第23話 異界から来た酒
街道に出るとホバーボードの速度を上げた。
道行く馬車や馬を追い越してずんずん進めるのは気分がよかった。
最初は最高速度の四〇キロ近くで走っていたのだが、向かい風をまともに受けて二〇キロ以下までスピードを落とした。
とにかく寒すぎる。
特に風をまともに受ける顔がかじかんで、針に刺されたようにピリピリ痛んだ。
「レオ、寄り道になってしまうけど、ここから少し行ったところに私の実家があるの。少しそこで休んでいかない?」
「突然押しかけて迷惑じゃない?」
「大丈夫よ。最近会っていないから父も母も喜んでくれるわ」
だったらついでに里帰りをさせてあげた方が親切というものかな?
それに寒さで体が限界に来ている。
「わかった。それじゃあ少しだけお邪魔するよ」
「ええ。温かいミルクでも飲みましょう」
俺たちはレベッカの父メーダ子爵の領地であるロッセイムに寄っていくことにした。
子爵夫妻は普段は帝都に住んでいるのだけど、狩猟が盛んになるこの季節は領地に帰ることも多いそうだ。
でも、いきなり手ぶらで行くのもなんだよね。
そう思っていたら、道の端に丁度良い空き地を見つけた。
「レベッカ、ちょっと待って」
ホバーボードを止めて地上に降り立つと、レベッカもすぐ脇にホバーボードを止めた。
もう完璧に制御できているみたいだ。
「どうしたの?」
「このまま訪問するのは失礼だから、ご両親にお土産を持っていくよ」
「そんな気を使うこと無いわ。それにここからだとロッセイムまでは店なんかないわよ」
俺は召喚魔法で空き地に物置を呼び出した。
「なにこれ?」
「俺の物置。一〇〇人乗っても壊れないくらい丈夫なんだよ」
横スライドのドアを開け、魔道灯のスイッチを入れると、レベッカもおずおずと入ってきた。
自作の棚を取り付けた物置は整理整頓が行き届いている。
「見慣れない物がいっぱい……」
召喚魔法が使えるようになってから七〇日以上が経っている。
その間に呼び寄せたものはほとんどこの中に入れてあった。
目当ての物はすぐに見つかった。
####
名称: ペネシー・リシャルテ
種類: ブランデー
説明: 葡萄酒を蒸留して作った酒。非常に香りが高く味わい深い。お酒なのに飲むとあっちが強くなる。EDの方にもおすすめ。
####
黒い木箱を開けると丸みのある透明な瓶に琥珀色の液体が入っている。
吸い込まれそうなほど透明で、柔らかな質感を持つ瓶だけでもかなりの価値があると思う。
「ちょ、ちょっと! 何これ? すごい綺麗じゃない」
「中身はお酒だって。飲むと強くなるらしいんだけど……」
あっちってどっち?
強くなるんだから悪い効果があるわけじゃないと思う。
それにEDってなんだろう?
アリスに聞いたんだけど「レオ様には関係ありません。とっても元気ですから……」といって教えてくれなかったんだよね。
ブランデーは高級品とも言っていたし、中でもこれはかなり美味しいそうだ。
お土産にはぴったりだろう。
「こんなすごい物を貰ってもいいのかな? 皇帝陛下に献上できるレベルだと思うわ」
いざとなれば同じものは再召喚できる。
他にいいプレゼントも思い浮かばないし、これでいいや。
ブランデーをリュックに入れて、再びホバーボードを走らせた。
□□□□
書斎で事務仕事をしていたメーダ子爵のもとに妻のシルヴィアが興奮した様子でやってきた。
「貴方、レベッカが帰ってきました」
「連絡も寄こさず突然だな」
「それが、男の友人を伴って戻ってきたんです!」
「なんだって!?」
メーダ子爵は手にしていた書類の束を取り落とすほど驚いた。
メーダ夫妻は結婚してから一九年の間に一男二女をもうけたが、レベッカはその末娘だった。
幼い頃からお人形遊びよりも剣をふるうのが好きな女の子で、将来の夢は剣豪と言って憚らない少女だった。
同じ年頃の貴族令嬢が恋の話に花を咲かせる時期になっても異性にはまるで興味を示さず、毎日剣術の稽古に明け暮れる日々でもあった。
そして成人のギフトで「武人の資質」というスキルを得てから、レベッカの武技はさらに冴え渡る。
ついには帝国主催の闘技大会で二年連続優勝を果たすほどになってしまったのだ。
以前、メーダ子爵がレベッカに結婚のことをほのめかしてみたのだが、「私より強い殿方がいらっしゃいましたらお付き合いを考えます」と一笑に付されたことがある。
末娘ということでメーダ子爵はレベッカの結婚についてはとやかく言わず、好きなようにやらせてみようと考えていた。
その娘が何と男を連れて帰ってきたというのだから腰を抜かしてしまったのだ。
「ど、どのような方なのだ?」
「それが、まだ若い騎士なのです。フィリシア皇女殿下のプリンセスガードをされているとお聞きしました」
