第27話 三連コンボ

 水の後月も半ばを過ぎ、宮廷の中がざわざわしている。

イルマさんをはじめとするメイドさんたちも普段より忙しそうだ。


「イルマさん、何かあったのですか? みんな忙しそうですけど」

「そりゃあそうですよ。五日後には皇帝陛下が南の離宮からお戻りになるのですから」


知らなかった。

皇帝陛下はここにいらっしゃらなかったのね。

陛下は暑い時期は北の離宮、寒い時期は南の離宮で政務をとるそうだ。

そうやって避暑や避寒をしながら各地の様子を視察して回っているとのことだった。


「もしかして、宮殿にも人が増えるんですか?」

「ええ。今は平時の半分以下の人しかおりませんもの。晩餐会や舞踏会などの催しもほとんどなかったでしょう?」


言われてみればそうだよな。

フィルも例年なら一緒に離宮へ行っていたのだけど、今年は成人の試練があったために離宮にはいかずにいたそうだ。


「近くダンスパーティーなどもありますから、カンパーニ卿も練習しておいてくださいね」


どうしよう!? 

ダンスなんて村祭りの時に踊っただけだぞ……ヨランと一緒に……。

嫌な記憶を思い出して複雑な表情をしていた俺に、イルマさんがクスリと笑いかけた。


「もしかして、カンパーニ卿はダンスが苦手ですか?」

「え? うーん、ほとんど踊った経験がないのです。私も踊らなければダメですか?」


できるなら無しにしてもらいたい。


「それは無理じゃないですか。殿下には婚約者がいらっしゃいませんので最初のエスコートはプリンセスガードが務めることと決まっております」


これはまずい。

下手したらフィルに恥をかかせることになってしまう。

って、今とても重要なことを言っていたな。

フィルには婚約者がいないのか。

考えたこともなかった。


「身分の高い方は幼い頃から婚約者が決まっているものだと思っていました」

「この世は栄枯盛衰。隆盛を極めた貴族が一〇年後には没落しているなんて言うのはよくある話です。時々刻々と変化する状況の中で結婚相手の候補もそれなりに変わってくるものなのです。それに殿下は第十八皇女でもいらっしゃいますので……」

「なるほど」


身分的にそれほど高くないから、最重要な家には嫁には行かないというわけだ。

よって幼い頃に婚約者を決められることもないということか。


「カンパーニ様もダンスの練習を怠りないように願いますよ。それにプリンセスガードはモテるんです。貴婦人たちのお誘いをお断りするのは騎士としてどうかと思いますよ」


やっぱり練習しといたほうがよさそうだ。

アリスに頼むのが一番手っ取り早いけど、この世界のダンスをアリスは知らないだろう。

レベッカに頼むのも気が引ける。

彼女の気持ちを利用しているみたいでちょっとね……。


「ふふっ。よろしかったら私がダンスの練習相手を務めましょうか?」

「イルマさんが?」

「これでもダンスは得意なんですよ。それともこんな年上のお姉さんはお嫌いですか?」

(大好きです!)


危ない、思わず気持ちを声に出すところだったぞ。


「とんでもない。イルマさんみたいに素敵な方に教えていただけるなんて光栄です」


たぶん俺の顔は真っ赤になっていると思う。

超恥ずかしい! 

そんな俺の姿を見ながらイルマさんは優し気な含み笑いを漏らしていた。


「オネショタ祭りの会場はこちらですか?」


アリスよ、それはどういった祭りなんだ? 

