第28話 死神との邂逅(かいこう)
風の新月十五日。
今日は皇帝陛下がお戻りになる予定の日だ。
フィルは陛下をはじめご親族を出迎えなければならない。
王妃は正室と側室を合わせて三五人。
子どもたちだって全部合わせると三二人もいるそうだ。
いくら何でも三五人は多いと思う。
一晩一人の部屋を回っても一巡するのに一カ月以上もかかってしまうじゃないか。
……かなり大変そうな気がする。
側室と言えばフィルの母上も帰ってくるそうだ。
夕方になったら部屋まで挨拶に行くそうで、俺にも同行するようにと言われている。
今までで一番緊張するかもしれない。
失礼のないようにしないといけないな。
さて、今日も気持ちよく一日を過ごすために気合を入れて召喚魔法を使ってみよう。
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名称: フレキシブルワンド
種類: 形状自在型武器
説明: 流体多結晶合金で構成された武器。魔力調節によって形状と硬度を自在に変えることができる。伝説の魔道具製作者、宮田一平によって自身が使用するために開発された。だが、製作者の戦闘センスのなさにより使いこなすことができず、倉庫に封印されたまま所在が分からなくなったという、いわくつきの武器。
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これは面白い武器が出た。
だけど今目の前にあるのは銀色のただの棒だ。
磨き粉をつけてよく擦ったみたいにピカピカしている。
手に取ってみるとずしりと重かった。
本当に形を変えることなんてできるのかな?
説明書にあるように形状を念じながら魔力を込めると、自分が思い描いていたレイピアと同じ形になった。
これはすごい!
他にも念じさえすれば槍、棍棒、斧、と次々に形を変えていく。
鞭のようなしなやかな武器にもなった。
しかも、武器だけではなく盾としても使える。
俺の装備はニューホクブもライトブレードも殺傷能力が高すぎるから丁度良かったかもしれない。
これは応用範囲の広い道具になりそうだ。
早速ショートソードの形にして帯剣した。
陛下のご帰還は滞りなく済んだ。
宮殿は一気に何百人もの人が増えたけど、今日は旅の疲れを癒すために全員静かにおやすみになるようだ。
生まれて初めて皇帝陛下の顔を見たのだが、覇気の塊みたいな人だった。
遠くから垣間見ただけなんだけど、身体からエネルギーが常ににじみ出ているみたいな感じの人だったよ。
あれなら奥さんが三五人いてもおかしくないと思う。
むしろあのエネルギーを数人で受け止め切るのは無理なんだろう。
それぐらい生気に溢れる人だった。
フィルの母上であるエスメラルダ様は本当に優しい方だ。
フィルはお母さん似だね。
フィルを大人にして、もっとか弱そうにするとエスメラルダ様になる感じだ。
「カンパーニ卿、フィリシアを頼みますよ」
エスメラルダ様はそう言って、俺に指輪を一つくれた。
金とラピスラズリでできた指輪だ。
これは皇女の母親が娘のプリンセスガードに贈る習慣らしい。
挨拶が済むと成人の試練のことや、その後の生活などの話題で会話に花が咲いた。
和やかな雰囲気は一人の侍女の来訪で一変した。
「みな様、陛下がこちらにいらっしゃいます。お迎えの準備を」
陛下って、皇帝陛下?
俺やイルマさんは即座に壁際まで下がり頭を下げる。
フィルやエスメラルダ様も椅子から立ち上がった。
「みんな楽にいたせ」
大きな声を出しながら皇帝が現れた。
昼間もちらっと見たけど迫力のある人だ。
年齢は四二歳でまだまだ若さを感じる。
「陛下。よくおいでくださいました」
エスメラルダ様が椅子をすすめている。
「うん。今宵は君と過ごすことにした。いろいろ準備を頼む」
「畏まりました」
よくわからないけど、朝まで一緒にいるということかな。
目立たないようにエスメラルダ様付きのメイドがそっと部屋を抜け出していた。
たぶんこれからの段取りをしに行ったのだろう。
「(エスメラルダ、君に決めた! でございますね……)」
アリスが俺にしか聞こえない音量でぼそぼそと呟いていた。
「フィリシアは成人の試練を果たしたそうだな。余も嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます、陛下」
「ふむ、内政面での知識も大分ついてきたとカルロ・バッチェレより報告を受けている」
カルロさんはラゴウ村まで俺を迎えに来てくれた文官さんだ。
フィルの伯父さんであり、エスメラルダ様のお兄さんに当たる。
「恐れ入ります」
「……どうだ? どこかの国を治めてみるか? どこぞの総督というのでも構わんが」
「勅命とあらば何なりと」
それって、どこかの女王になれってことだよな。
周りの人たちもかなり驚いたように顔を見合わせていた。
「後日、そなたの器量にみあった仕事を与える。期待しているぞ」
フィルは深々と頭を下げた。
後から聞いた話だけど、皇女として仕事を任せられるのは期待値の高い子どもだけだそうだ。
成人の試練を潜り抜けたとしても、能力が低めと判断された場合は政略結婚の道具にされることが多いらしい。
ただしこれには例外もあって、特に重要な政略結婚の場合は優秀な子どもを送り込むこともあるそうだ。
皇帝としては適材適所で決めているらしい。
ひとしきりフィルの身の振り方を話した後、皇帝はひたすら美味しいチーズケーキについて力説していた。
皇帝ともなるとチーズの原料となる牛乳を出す牛の品種、食べさせる飼料にまでこだわっていた。
まあ、それはいいんだ……。
皇帝がどんなチーズケーキを食べようと俺には関係がない。
それよりもさっきから気になるのが一人の視線だ。
皇帝の護衛騎士である女の人がやたらと俺とアリスを虚ろな目で見つめてくるんだ。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳、顔色だけが青白い。
よく見れば長身の美人なんだけど、病気みたいに顔色が悪く、表情もどんよりとしている。
年齢は二〇代半ばくらいだろうか。
例えていうなら死神みたいな感じの人だった。
もっとも携えている武器は大鎌ではなくて、普通の剣だけどね。
一時間くらいしてから部屋に帰ったんだけど、その途中でアリスに言われた。
「さっきの人……、あの女とだけは戦わないようにしてください。万が一の時は逃げに徹するんですよ。逃げられればの話ですが」
「そんなに強いの?」
「化け物です。スピードもパワーも私には及びませんが、魔法を使われれば私でも少し苦戦します」
それは間違いなく化け物じゃないか!
今後はなるべく近づかないようにしよう、そう心に決めた。
夕食が終わってから練兵場に来た。
朝に召喚したフレキシブルワンドを使って訓練したかったのだ。
アリスは試したいことがあると言ってスルスミのところへ行った。
自分との親和性を高めるためにいろいろいじると言っていた。
俺にはさっぱりわからないので任せることにしてある。
絶対にスルスミを動かすなと釘はさしておいたが。
もう夜なのに練兵場にはまだ人がいた。
寝る前に一汗流す近衛兵もいるのだ。
俺も端っこの方でフレキシブルワンドを取り出して訓練を開始した。
棍棒の形にしてしばらく訓練していると、急に練兵場から人気が消えていることに気が付いた。
みんなそそくさと引き上げていく。
どうしたのだろうと後ろを振り返ると、入口の方に死神がいた。
距離は三〇メートル離れているのだがぼんやりと物憂げな表情で俺を見ている。
昼間見た護衛騎士の女だった。
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