍は迫りくる魔物の一群を睨みつけていた。
老境に差し掛かった将軍は、頭髪も長く垂れた髭も雪のように真っ白であったが、その眼光の鋭さはいささかも衰えてはいない。
ベルギア帝国の宿将の中でも、堅実で強かな用兵には定評のある人物だった。
「ハーピーの数が多いな」
「およそ一〇〇体といったところでしょうか」
副官の見積もりに将軍は小さく頷いた。
ハーピーは強力な魔物ではないが、地上と空からの同時攻撃を受けるとなると損害は馬鹿にできなくなる。
「弓兵部隊に伝達。ハーピーを優先して攻撃するように。敵が九〇メートル以内に入り次第攻撃を開始せよ」
「はっ!」
バルカシオン将軍は歴戦の宿将らしくどっしりと構えているが、その内心ではかなりの焦りを覚えていた。
襲撃してくる魔物は空からハーピーが一〇〇体、地上ではゴブリンやオーク、ワーム系の魔物を合わせておよそ三〇〇〇体だ。
それに対するのはカルバンシア城の守備隊二〇〇〇人に周辺からかき集めた農民兵が五〇〇人だ。
防御する側の人数は足りているのだが、度重なる防衛戦で兵たちは疲労していて士気は低い。
しかも今日は魔物の中に巨大なヒドラが一体まじっていた。
「攻撃魔法は対ヒドラ用に温存させるしかないな。バリスタの用意もさせておけ」
ため息を吐きたくなるところを何とか堪えた将軍は自らを鼓舞するように大きな声を出した。
「修復中の城壁には絶対に取り付かせるな。打って出るぞ!!」
戦端が開かれて一五分が経過していた。
朝から吹く西からの渦巻く強風が弓矢の命中精度を下げている。
遠距離攻撃で敵の数を減らしたかったのだが、思い通りにはなっていなかった。
魔物と人間の戦いは正面からぶつかる消耗戦へと突入している。
(もう少し準備に時間があれば)
バルカシオン将軍は悔やむが、敵がこちらの事情を慮って攻撃をしてくるはずもない。
唯一の救いは魔法部隊が火力を集中してヒドラの足止めがしっかりできていることくらいだった。
「ヒドラが出てこないのであれば、中央の防御を空けて誘い込み、包囲網を作ってはいかがでしょう?」
「ハーピーがいなければそれも手だが、無理に陣に穴を開ければ我々が挟撃される恐れがある」
空を飛べるハーピーとでは機動力がまるで違う。
防御力の高い密集隊形を解くのは考えものだった。
(せめて騎馬隊が機能していたら)
そう考えて将軍は苦笑した。
先ほどから言い訳ばかりだと思ったからだ。
「対ヒドラ用のバリスタを全て陣の中央後方に設置しろ! 奴らのど真ん中にくさびを打ち込んでやる! ……奇策は嫌いなのだがな」
部下に細かい指示を出そうとしたその時、すさまじい轟音が連続して鳴り響き、空中のハーピーがバラバラになって地上へと落ちていった。
「何事だ!?」
「将軍! アレをご覧ください!!」
部下の指さす方を見れば、鉄と思しき体を持つ、巨大な何かが火を噴いていた。
「あれは……」
将軍が驚き、おののいていると、巨大な何かから二人の人間が降り立った。
遠目にはよくわからないが女性のようだ。
その二人は同時に両腕をあげると、振りかぶって何かを投げた。
それは、ヒドラの巨体に見事に命中し、胴体を突き抜けていく。
カルバンシア守備軍が初めて見るダブルキャノンの威力だった。
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