第24話 薄毛のドン・ファン

 メーダ子爵の屋敷で一時間くらい休ませてもらってから、レベッカと再び旅路を急いだ。


「お二人とも優しい方だったね」

「うん……(お父様もお母様もレオのことが気に入ったみたい。第一段階は成功ね!)」


なぜかレベッカがガッツポーズをしている。

メーダ夫妻は本当に親切だったな。

突然の訪問にも嫌な顔一つしないで迎えてくれたもん。

お土産のブランデーを喜んでくれたらいいのだけど。

 シルヴィア夫人にもらったスカーフを巻いたので、顔の痛さはずいぶんと和らいだ。

これならアンクルワープまで一時間もかからずに到着できるだろう。



 アンクルワープが近づいてくると微かに潮の匂いがしてきた。

ここはとても大きな港町で、帝国の要衝を結ぶ中心的な役割を担っているし、軍港としても名高い。

星の反対側にある新大陸との貿易拠点にもなっていて、珍しい品物がいっぱい手に入るのだ。

俺たちが探しているレレベル準爵も新大陸から渡ってくる砂糖とタバコの貿易に投資しているそうだ。


 最初にメダリアさんから聞かされていたホテルに行ってみたが、そこに準爵の姿はなかった。

ホテルの受付の話では二週間前にチェックアウトしたという。

道理でメダリアさんが手紙を出しても返事が返ってこないわけだ。

それならばということで投資先のアルテマ商会を訪ねてみた。


 重たい木製のドアを開くと愛想のよい中年の店員がすぐにやってきた。


「ようこそおいでくださいました。本日はどういったご用件ですか?」

「こんにちは。私はカンパーニ騎士爵です。実はレレベル準爵と連絡を取りたいと思いましてアルテマ商会を訪ねてきたのです」

「ああ、準爵のお知り合いでしたか。準爵は最近こちらには見えていませんよ。最後にお会いしたのは二週間くらい前です」


詳しい話を聞いてみると準爵が投資していた船は無事に帰港し、積み荷も滞りなく売りさばけたそうだ。

その金の受け取りが二週間前で、それ以来準爵の姿は見ていないとのことだった。

もしかして金を受け取ってトンズラ? と思ったが、レレベル準爵はホテル・シャガルティエに宿泊していると教えてもらうことができた。


 店員は俺とレベッカにも投資の話をしきりに持ち掛けてきた。

新大陸の貿易は船が沈むことが多々あり、ギャンブル的要素が強い投機だ。

今なら特別に二二〇パーセントのリターンになるなんて言われたけど、恐ろしくてやる気にはなれなかった。

そういえばメダリアさんは準爵に三〇〇〇万レウンを用立てたと言っていたな。

二二〇パーセントが本当ならかなりの額を儲けているはずだ。


「レベッカはホテル・シャガルティエって知っている?」

「ええ。アンクルワープで一番高級なホテルよ。最低ランクの部屋でも一泊四万五千レウンは下らないわ」


儲けたお金で豪遊とかかな? 

嫌な予感がしてきた……。



 時刻は夕方になっていた。

ホテル・シャガルティエのフロントで聞いてみると確かにレレベル準爵は宿泊しているそうだ。


「イクイアナス修道院長メダリア・ベルギリアの使いで、レオ・カンパーニ騎士爵が来たと伝えてください」

「ああ、それでしたら丁度後ろに」


ホテルマンが示す方向に俺が振り返ると、すぐ後ろで真っ青な顔をしながらドアの方へ後ずさりをしている三十代半ばくらいの男がいた。

イケメンと言えばイケメンなのだが顔にだいぶお肉がついている。

お腹も出ていて頭の毛も薄いのだが、両手は二人の派手な美女の肩にかかっていた。

お姉さんたちは胸元が大きく開いたドレスを着ていて、おっぱいがボヨンボヨンしている人たちだ。

香水の匂いがかなりきつい。

もしかしてこれが噂の高級コールガール? 

前にポンセとオマリーが熱く語っているのを聞いたことがあるが、その情報にかなり合致している気がする。

それはともかく先ずは本人確認をしなければな。


「失礼ですがレレベル準爵ですか?」

「ち、違う。わ、私は……」


あれ、人違い?


