第32話 その道を行く
駐屯地にいるマルタ中隊の前で挨拶することになった。
「――というわけで諸君の奮戦に期待する。私からは以上だ。何か質問がある者はいるか? 私で答えられることなら受け付けるぞ」
一応、上官なので偉そうにしておいた。
フィルのためにも舐められるわけにはいかないのだ。
朴訥そうな青年が手を上げる。
「あの~、プリンセスガードはやたらと強いと聞きましただ。あんた様はどれくらい強いのですかね?」
マルタ隊長が額に手をあてて顔を顰めていた。
難しい質問だ。
例え話ができれば楽なのだが……。
「よかったら君たちの訓練につきあうよ。一緒に鍛錬すればお互いの技量は分かるからね」
俺がこう言うとマルタさんが食いついた。
「一緒に訓練していただけるのですか?」
「ええ。自分は集団戦の経験がないのでむしろ参加させていただけるとありがたいです」
それならば、ということで時間を繰り上げて早速訓練することになった。
「レオ様、実にいい機会です。サル山のサルには誰がボスかをしっかり教えてやらなければなりません。特に前線の兵士は弱い人間には従いませんから。おのれの強さを誇示することも時には必要です」
上官として実力を示しておくことは大切なことなのね。
柄じゃないけど、フィルのためだし頑張ろう。
「わかった。でも大丈夫かな?」
「ここにいる兵士くらいなら全員が相手でも負けませんよ。これくらいで音を上げていたら変態騎士には勝てないぞ! でございます」
ロイヤルガードの死神アニタか!
「そうだ、打倒アニタで毎日頑張っているんだもんな。負けるもんか!」
「その意気です。死神を気持ちよく昇天させてやりましょう!」
なんか、その表現は嫌だ……。
俺とアリスが下らない会話をしているうちに準備は整ったようだ。
皆で俺たちを遠巻きに囲んでいる。
「カンパーニ卿、胸をお借りします!」
訓練用の槍を装備したマルタ隊長が真っ先にかかってくる。
胸をお借りしたいのは俺の方だ。
たわわに実るってこういうことだよな。
いやいや、こんな考えでは真剣なマルタさんに失礼だ!
俺は気合を入れ直した。
中隊長を務めるだけあってマルタさんの攻撃は筋がいい。
だけど、死神アニタやレベッカにさえ遠く及ばない。
「踏み込みが甘い! 迷いがありますよ、遠慮しないで!」
マルタ隊長の突きを交わして手首に軽く打ち込みをいれた。
考えてみると俺は対人戦の経験はほとんどない。
ラゴウ村のステルガ、レベッカ、そして死神アニタくらいだ。
それに対集団戦というのもいい経験になりそうだ。
「どんどん打ち込んできていいからね」
そう言うと全員が一斉にかかってきた。
本当に一対二二四人かよ!
……。
二二四人を相手にするのはさすがに疲れた。
感覚的には一時間以上動きっぱなしだったな。
「化け物だ……」
「これがプリンセスガード……」
大地にへたり込んだ兵士たちが呟いている。
これで若いからと舐められることもないかな?
「言っとくけど俺より強い人はまだいるからね」
「ま、まさか!?」
「それが死神アニタという本物の化け物だよ。陛下のロイヤルガードなんだけどね、皆も死にたくなかったらアイツにだけは近寄らないほうがいい」
死神アニタは俺が勝手につけた渾名だ。
アイツにぴったりだと自画自賛している。
「誰が死神だ……」
真後ろから暗い陰鬱な声で囁かれた。
聞き覚えのある声に背筋が凍ってしまう。
「ブ、ブ、ブレッツ卿!!」
「随分と面白いことをしていたではないか。見物させてもらっていたぞ」
「なんで貴方がここに?」
ここは帝国軍の兵舎だ。
ロイヤルガードのいる場所ではない。
「我が主の護衛に決まっているだろうが」
そう言ってアニタが体を斜めに避けると、そこに立っていたのはニヤニヤと笑う皇帝陛下だった。
「陛下!!」
俺は大慌てで膝を折る。
二拍ぐらい遅れてマルタ隊長が、四拍くらい遅れて中隊の兵士たちも全員跪いた。
「ふむ、どこかで会ったな。そちは誰のガードであったかな?」
「フィリシア殿下のプリンセスガードでレオ・カンパーニと申します」
「思い出した。エスメラルダの部屋で会ったことがあるな」
あの日はフィルの母親であるエスメラルダ様のところへ突然陛下がやってきたのだ。
直接話はしていないが顔は憶えていてくれたようだ。
「アニタはカンパーニ卿をかなり気に入っておるようじゃな?」
「はい。彼との子どもをもうけたいと思っております」
「お断りします!」
あ、陛下の前で喋っちゃった!
この場にいる全員がびっくりした顔している。
……やべぇ。
「ぶっ……ぶわははははっ。フられた!! アニタがそっこうでフられたっ!!! うけるっ!! ああああ、腹痛い!!」
陛下の笑いのツボにはいった!?
ひとしきり笑った後、陛下は俺の側まで来て話を続ける。
「そんなこと言わずに貰ってやらんか? 間違いなく帝国一の剣士だし、顔だってよく見れば美人だぞ。目の下にクマあるけど」
「はあ……」
「この年まで男と付き合ったこともないそうだ。可哀想だろう?」
「しかし……」
「ん~? 好きな女でもいるのか? あっ、もしかしてフィリシアか!?」
俺の立場的に間髪いれずに否定しなければならない質問だった。
陛下としても冗談で言っただけだろう。
だけど……俺にそれはできなかった……。
「……」
「おやおや……。中々度胸があるではないか」
「心の内側は奴隷でさえ自由です……」
こうなったら開き直るしかない。
嫌な緊張が辺りを包んでいる。
だが、
「だったらそれに見合う男になることだ。カンパーニ卿がポイントを稼げば余も降嫁を許すかもしれんぞ」
そういって、陛下はニヤリと笑った。
「今日のことは合わせて20ポイントだな。見事な戦いぶりに5ポイント。アニタをそっこうでふって笑わせてくれたので5ポイント。死神アニタというネーミングセンスに10ポイントだ」
あだ名が一番ポイント高いのか!?
ところで全部で何ポイント必要なんだろう?
「陛下、レオが殿下と結ばれるとなると、私の結婚計画が!」
死神が黒いオーラをまき散らしながら抗議する。
「ええい! 怖い顔をするな! もしもそうなったらアニタとセットじゃなきゃフィリシアはやらんということにしてやる。それでいいだろう?」
アニタは少し考えていたがコクンと首を縦にふった。
僅かながらフィルと結ばれる可能性が出てきた?
でもそのためにはアニタも一緒に娶らないとダメなの?
嬉しいんだけど複雑な気持ちでいっぱいだ。
どういう表情をしたらいいのかわからない俺の耳元で、いつものようにアリスが抑揚のない声で囁いた。
「おめでとうございます。ハーレムルート突入です」
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