第34話 飛べ! 魔法少女

 スルスミのハッチを開けるとララミー・ドレミーの眼鏡が輝いた気がした。


「これは本当にゴーレムなのですか……」


スルスミを見上げるドレミーの視線が熱い。

。時刻は夜の十時を過ぎ、庭園内に人気はなかった。


「ドレミー殿、よろしかったらこれを使ってください」


俺は一本の杖を差し出した。


####


名称: マジカルステッキ

説明: 魔法少女マギラ・ヴィーナスのステッキ。能力の全体的な向上に加え、魔力消費量を七パーセント抑えることができる。派手なエフェクトで貴方の魔法を華麗に演出します。

うさぎさん、さくらさん、まどかさん推奨アイテム。 スイッチ一つで貴方も魔法少女マギラ・ヴィーナスに変身よっ!


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このステッキは白とピンクの縞模様で頭頂部には赤い鉱物、その下に白い羽が生えている。

かなりド派手なステッキだ。


「……私、こういうの似合いませんから」


杖を見た瞬間にララミー・ドレミーは手を振って拒否の意を示してきた。

ララミーはしぐさなどもそうだけど、着ているものも地味だ。

今夜は暗灰色のローブを上からすっぽりかぶっている。

キャラクター的にも魔法少女ステッキは何かが違う気がする。


「(レオ様、騙されてはいけませんよ。この魔術師、服装は地味ですが上下お揃いの黒下着を着けています。さらに言えば下はTバックです)」


アリスが囁くと碌なことを言わない。


「(なんでそんなことがわかるんだよ?)」

「(私のセンサーの能力はご存知でしょう?)」


言われてみれば……。


「(この魔術師、根暗だけどスケベです)」

「(アリス!)」


思わずアリスを窘めたけど……。

根暗だけどスケベ……なんて煩悩を刺激する言葉なんだろう!


「まだ始めないのですか?」


ヒソヒソと内緒話をしている俺たちをみてララミーが訝しそうに聞いてきた。


「失礼しました。ところでやっぱりこのステッキを使ってみませんか? 盾召喚にかかる必要魔力消費量を抑えられますよ。魔力などの能力も上昇するみたいですし」

「私にはこれがありますので」


ララミーの人差し指には古ぼけた小さな指輪がはめられていた。


「ダルファ・ダンジョン四十七階層で発見された希少なマジックリングです。必要魔力量を二.八パーセントも抑えてくれます」


ララミーの声は控えめだが少しだけ自慢気でもあった。

おそらくかなり高価なものなのだろう。


「だけどこのステッキ、七パーセントも魔力消費量を抑えるんですよ」

「七パーセント!? そんな、あり得ない……」

「嘘か本当か試しに使ってみてください」


もう一度、ステッキを差し出すとララミーはおずおずとステッキを手に取った。

暗灰色のローブにド派手なステッキはちぐはぐな印象を与えて、ララミーには似合わない。

だけど、ララミーはいたって真面目な顔でステッキを調べていた。


「エロスとはアンバランスな部分に宿るものです」

「度が過ぎればコメディーだろう?」


着ている下着はかなり大人っぽいモノらしく、ピンクのステッキとは合わなさそうだ。

頭の中で黒い下着をつけたララミーがマジカルステッキを振り回している姿を想像してしまった。

……似合わないところがエロいのか。

アリスの言葉をなんとなく理解した。



 アリスがスルスミのハッチを閉めてしまうと、中をチラチラ見ていたララミーは少し残念そうな顔をした。

ひょっとすると中を見たかったのかな? 

だったらそう言えばいいのに。

いろいろと遠慮してしまう性格らしい。

休憩の時にでも中を見学させてあげよう。


「それでは鉄板を召喚します。……一応ステッキも試してみます。この石に魔力を送るのかな?」


そう言ってララミーはステッキの能力を起動させた。


 突然溢れ出す光の奔流。

スパークする星のきらめきと、体を覆うピンク色をしたリボン状の光。

それらが収まるとララミーはなんとも不思議な格好になっていた。

服の色はステッキと同じでピンクと白。あちらこちらにふりっふりのフリルがあしらわれている。

なぜかロングストレートだった髪型までアップに結い上げられていた。

もの凄く可愛い服なのだけど、どんよりとしたララミーの顔には全くと言っていいほど似合っていない。

ただ、短いスカートから伸びたスラリとした真っ白な脚が綺麗でちょっとだけ目がいってしまう。


「…………なんなのですか、これは」


あまりのことにララミーは茫然としている。


「えーと、マジカルステッキの効果が現れたのかと……。体におかしなところはないですか?」

「体は大丈夫だけど、恥ずかしくて死にそう……」


両手を交差させて胸の部分を抑えながらララミーは泣きそうな顔をしていた。


「ごめんなさい! 変身のことまでは詳しく説明書になかったので。ただ、魔力や体力などは上がっているはずですから」

「魔力が?」


首をひねりながらも、体内の魔力を循環させてみて自分の内なる変化に気が付いたようだ。


「すごい……」

「早速ですが、鉄板を召喚していただけませんか?」

「えっ? ええ……」


 詠唱もなく突如として現れる無数の鉄板。

その数は三〇枚を超えている。

確か最大で一二枚の盾を召喚できるんじゃなかったっけ? 

倍以上だな。


「こ、これすごいです!」


あまりのことにララミーが一番びっくりしているようだ。


 スルスミの脚先にタイヤがスライドした。

四本の車輪は鉄板の上を滑るように動き出す。

スルスミの通った後の鉄板は瞬く間に送還され、新たな鉄板が車輪の前方に召喚された。

俺はスルスミの上に乗り、ララミーは視界が良いようにと宙に浮きながら召喚と送還を繰り返している。


「あんまり高く跳ばないほうがいいですよ」

「大丈夫です。残存魔力量はキチンと把握していますから」


初めて見るララミーの笑顔に何も言えなくなってしまう。

だけど、さっきからスカートの中身が丸見えなんです。

見た目は少女、下着は大人なだな……。

スルスミの灯火はとっても強力だ。

夜なのに黒い下着がはっきり見えるんだからな。

たぶんアリスがわざと照らしている……。


 予定通りスルスミを東門から外へ出すことに成功した。

ララミー・ドレミーは既に元の暗灰色のローブ姿に戻っていた。


「ありがとうございました」

「いえ……これ」


ララミーがステッキを返してきた。


「よかったらドレミー殿がお使いください。今夜のお礼です」


いいものをたくさん見せてもらったし……。


「こんなすごいアイテムとてもいただけないです。私には似合わないし……」


またどんよりとした顔をしている。

知的な美人が台無しだ。


「自分は好きですけどね。少なくとも今着てらっしゃるローブよりは似合うと思います」

「御冗談を……」


ララミーはつまらなそうに眉をひそめた。


「まあ格好はアレですが、能力の向上は間違いないですよね」

「それはもう」

「でしたら、ドレミー殿が持っていてください。私の感謝の気持ちです」


しばらく考えたのちにララミーはぺこりと頭を下げた。


「それでは遠慮なく使わせていただきます。……実際使うとなると躊躇しますが」


困り顔の魔術師はとてもキュートに思えた。

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