アリスがいつもの調子でやってきた。


「どうしたのアリス?」

「フィリシア殿下がお呼びですよ。これから政治史の先生がおいでになるので同席するようにとのことです」


フィルは俺のために勉強をさせてくれるんだよね。


「了解だ。すぐ向かうよ。イルマさん、ダンスの練習のことよろしくお願いします」

「ええ。今日の昼休みから始めましょうか」


イルマさんとダンスなんてちょっと気恥ずかしいけど、頑張って練習しなきゃね。



 フィルのところへ戻る途中に、アリスは身を寄せて囁いてきた。


「新しいイベントの発生を確認。対象をショタコンと断定」

「イベント?」

「ダンスの練習です」


ああ、イルマさんとの練習か。


「少しでも上手になっておかないと、恥をかくのはこっちだからね」

「やる気を見せていただけるのは結構なことです」


アリスはウンウンと頷いている。


「とはいえ、ただ純情な少年というのも悪くないのですが、ここはプレゼントでも渡して確実にハートを掴んでおきましょう」

「はい?」

「千里の道も一歩より! 栄光のハーレムルートを目指すには日々の努力が大切なのです」


アリスはヤレヤレといった仕草で肩をすくめる。

ヤレヤレなのはこっちだよ。


「レオ様に質問です。A:照れながらダンスの練習をしてもらうだけの男の子。B:ダンスの練習のお礼としてプレゼントを渡して、お姉さんにお礼を言われて照れる男の子。どちらが年上の女性にもてると思いますか?」

「……B?」

「はい。間違えたら絞め殺すところだよ! でございます」


 ハーレムルートは置いといて、レッスンのお礼に何かプレゼントするのは礼儀にかなったことだよね。

そうだ! 

前に召喚した化粧水というのがあったな。

綺麗な青い瓶に入っていて高級感があったし、何よりもあれをつけると肌がツルツルになるんだよね。

今日の召喚魔法はまだだから、後で再召喚してプレゼントしたら丁度よさそうだ。

イルマさんがよろこんでくれるといいな。



午前中はフィルと一緒に政治史の勉強をした。

俺は横でメモを取りながら聞いているだけだけど非常にためになる。


 そして昼休みの間をぬってダンスの練習だ。


「イルマさんお願いします」


よほど緊張した顔をしていたのだろう。

イルマさんに思いっきり笑われてしまった。


「カンパーニ卿、肩に力が入りすぎですよ。もっとリラックスしてください」


そんなこと言われても女の人とこんなに近い距離になるのはヨラン以来久しぶりだ。

ふう……。

こんな時こそ戦闘術で培った呼吸法で心身ともにリラックスだ。

鍛錬のおかげですぐに肩の力は抜けた。


「準備はよろしいようですね、カンパーニ卿」

「その、カンパーニ卿というのはやめてください」

「あら、それでしたら何とお呼びしたらいいのかしら?」

「普通にレオって呼んでくれると嬉しいです」


イルマさんは少しだけ考えた後に、


「じゃあ、誰もいないときはレオ君って呼ぶわね」


って言ってくれた。

あ、鼻血出るかも……。

これが年上の色香というやつだろうか。

身体を寄せた瞬間にいい匂いがふわりと鼻腔をくすぐってくる。


「最初は基本的なステップから始めますよ」


耳の近くで聞こえるイルマさんの声にドキドキしながら、夢の中を歩くようにステップを練習した。


 あっという間に昼休みが終わり、夢の時間も終了してしまった。


「続きはまた明日ですね」


微笑みながらイルマさんが俺の手から指を離してしまう。

そこで正気に返った俺はプレゼントのことを思い出した。


「これ、つまらないモノですけどお礼です」

「え? そんな、いいのよこれくらい」

「大したものじゃないんです。化粧水と言って顔につけると肌がツルツルになる薬でして……」


もっとシャンとしろと自分に言いたいのだが、どうにもしどろもどろになってしまう。


「ありがとう。後で試してみるわ」


妖艶な微笑みを残してイルマさんは仕事へ戻っていった。



 今日も無事に一日が終わった。

午前中はフィルとの勉強、午後はダンスの練習をして、またフィルとの勉強と乗馬訓練で一日が過ぎた。

皇帝陛下が帰ってくると成人の試練を乗り越えたフィルには公務が課せられるそうだ。

俺もプリンセスガードとして忙しくなるだろう。


――コンコン


誰かが俺の部屋をノックしている。

アリスが来たのかな? 

扉を開くと立っていたのはイルマさんだった。

その顔は透き通るような透明感で輝いている。


「イルマさん……?」

「レオ君! すごいよこれ! つけたら肌の年齢が一気に若返ったみたい! ありがとう!!」


ギュッとされて、ムニュっとあたって、チュッとされた。


戦闘術の達人のはずの俺が一歩も動けなかったよ……。

イルマさんの三連コンボを防ぐ術を俺はまだ持っていない。


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