第33話 噂は伝わる、俺の予測を超えて
陛下たちが去ると、俺はマルタ中隊の下士官たちと今後の移動ルートについて話し合った。
みんな陛下とのやり取りについて詳しく聞きたそうな顔をしていたが知らんぷりで押し通した。
今後の行程だけど、北のアンクルワープまでは徒歩。
そこからは帆船に乗り七日~十一日の予定で北のルプラザ港を目指し、更に五日をかけて内陸部のカルバンシアまでいく。
この季節はまだ海も穏やかで、比較的楽に渡航できるとのことだった。
「殿下が乗る旗艦はステラ・ポラリス号と言って、海軍が誇る最新鋭艦だそうです。船室も綺麗だし、揺れも少ないそうですよ」
それを聞いて少し安心した。
船に乗るのは初めてなのでちょっぴり不安なんだよね。
「それで、殿下の付き添いの方はどうなりますか?」
「自分と従者のアリス。メイド長のイルマ・デレッタ。二等文官のカルロ・バッチェレ殿がメインですね。イルマさんの下に二名、カルロさんも部下を四名同行させることになっています」
「承知しました。他に何か特別に持っていく物資等はございますか?」
ここでアリスが手を挙げた。
「どうされましたか?」
「持っていきたいものがあります」
「どういった荷物でしょうか?」
「重量は三八.五トンです」
「さ、三八.五トン!?」
キロじゃなくてトン。
そりゃあマルタさんも驚くよね。
「アリス、どういうつもりだ?」
「スルスミを持っていきたいのです」
ああ、なるほど……。
確かに役に立ちそうだよね。
攻撃用というだけじゃなくて、資材なんかを運ぶのにも使えそうだ。
「でも、どうやって外に出すんだよ? 下手したら庭園が穴だらけになるぞ?」
庭園内の細い道もギリギリ通れそうだが、いかんせん重量がありすぎて通路が陥没してしまう恐れがあるのだ。
フィルの持っていたインベントリバッグにすら重すぎて入らなかったくらいだ。
「それについては心当たりがあります。ララミー・ドレミーという魔術師に協力を仰いでください。召喚術が得意な魔術師だそうです」
召喚術をつかえる魔法使い?
別の召喚士にスルスミを送還させる気か?
親睦を深めるためにその日の昼食はマルタさんたちと一緒に食べた。
一般兵のご飯は近衛の食事よりずっと質素で驚いた。
その代わり量はたっぷりとあった。
宮廷に戻った俺たちは早速ララミー・ドレミーという魔術師に会いに行った。
彼女は宮廷魔術師の一人なのだ。
教えられた第二魔法実験室というところに行ってみると、ララミーは大きなテーブルの上で幾何学的な魔法陣を熱心に書いているところだった。
藍色のロングストレートの髪型で、眼鏡の奥の瞳がとてもクールな印象だ。
年齢は俺より二、三歳くらい上だと思う。
「こんにちは。ララミー・ドレミー殿ですか?」
「ええ……」
ララミーは魔法陣から顔も上げずに返事をする。
「自分はフィリシア皇女殿下のプリンセスガードでレオ・カンパーニと申します。ドレミー殿に協力していただきたいことがあり、まかり越しました」
俺が挨拶を済ませると、ララミーはようやくこちらに顔を向けた。
「何をすればいいの?」
説明はアリスが引き受ける。
「貴女は魔術師なのですよね? 召喚術が得意な」
「ええ」
「二つ名は鋼の魔術師」
「そうよ」
「錬金術師ではないのですね?」
「ええ」
「よかった……」
錬金術師だと何か問題があるのだろうか?
「鋼の魔術師……略すとハガマンですね」
ものすごく微妙な気分になる?
なんか響きも卑猥なような……。
「ハガマン? どちらかというとハガマジュとかハガマジョではないかしら?」
ララミーさんも真面目に答えなくていいから。
「貴女は空間に鉄製の盾を呼び出すのが得意だと聞きました」
「ええ。二メートル四方の大盾を最大一二枚まで呼び出すことができるわ」
「盾の形状を変えることはできますか?」
「私の想像力の及ぶ範囲でなら」
アリスの計画はこうだ。
地面の陥没を防ぐために、ララミー・ドレミーに鉄板を召喚してもらい、その上をスルスミに歩かせるというのだ。
一番近い東門までおよそ三キロ。
彼女の魔力がどの程度続くかがキモとなる。
「庭園内に召喚されたアイアンゴーレムを動かすのですね。ゴーレムに興味はありますが……、カンパーニ卿は送還術を使えないのですか?」
冷たい視線が痛い。
未熟な召喚術師でごめんなさい。
スルスミは人気のなくなる夜に動かすことになった。
第二魔法実験室からフィルの居室に戻ってくる途中、俺はかつてない違和感を覚えていた。
どうしたというのだ?
やたらと顔を見られている気がする。
しかも、ほとんど面識もないような貴族から挨拶を受けたりもした。
皆が俺を見てひそひそと噂話をしているような気さえする。
居間に入っていくとイルマさんがびっくりしたような顔で出迎えてくれ、大急ぎでフィルを呼びに行った。
「殿下、カンパーニ卿がお戻りになりましたよ!」
本当に何かあったのか?
フィルの顔つきまで強張っているぞ。
「お帰りなさい、レオ」
「ただいま戻りました。マルタ中隊との打ち合わせは滞りなく終わりましたよ。生まれて初めての二〇〇人組手と言うものをしてしまいましたが。それからスルスミを外に出す算段もつきました」
「そうですか……」
「殿下?」
フィルは俺の顔をじっと見つめてくる。
「レオと話があります。全員部屋から退出しなさい」
イルマさんたちは何も言わずに頭を下げて出ていってしまった。
フィルの白い肌がわずかに桃色に染まっている。
「いま宮中では一つの噂が話題となっています」
どんな噂だろう?
「レオ、午前中に兵舎で陛下にお会いしませんでしたか?」
「あっ! うん。お会いしたよ」
あの時の話がもう噂になっているのか!!
「それで、その……」
フィルが言い淀む。
これは俺からハッキリ言うべき話だろう。
「陛下からご下問(かもん)があったんだ。フィルのことを好きなのかって? 否定しなければならないのは分かっていたけど……俺、嘘をつくのが嫌だったんだ。迷惑かもしれないけど、俺……フィルのことが好きなんだ」
桃色に染まったフィルの顔が首まで赤くなっていく。
「わ、私もレオのことが……好きです。大好きです!」
よ、よかったぁ!!
プリンセスガードに選んでくれるくらいだから嫌いではないと思っていたけど、これでふられたら悲しすぎるもんね。
「陛下にはフィルに見合う男になれば降嫁も認めるとも言ってもらえたんだ」
「ええ」
「だから、いつか俺がフィルに相応しい男になったら……俺と結婚してください!」
フィルは首を横に振った。
ええっ!?
ダメなの?
「レオは既に十分私に相応しい方です。今すぐにでも貴方と結ばれたいというのが私の気持ちです」
お互いの身分を考えて言えなかった気持ちを、二人ともようやく吐露することができた。
後は周りに認めさせるだけだな。
カルバンシア遠征もフィルと二人で乗り越えて、良い結果を出すつもりだ。
……死神アニタのことは俺とフィルで継続審議だ。
フィルの唇はとても柔らかかった。
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