「こ、この二人は私の娘、いや、妹であって……」


そんなことは聞いてないんだけどな。


「で、貴方がレレベル準爵で間違いないのですか?」

「そ、そうだが君たちは?」

「フィリシア皇女殿下のプリンセスガードでレオ・カンパーニと申します。本日はメダリア・ベルギリア嬢の使いで参りました」


レレベル準爵は一瞬心臓を掴まれたような表情になったが、すぐに満面の笑顔になる。


「お、おお! メダリア殿の使いですか。それは遠路はるばるご苦労様です。本日はどういったご用件で? いやいや、こんな場所では話もできませんな。どうですか、ご一緒にお食事でも? ああ、大切なお客様ですからな、もちろんご馳走させていただきますよ!」


まくしたてるように言うと、今度はお姉さんたちに向かって、


「今日はありがとう。お蔭で有意義な話し合いができたよ。私はこれから大事な客人をもてなさなくてはならなくなってしまってね。また連絡するから今日のところは引き取ってくれたまえ!」


と、かなり強引に背中を押しながら帰らせてしまった。


「よろしかったのですか? 妹さんたちを帰らせて?」

「妹? ああ、彼女たちか! 妹というか妹みたいな存在というやつですよ。私は若い人を見るとついつい自分の弟や妹のように応援したくなる性分でしてな。はっはっはっ!」


よくまあ、ポンポンと嘘が飛び出てくるよな。

ある意味感心してしまう。


「さあさあ、レストランに参りましょう! ここはレストランもアンクルワープで一番の旨さですぞ!」


そういいながら準爵は強引に俺とレベッカをレストランへと導いていった。

この人、腰は低いんだけど強引なんだよね。


「ところでこちらのお嬢様はどなたでしょうか?」


席に着くとレレベル準爵が聞いてきた。

そういえば自己紹介がまだだったな。


「私は左翼府総監のレベッカ・メーダだ」

「おお! 誉れ高い近衛将校とはつゆ知らず失礼いたしました。私サウル・レレベル準爵と申しまして、貴族籍の端っこに名を連ねるものであります」


準爵だから確かに端っこだけど、ちょっと卑屈過ぎないかな? 

爵位や役職としては俺たちの方が上なんだけど、準爵のほうがずっと年上だぞ。


「それで、さっきの人たちは娼婦ですよね?」

「いっ!?」

「いくら自分が若くてもそれくらいわかりますよ」

「は、はは。それはそうだ……」

「いったいどういうことなんですか?」

「カンパーニ殿……」


準爵は疲れた老犬みたいな顔で俺を見つめてくる。

そして突然テーブルの上にひれ伏した。


「……この通りだ。どうかメダリアには今日見たことを黙っていてくれ!!」


どうしたもんだか……。


 食事をしながら軽く尋問をしてみると以下のことがわかった。


 まず投資についてだが、レレベル準爵は新大陸に向かう大型帆船に目をつけ、それに預かっていた三千万レウンを全額つぎこんだそうだ。

そう、まさかの一点張りだ。

俺もさっきアルテマ商会から説明を受けたからわかるけど、普通はリスクを分散させるために投資先は複数にするものだ。

一つの船が沈んでも他の船で利益を取り戻すという考え方だね。

ところがこの準爵はそんな基本的なリスク回避すらしなかったようだ。


「なんでその船だけに投資をしたのですか」

「それはもちろん一番ハイリターンだったからさっ!」


そんなドヤ顔で決めるなよ……。

大丈夫かなこのおじさん。

ともかくレレベル準爵は本来あり得ないような無茶な投資で三千万レウンを六千五百万レウンにしてしまったそうだ。


 人間は金ができるといろいろやってみたくなるらしい。

貧乏貴族の家に生まれて、贅沢なんてしたことがなかったレレベル準爵はメダリアさんのところに戻る前に少しだけ羽目を外すことにした。

すぐにホテルをアンクルワープで一番のシャガルティエに変えて、毎晩のように遊び暮らしたということだった。


「これを全部やったらメダリアのところへ帰ろうと思ってたんだ……」


そういって準爵は一枚の紙片をこちらに寄こしてきた。

紙には意外な達筆で何か書いてある。


〇死ぬまでにやりたい五つのこと

 最高級の料理を食べる

 一流ホテルのスイートルームに宿泊

 高級馬車に乗って皆の注目を浴びる

 一流のテーラーで服を注文

 当代随一の鍛冶師 レムダ・ロンガのサーベルを購入

 一度でいいから3P


 五つのことって書いてあるのに六つあるじゃないか! 

最後の3Pってなんだろう?


「それで、やりたいことは全部できたのですか?」

「いや、その……最後のだけは今晩しようとしていたら君たちが現れて……」


あ、3Pの意味が分かっちゃった。


「カンパーニ殿、君も男なら僕の気持ちもわかってくれると思うのだけどなぁ……」


分からなくはないけど、泣きそうな顔をされても困ってしまう。

レベッカがこっちを睨んでくるし、迂闊にうんとは言えないよ。


「……一緒に帝都に帰りませんか? 最後のは未遂だし、自分も一緒に謝ってあげますから」


そういうと準爵はがっくりと項垂れて小さく頷いた。

このおじさん、悪い人ではないと思うんだけど、大分困った人でもある。

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