第25話 チョロいのばっかり
アンクルワープから帝都ブリューゼルへの定期馬車が出発した。
レレベル準爵は陽気な声で同乗者たちと話している。
貴族らしい威張り腐った態度ではなく、とても朗らかだ。
メダリアさんはレレベル準爵のこういうところを好きになったのかもしれない。
「じゃあ、俺たちも出発しよう」
「うん」
俺とレベッカも昨晩はアンクルワープに一泊した。
もちろん部屋は別々だよ。
ホテル・シャガルティエは高級すぎて泊まれなかったけど、結構素敵なホテルに宿泊できた。
メダリアさんが旅の資金とお小遣いにと言って一〇万レウンをくれていたので何の不自由もなかった。
一〇万レウンって、かつての自分の月収くらいあるもんね。
ああ、ヤギや鶏たちは元気だろうか……。
のんびりと進む馬車の後ろからホバーボードでついていく。
初めのうちは乗客も珍しがって見ていたが、そのうちに飽きたようで今は視線を感じていない。
一五分もしないうちに馬車は街道へ出た。
ここでは何かの工事が行われている。
「あれは何?」
「魔道鉄道のレールを設置しているのよ」
あれが噂の魔道鉄道か。
馬が引かない荷車が自動で進む機械らしい。
魔石を使って火炎魔法を展開し、お湯を沸かして、蒸気の力で車輪を動かすと聞いている。
完成すればブリューゼルとアンクルワープの間は一時間もかからずで行き来できるようになるそうだ。
このホバーボードよりも速いなんて本当にすごいと思う。
工事は急ピッチで進められていて来年にはブリューゼル――アンクルワープ間の路線が開通するそうだ。
出来上がったら是非一度乗ってみたいものだ。
フィルも好奇心が強いからきっと乗りたがると思うな。
馬車はゆっくりと進み、途中で馬を代えて七時間かけてブリューゼルに到着した。
さすがにずっと立ちっぱなしはきつかったので、途中からはソリに乗る感じでホバーボードに座って乗った。
これだと細かい制御は難しくなるけど、脚が疲れなくて楽だ。
スピードは馬車に合わせて時速七キロくらいだったので、座っていても操縦は簡単だった。
帝都に到着した時点でレベッカには先に帰ってもらい、俺一人でレレベル準爵を送っていくことにした。
イクイアナス修道院が近づいてくると、馬車の中では陽気だったレレベル準爵の歩みは目に見えて遅くなってくる。
「ほらぁ、覚悟を決めてさっさと行きましょうよ」
「はぁ……わかっているよレオ君。私だって早くメダリアに会いたいんだ。だけどねえ……」
半月も隠れて遊び暮らしていたから会い辛いということか。
俺も立場上、自分が見たものを黙っているというわけにはいかない。
一〇万レウンもの経費を貰っちゃってるしなぁ……。
「レレベルさんはメダリアさんのことを愛しているんでしょう?」
「もちろんだとも! 人生で初めて命を賭けてもいい人に出会ったと思っている。三六年生きてきた中でこれほど深く人を愛したことはないよ」
その言葉に偽りはないと思うけどね……。
居間に入るとメダリアさんは目に一杯涙をためて、大きな体を揺らしながら準爵に駆け寄っていた。
「ああ、サウル! 無事だったのね。私、本当に心配しましたのよ」
「ごめん、メダリア」
しばらくぶりの再会を喜んだあと、メダリアさんは俺にも丁寧に頭を下げてきた。
「カンパーニ卿、この度は本当にありがとうございました。昨日の今日でもうレレベル準爵を連れてきていただけるとは思ってもみませんでした。本当に優秀な方なのですね」
そんなに褒められるとかえって本当のことが言いづらい。
「それで、どうやってレレベル準爵を見つけてくださったので――」
「すまないメダリア!」
メダリアさんの言葉を遮るようにしてレレベル準爵が薄毛の頭を下げた。
そして、この二週間に何があったのかを準爵は告白した。
全て嘘偽りなく、余計な言い訳はしなかったのは、俺としては好感が持てた。
後はメダリアさんがどう判断するかだ。
「カンパーニ卿、この度は私の我儘に突き合わせてしまいまして申し訳ございませんでした。フィリシア殿下にもメダリアが大変感謝していたとお伝えくださいませ。ですが、今日のところはこれでお引き取りを……」
そりゃあそうだよね。
俺も男女の修羅場に身を置きたいとは思わない。
短い言葉で暇を告げて、そそくさとその場を逃げ出した。
宮廷に戻ってフィルとアリスの顔を見たらやっぱりほっとした。
今回の顛末を聞かせてやるとフィルはとても心配そうな顔をしていた。
メダリアさんは年上だけど子どもっぽいところがあるからね。
「それでメーダ殿は?」
「彼女とは帝都についたところで別れました」
「……そうではなくて旅の間はどんな感じでしたか?」
どんな感じと言われても普通に喋っていただけだ。
……もしかして、俺とレベッカが仲良くしていたからヤキモチを焼いている?
「あ~、途中でかなり冷え込んだのでメーダ殿のご実家で休ませていただきました。ホットミルクを二杯ほどご馳走になりましたね」
「……ご両親に紹介されたのですか?」
「ええ、まあ……」
「そうですか……」
フィルはふさぎ込んだ表情で目を逸らしている。
「レオ様、今どき鈍感系の主人公は流行りませんよ」
相変わらずアリスの言うことは分かりづらい。
俺が鈍感って言いたいのか?
否定はしないけど、ここ数日でレベッカが俺に好意を寄せてくれているというのはさすがにわかっている。
だけど俺にその気はない。
ここはハッキリさせておいた方がいいのかな。
「フィル、俺はフィルのプリンセスガードだから」
「えっ?」
「だから、今はフィル以外の人のことを考える余裕なんてないんだ」
「……うん」
フィルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
でも横顔を覗いてみると笑顔になっているのが分かった。
良かった。
少しは機嫌を直してくれたようだ。
「みんなチョロインで困ります。もう少し難易度をあげた方がよろしいかと……」
ああ、はいはい。
「まあ、ハーレムルートは残されているし、それなら攻略難易度も必然的に上がりそうですね。腕が鳴るぜ! でございます」
こいつは何を楽しんでいるんだろうね?
自室に戻って荷物を整理しているとアリスがやってきた。
俺がベッドに座ると隣に座って、ぴとりとくっついてくる。
「どうしたの?」
「寂しかったのです」
そんな無表情に言われても……。
「一日いなかっただけじゃん」
「S型第五世代は寂しいと死んでしまうのです」
「本当に?」
「……半分冗談です」
は、半分なんだ。
そういわれると突き放すこともできなくて、しばらくアリスとくっついたままで座っていた。
きっと、チョロいのは俺の方なんだろうな。
さっきフィルにあんなこと言ったばかりなのに、もうアリスにドキドキしている。
アリスは一〇分ほどくっついてからスクッと立ち上がった。
「愛情の補充完了しました。レオ様、寂しくなったらまたお願いします」
「うん……」
思わず「うん」って言っちゃった。
だって、アリスが珍しく笑顔だったんだもん。
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