「おお!」
相手がプリンセスガードなら身分としては上々だ。
「すぐに行く。失礼のないようにもてなしていてくれ」
子爵はそれまで着ていたジャケットを脱ぎ、来客を迎えるための上等な上着に着替えた。
「レオ・カンパーニと申します」
にこやかに挨拶してくる少年は、まだ顔にあどけなさを残していた。
当たりの柔らかい誠実そうな少年だ。
聞けば一五歳になったばかりだという。
レベッカより二つも年下だった。
だが、見た目だけならレベッカの方がずっと幼く見える。
二人並んだ姿は中々お似合いで妻ともども、ついつい上機嫌になってしまった。
「さあさあ、もっと火の近くで温まってくださいカンパーニ殿。ホットミルクのお代わりはいかがかな?」
「クッキーも召し上がってくださいね」
妻のシルヴィアもカンパーニ殿が気に入ったらしく、しきりにもてなそうとしていた。
カンパーニ卿はフィリシア殿下の特命を受けてアンクルワープへ赴くそうだ。
レベッカはカンパーニ卿を案内するために行動を共にしているとのことだった。
「うちのレベッカがご迷惑をかけていませんかな?」
「滅相もありません。レベッカさんはとても親切にしてくれます。今日だって非番のはずなのにアンクルワープに不案内な私に協力を申し出てくださって」
武術のこと以外何も考えていないあのレベッカが?
「た、たまたま暇だっただけよ……」
絶対に嘘だ。
小さいころからレベッカは暇さえあれば剣を振る子だった。
「ま、まあ、この子は剣術だけなら人並み以上にお役に立てるでしょう」
いったいどういう心境の変化かわからないが、親としては娘のセールスポイントをアピールしておくべきだろう。
「私の護衛なんて必要ないわよ。レオは私よりずっと強いんだから」
なんと!
あのレベッカが自分より強いと言い切っている。
しかも我がことのように嬉しそうに。
本当にどうなっているのだ?
……
わずかな時間ではあったが、私たちはすっかりカンパーニ卿改め、レオ君と打ち解けることができた。
本音を言えば二人の関係がどの程度まで進んでいるのか、将来どうしたいのかなどをもっと聞きたかったのだが、任務のあるレオ君はすぐに出立しなければならないそうだ。
「帝都の屋敷にもぜひ来てくれたまえ」
「そうですわ。ぜひお食事を食べに来てくださいね。我が家の料理人は評判がいいのですよ」
普段は客をあまり招きたがらないシルヴィアが熱心にレオ君を誘っていた。
「ありがとうございます。是非伺いますね」
「ええ。娘をよろしくお願い致しますよ」
レオ君とレベッカは不思議な板に乗って行ってしまった。
レオ君は召喚士だそうだ。
あの板も異世界からの召喚物ということだった。
馬よりも速く走れるそうで、二人の姿は瞬く間に見えなくなってしまった。
娘の想い人はかなり優秀な人物らしい……。
その夜、メーダ子爵はレオからプレゼントされた木の箱を開けて、再び驚いた。
「シルヴィア! これを見てくれ」
「まあ! なんと美しい……」
現れたブランデーのボトルに二人はあっけにとられてしまう。
「これは……結納の品と考えてよいのだろうか?」
「どうでしょう、本人たちは何も言っておりませんでしたので判断がつきませんわ」
中身の酒を抜きにしても、このボトルの芸術的価値は計り知れない。
ここはクリスタルガラスなど発明されていない世界だ。
何はともあれ、さっそくブランデーを飲むことにして、再び二人は仰天することになる。
このように薫り高い酒は初めてだったからだ。
「これほど旨い酒が世の中にあるとはな……」
「レオ君のギフトは『異界からの召喚』でしたよね。これもきっと異世界からの召喚物なのでしょう」
極上の酒に酔いしれながら子爵夫妻は二杯、三杯とグラスを重ねる。
メーダ子爵はちらりとシルヴィア夫人を見た。
今年で三五歳になったシルヴィア夫人はほんのりと顔を紅潮させて微笑んでいる。
そういえば最近はこうして二人で向かい合って話すことも少なくなった。
今日は図らずもレオが来たおかげでレベッカの将来についていろいろと二人で話すことができている。
お酒が進みすぎたせいだろう、体に火照りを覚えたシルヴィア夫人が上着を脱ぎ、ほぅと息をついた。
薄い部屋着一枚のしどけない夫人の姿に、子爵はここ数年来忘れていた気持ちが蘇ってきた。
「シルヴィア……今日も相変わらず綺麗だね」
「うふふ、どうされたのですか突然……」
見つめ返すシルヴィアの視線も熱い。
無言のまま子爵が手を差し伸べると子爵夫人もその手を握り返した。
…………
約一年後、レベッカに歳の離れた元気な弟ができる。
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