第31話 勅命が下りました

 フィルの朝食の最中にイルマさんが急な用事で席を外して、久しぶりにフィルと二人きりになることができた。

フィルは皇女なので、たとえ護衛騎士とであっても余人を交えないで長時間一緒にいられる時間は貴重なのだ。


「フィル、フィル、フィル!」

「突然どうしたのです、レオ?」

「呼んでみただけ。こんな風に呼べるのは今しかないだろう?」


俺のバカな返事にもフィルは笑って喜んでくれた。


「本当に……。毎日宮殿に閉じこもっていたら息が詰まりそうになるわ」

「そういえば、陛下がフィルに何か仕事を任せると言っていたよね。あれはどうなったのかな?」

「ええ。そろそろ何か連絡があるはずね」

「それは楽しみだ。最近よく思い出すんだ。フィルと一緒にクロアトダンジョンを探索したこと」


俺がそういうとフィルの笑顔が輝いた。


「私もです! レオと過ごしたあの日々……怖かったけど本当に楽しかった……」



「センサーに反応あり。イルマさんが戻ってきますよ」


上の方からアリスの声がすると思ったら、アリスが天井にヤモリのようにくっついていた。


「そんなところで何してるの?」

「バージョンアップに伴い標準装備されていた、モード・ニンジャを試していました」


ニンジャ?


「諜報員みたいなものです。普通のスパイと違うところはアサシン的な戦闘術を身につけているということでしょうか。個人技に優れる伊賀か集団戦に強い甲賀から好きなモードを選べます」

「で、具体的に何ができるようになったの?」

「男を惑わせる色っぽい入浴シーンを演出できるようになりました。……お風呂を沸かしますか?」


いりません。



 午後になってカルロさんが女兵士を一人連れてやってきた。

彼女の名前はカーラ・マルタといって、帝国軍歩兵部隊の中隊長だそうだ。

赤毛の美人さんで年齢は二四歳とのこと。

がっちりとした体つきをしてよく日に焼けている。


「殿下、勅命が下りました」


言いながらカルロさんは大切そうに一束の書類を出してきた。

ついにこの時が来たか。

今朝も話していたが、成人の試練を潜り抜けたフィルに陛下から直接仕事が言い渡されたのだ。

俺とフィルは跪いてカルロさんが勅書を読み上げるのを聞いた。


「第十八皇女フィリシアをカルバンシア城伯爵とする。建設中の防御壁を完成させ、北からの魔物の侵攻を阻止せよ。以上でございます」


カルロさんの顔がわずかに青い。

きっとフィルの身を案じてのことだろう。


 カルバンシアは一言で言ってしまえば最果ての地だ。

そこより北は魔物が多数住む大森林と標高六〇〇〇メートル級の山々が連なる山脈地帯になる。

この大森林の手前には東西二八〇〇キロメートルにわたる長い防御壁が築かれていて、魔物の侵攻を抑える重要な拠点となっていた。

呆れるほどに長い城壁こそが、人間と魔物の生存圏を分ける境界線でもあった。

 近年、度重なる大規模な魔物の侵攻により城壁の四か所が大破した。

皇帝はすぐに修復作業を命じているが、修復現場にも散発的な攻撃が続き作業は遅々として進まなかった。

それでもどうにか三か所の修復を終え、防衛体制を整えたのが一年前だ。

そして最後の修復場所に一番近い城塞がカルバンシア城だった。


 カルロさんが眉根にしわを寄せながらうめいた。


「本来カルバンシア城伯は将軍位にある人物が賜る称号です。代々、戦上手がこの地位についてきました」

「では、なぜ戦争の経験がない私がカルバンシア城伯の地位を賜ったのでしょうか?」

「内政手腕を買われてのことかと推測します。魔物が群れを成して攻めてくればこれを撃退するのは当然なのですが、陛下としては一刻も早い城壁の完成を望んでいるのでしょう」


