第35話 走れ! カルバンシアまで!

 その日、マルタ中隊の訓練が終わったのを見て、俺は皆に飲み物を配った。


「全員着替える前にこれを一杯ずつ飲んでね!」


兵士たちは今まで飲んだことのないようなチョコレート味のどろっとした飲み物を不思議そうに味わっている。


「カンパーニ卿、これは何でありますか?」


中隊長のマルタさんが一気に飲み干して聞いてきた。

腰に左手を当てて、グイっと飲む姿は格好良かったな。


「これはマジック・プロテインという飲み物です」


####


名称: マジック・プロテイン・プラス(チョコレート味)10キロ 約500食分

説明: 各種成分がバランスよく配合されたプロテイン飲料。魔力補助による高効率のカラダ作りを実現。一杯目から効果を実感。体力、パワー、スピードの上昇効果、疲労軽減効果あり。


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「これを飲むと訓練効果が上がるのです。これから出発までの一週間毎日飲んでもらいますよ」

「承知しました。私は甘いものが好きですからちょっと楽しみですね」


マルタ中隊長は甘いものが好きか。

覚えておこう。



 昨日、マジック・プロテイン・プラスを召喚した時にアリスが呟いた。


「これを使ってフィリシア特戦部隊を作りましょう」


悪くない考えだと俺も思った。

フィルのために働いてくれる兵たちには強くなって欲しい。 

いざという時にも備えられる。

そこでマルタ中隊の二二四人全員にこれを飲ませることにしたのだ。

しばらくは毎日プロテインを召喚して様子を見るか。


 効果は翌日には現れた。

練兵場へ行くとマルタ隊長を先頭にみんなが走ってくる。


「カンパーニ卿! 見てくださいこの動き!」


マルタ隊長が見違えるほど早くなった踏み込みで突きをいれてくる。

それをすんでのところで躱すと、今度は巨大な斧が飛んできた。


「俺のパワーも上がりました!!」


ガチムチの兵士が満面の笑みでウォーアックスを振り回している。

実演はせめて訓練用の武器でやってほしい。

当たったら死ぬからね。


「私の槍さばきもご覧ください!」


皆が親愛の情を武器に乗せて届けてくる。

そういうのは口で言ってくれればわかるから!


……。


全員体力が上がっているせいで、今日の二〇〇人組手は二時間ぶっ通しの休みなしで続いた。


「ハア、ハア、ハア……、着替える前に……今日もプロテインを飲むように……」


マルタ中隊改め、フィリシア特戦部隊の実力はうなぎ上りに上昇中だ。


「今ならカルバンシアまで走って移動できる気がします!」


マルタ隊長が言うと部隊の全員がウンウンと頷いている。

そうなの? 

それもいいか……。

陸路を行った方が海路よりも距離は短くなる。

およそ六二〇キロくらいかな。

一日六〇キロを走ったとして十日くらいでついちゃうか……。

更なる訓練にもなるな。

訓練すればしただけ自分たちが強くなることを兵士たちも自覚しているようだ。


「フィリシア殿下に相談してみるよ」


そういうと、フィリシア特戦部隊の面々は実に嬉しそうな顔をしていた。



 風の中月 一二日

 薫風吹き渡る初夏の中を暑苦しい一団が帝都を出発した。

二二四人の兵士が隊列を組み、土ぼこりをあげて北へと走っていく。

その後ろを文官五名とメイドさん三名も追走している。

異世界の品でドーピングをしまくったカルロさんとイルマさんたちだ。

チートアイテムと訓練のおかげで、戦いもこなせる文官さんと、やたらと強いメイドさんたちが誕生してしまった。

しかもまだまだ成長中だ。


「カンパーニ卿、今日のプロテインはバニラ味ではなくて、ストロベリー味にしてくださいませね!」


後ろを振り返りながら走るイルマさんはやたらと可愛い。

俺は最後尾を走るスルスミの上からイルマさんに手を振り返した。

その横で口をアングリあけたレベッカ・メーダとララミー・ドレミーが呆れたように兵士たちを見ていた。


 レベッカはどういう手を使ったのか、無理やりカルバンシア派遣部隊に潜り込んできた。

左翼府の総監がそんなに簡単に出張をしていいのだろうか? 

噂によるとメーダ子爵家やその本家に当たるレブリカ侯爵家が動いたということだ。

ララミーの方は普通に魔法研究のための出張申請をして、許可が下りたらしい。


レベッカ曰く「私は諦めないんだからねっ!!」


ララミー曰く「ステッキの恩返しを……」


 ……楽しくやれればそれでいいか! 

ちなみにフィルはノリノリでスルスミを操作中だ。

アリスがついているから事故などは起こらないとは思う。

こうしてカルバンシアへの旅が始まった。



□□□□


 私の名前はシオラキ。

旅の商人だ。

十二歳で古着屋に奉公に入り、二三歳にしてようやく自分の荷馬車を持てて、今日から独り立ちだ。

奉公先からも帝都周辺のお得意様を分けていただけたので不安は少なかった。

だが、今日初めて地方の村々を回ろうとしたその矢先に事故は起きた。

街道を進んでいた私の荷馬車が、後ろから追い越そうとした貴族の馬車に接触されてしまったのだ。

バランスを失った私の馬車は道から外れ、土手の下に転がってしまった。

それなのにぶつかってきた貴族の馬車は何事もなかったかのように行ってしまう。

 連結器が外れたおかげで馬は無事だったのだが、横倒しになった荷車をどうやって引き上げたらよいものか……。

私は途方に暮れて座り込んでしまった。

なす術もなく小一時間もぼんやりと座っていただろうか。

地平線の向こうから立ち上る砂ぼこりと共に誰かの歌声が聞こえてきた。


俺たち無敵の特戦隊♪

俺たち無敵の特戦隊♪


粋~で陽気な特戦隊♪

粋~で陽気な特戦隊♪


皆の笑顔を守るため♪

皆の笑顔を守るため♪


東奔西走 南へ北へ♪

東奔西走 南へ北へ♪


「全員 止まれぇ!!!」


隊長と思しき女性が声をかけると何百人もいる兵隊さんが一斉に私の前で足を止めた。


「どうされましたか?」

「あ、実は……」


私は事情を隊長さんにお話しした。


「それはお困りでしたね。一番隊、二番隊、馬車を街道に戻すんだ。連結器の金具が曲がっているな。オスカー、アリス殿に来ていただけ」


あれよあれよという間に兵隊さんたちが私の馬車を担ぎ上げて街道に戻してくれた。

大量の古着が積んであるのでかなり重いはずなのだが!? 

そしてさらに驚いたのは、アリス殿と呼ばれる人形のように美しい女性が曲がった鉄を素手でかるく直してくれたことだ。

とても人間業とは思えない!


「貴方がたはいったい?」

「我々は第十八皇女フィリシア殿下直属部隊です。それではお気をつけて」


 私は道の脇に立って、走り去る兵隊さんたちを見送った。

一番最後に馬の付いていない巨大な馬車が走っていく。

その後ろの丸い扉のところで美しい女性が軽く手を振っていた。

金色の長い髪と白銀の鎧が眩しい。

まさかあれは!! 

フィリシア殿下? 

大きな白い雲の下を私を救ってくれた一団は元気に歌いながら去っていった。



一騎当千特戦隊♪

一騎当千特戦隊♪


あの娘(こ)の笑顔を守るため♪

あの少年(こ)の笑顔を守るため♪


全力疾走!

全力疾走!


走れ! カルバンシアまで!

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