第26話 庭のオブジェ

 プリンセスガードになって十日余りが過ぎた。

だけど最近俺はスランプ気味だ。

そうは言っても身体が不調とかじゃない。

あまりいいものが召喚できていないのだ。


レジ袋: 薄い袋。レジって何だろう?


へび花火: モコモコと伸びて面白かったけど、すぐに終わった。アリスが真顔で「う〇こ花火」と言ってフィルが引いていた。確かにそちらの方がしっくりくるネーミングではあった。


クリップ: また挟むものかよ……。


三角定規: 使う機会があまりない。


ジャックナイフ型ワンタッチコーム: ボタンを押すと飛び出す櫛(くし)。面白いけど普通の櫛でいい。


ソプラノリコーダー: 異世界の縦笛。アリスがフィルに「フェティシズム探究のために、スクール水着を着た状態でリコーダーを吹いてください」と頼んで断られていた。アイツは何がしたいのだろう?


と、このように今週はあまりぱっとしないラインナップが続いている。

今日こそはいいものが出てほしい。

俺は静かに目を閉じ瞑想を開始した。

精神を集中させ全ての雑念を捨て去るのだ! 

目を閉じてすぐに現れたスクール水着を着たフィルの妄想を打ち消す。

ホテルのベッドで拗ねたように俺を待つレベッカにもご退場願った。

しどけなくメイド服をはだけたイルマさんのことも考えないようにして、俺に絡みつくアリスの姿も霧散させた。

全ての煩悩を取り払い、今、俺の心は無の境地! 

雑念ゼロのこの瞬間を狙って召喚魔法開始!


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我がもとにその姿を現せ!」


(ピンポーン♪ 召喚物を置くスペースが足りません。もう少し広い場所に移動してください)


 来た!! 

久しぶりの大物の予感。

とりあえず召喚は保留して、どこかいい場所を見つけないとな。



 居間で待っていると朝の支度を終えたフィルがイルマさんと一緒に入ってきた。


「おはようございます殿下」

「おはよう、レオ。今日はなんだか機嫌がよさそうですね」

「お分かりになりますか? 実は久々に大物が来たみたいでして」


俺の言葉でフィルはすぐに事情を呑み込んだ。


「でしたら後で庭園の目立たないところに行きましょう。私もついていっていいかしら?」

「もちろんです」


フィルは好奇心を抑えきれずに目をキラキラさせていた。



 朝食を食べ終わってから、俺とフィルとアリスは宮殿の庭園に出た。

軽く庭園と言っているけど、実はとんでもない広さなのだ。

花壇や芝生広場、噴水などはもちろん、森や池だって備えている。

ひょっとしたらラゴウ村より広いかもしれない。

それくらい巨大な庭園だった。


「アリス、どのくらいの広さかわかる?」

「東京ドーム二四〇〇個分以上です」


うん、さっぱりわからない!



 フィルは馬に乗り、俺はホバーボード、アリスは駆け足で森の端までやってきた。


「この辺でいいんじゃない、レオ?」

「そうだね。じゃあ再召喚をやってみるよ」


森の横の開けた場所で、再び召喚魔法を展開する。

まばゆい光が消えて現れたのは大きな鉄の……馬?



####


名称: スルスミ(試作機最終型)

種類: 多脚戦車

説明: 高い機動力と防御力を備えた戦車。四本の脚による移動、もしくは脚部にスライドするタイヤによる高速移動の切り替えができる。昼夜を問わず三六〇度の視界を確保するマルチカメラを搭載。機動性を重視しているため、攻撃力は他の機体に劣る。ただし低火力を補うため、オプションで六連ミサイルランチャーの取り付けが可能。装備すれば機動性は若干落ちる。衛星との情報リンクが可能。AI搭載型オートマタとの親和性を重要視して作られたプロトタイプ。

主要装備:機銃、グレネードランチャー、アームに取り付けられたパイルバンカー、移動補助用ワイヤー等

一機だけのプロトタイプのため再召喚不可

以下、詳しい仕様書が続く


####


「……」


俺とフィルはポカーンだ。

なんかやたらでかいゴーレム?

馬のようにも見えるし蜘蛛のようにも見える。 

色はグレーを基調にしていて高さは四メートル以上あると思う。

箱状の胴体には四本の太い脚がついている。

その脚には車輪もついているけど、その車輪だけで一五〇センチはあるぞ。

もうね、あまりのことに声が出なくなっているよ。

なんかアリスだけが喋っている。


「初期型の多脚戦車ですね。博物館にレプリカが飾ってあるはずです」


アリスにとっては古い物なのか。


「SLSシリーズの原点がこれだと思うと感慨深いですね。レオ様、ハッチを開いてください」


持ち主として登録されている俺しかこの戦車の扉は開けられないそうだ。

後部から梯子を上りハッチのところへ来た。


「どうすればいいの?」

「そこのレバーを引けばいいだけです」


教えられた通りT字型のレバーをひねって引っ張ると、蓋のような扉がパカリと開いて中に入ることができた。


 中は思っていたよりも狭い。

最後尾の少し高くなったところに一人掛けのシートがあるのだが、ここはオートマタが座る場所らしい。


「それではレオ様、エンジンを起動して軽くドライブでもしてみますか?」

「ちょっと待って!」


 皇帝の庭園内でこんなものを走らせられるわけがない。

絶対に怒られてしまうと思うよ。


「この戦車というのは送還することはできないのですか?」


フィルは思いつめたような表情だ。


「ごめん、フィル。俺が送還できるのは物置だけなんだ」

「それは困りましたね……」


 さすがにこんな物が庭園に召喚されたとなるとまずいよね。

だいたい説明書通りの機能を持っていることがばれたら結構大変な騒ぎになってしまうと思う。

戦車は国に取り上げられてしまうだろうし、こんなものを召喚できる俺は幽閉されてしまうかもしれない。

悪くすれば死刑だってあり得る……。

今回の召喚はなかったことにしたい。


「アリス、この戦車は俺とアリス以外は動かすことはできないんだよな?」

「はい。この世界の技術ではコックピットに侵入することすら無理でしょう」


だったらこの戦車は今日からオブジェだ! 

庭園にある石像とかと同じポジションでいてもらおう。


 こうして超高性能戦車スルスミは出来損ないの召喚士が呼び出した、アイアンゴーレムのハリボテということになった。

最近では貴族の子どもの遊具として、それなりの人気を博している。

そして俺は、戦闘術は一流だけど召喚士としては三流以下のプリンセスガードとして認識されるようになった。

故郷のラゴウ村では役立たずの洗濯バサミと呼ばれていたのだから、今さらだよな。

どこぞに監禁されて、毎日お国のために兵器を召喚をさせられるよりはよっぽどいい。

戦車を呼び出した次の日はカスタネットという楽器を召喚した。

……これくらいで丁度いいのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る