城壁の完成が主眼となるなら、軍の統率よりも内政に明るい人が必要となってくるわけか。

本当は戦争が上手で経済に明るい人なら申し分ないのだけど、そういう人は少ない。

それほどの人物なら他の重要な地位に就いているので北の最果てに回す余裕もないということか。


「でも、それだったら優秀な将軍のもとに優秀な文官を派遣すればいいだけじゃないですか?」


俺が質問するとカルロさんは皮肉気な表情で肩をすくめた。


「武人というのは文官の言うことなど聞いてくれないものなのだよ、レオ君。彼らにとっては戦場が全てにおいて優先されるからね」


実際に嫌な経験をしたことがあるのだろう。

二等文官のカルロさんは苦笑してみせた。


「それで私の出番というわけですか」


文官の言うことは聞けなくても、皇女の発言を無視するわけにはいかないということか。


「恐らくはそんなところでしょう。軍の統率は現地にいるバルカシオン将軍が執るそうです」

「舐められないようにしなくてはなりませんね」

「はあ。もっともバルカシオン将軍は忠義一筋の宿将です。殿下をないがしろにするような人物ではないでしょう。それから私も殿下と共にカルバンシアに赴くよう辞令が下りました。私とバルカシオン将軍の二人で殿下の手足となって働く所存です」


カルロさんが一緒に来てくれるなら心強い。


「それでこちらのマルタ中隊長は?」


フィルがカーラ・マルタさんの方へ向き直った。


「はっ! 私の中隊二二四名が殿下の直属部隊として御身をお守りいたします」


フィルの護衛は近衛連隊ではなく一般兵から出すということか。

近衛の坊ちゃん嬢ちゃんよりは役立つかもしれないけど……。


「貴方はどこの部隊出身なの?」

「北部方面国境警備隊第三連隊所属であります」


経験と地理に詳しい兵士を補佐につけてくれたのは陛下の温情かもしれないな。


「よろしくね、マルタ隊長」

「はっ! 微力を尽くします!」


 出発は半月後に決まった。

アンクルワープまでは陸路を通り、そこから船で北を目指す。

フィルとカルロさんは当面の方針を話し合うために地図と資料を広げ始めた。

イルマさん達は旅の準備に忙しい。

俺はフィルの直属部隊を視察するためにマルタ中隊が駐屯している兵舎へ行くことになった。

アリスも同道する。



 道すがらマルタ隊長はしばらくモジモジしていたのだが、ついに覚悟を決めたように口を開いた。


「カンパーニ卿、実はご相談したいことがあります」

「なんでしょうか?」

「私の部隊のことです。北の守備兵というのは実際のところ農民兵なのですよ。平時には畑を耕し、魔物が襲来した時だけ兵士になるという者がほとんどです。私のところも下士官以外はすべてこれでして」


国境線は長いからそういうシステムじゃなきゃやっていけないのだろう。

自分たちの畑があるなら防御にも力が入るというものだ。


「それは仕方がないことでしょう。何か問題でもありますか?」

「いや~、そういうわけで兵としての実績と経験はあるのですが、口の利き方などは知らない者ばかりでして……。その、カンパーニ卿にはご不快な思いをさせてしまうかもしれませんので……」


なんだ、そんなことか。


「気にしないでください。自分も二カ月前までは農業をしてました。種まきが終わったばかりだというのにこんな任務でみんな気が気でないでしょう。早く終わらせてしまいたいものですよね」


俺が農家出身ということでマルタ隊長はかなり驚いていたが、ほっとしたようでもあった。

マルタさんの実家も農家で、家と同じく鶏とヤギを飼っているそうだ。

北の方ではどんなものを作付けしているかとか、農業トークで少しだけ距離が縮まった気がする。


「真面目系女軍人ですか。しかも巨乳とくれば、オリーブグリーンのタンクトップと認識票をプレゼントしたくなりますよね」


アリスよ、俺にはタンクトップも認識票もどういうものだか想像もつかないよ。


「ごめん、相変わらず意味が分からない」

「だって陸軍ですよ!?」


“だって”という接続詞は適切なのか?


「仕方がないですね」


そういってアリスが紙に絵をかいてくれた。

オリーブグリーンのタンクトップを着た肉感的な身体のマルタさん。

下は黒い三角形の下着だけ!? 

手にはアサルトライフルを杖のように持っている。

俺は慌てて絵を丸めてポケットに突っ込んだ。


「これがアリスの世界の兵士の普通!?」

「そうです!(キッパリ) オリーブグリーンのパンツに黒いビキニというパターンもあります」


やっぱり異世界の軍隊はおかしいと思った。

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