第22話 機械仕掛けの巫女

 メダリアさんの恋人であるレレベル準爵は商用で北の港町アンクルワープにいる。

そこで貿易業に投資をしているらしい。

なんでも金のないレレベル準爵のためにメダリアさんが出資したそうだ。

……大人の恋には疎いけど、これって大丈夫なのか? 

どう言い繕っても、レレベル準爵はメダリアさんに寄生しているよね?



 アンクルワープまではおよそ四〇キロの道のりだから、普通なら一泊以上しなければならない。

だけど、俺にはホバーボードがあるから、スピードを抑えても二時間くらいで到着することができるだろう。

迷宮で召喚したリュックサックに一日分の着替えとスニッチャーズを詰め込んだ。

スニッチャーズはナッツがぎっしり入ったチョコレートとヌガーのお菓子だ。

一本食べるだけでお腹が満足して体力もアップする。

万が一食料が手に入らない時の非常食になると思う。

アリスはフィルの護衛をさせるために置いていくので、今回は一人旅だ。

用心はしておかないとね。


 あらかた荷物をまとめ終わったところでドアがノックされた。

そろそろ、みんな寝る時間だ。

こんな夜更けに誰だろう? 

ドアを開けると廊下に立っていたのはレベッカだった。


「どうしたの?」

「私、明日、明後日と非番なのよ」


ほうほう、わざわざ休み自慢かな? 

俺はいきなりの出張だ。


「それはよかったね。どこか遊びに行くの? それともレベッカは休みの日にも訓練かな?」

「別に……。レオはメダリア様のお使いでアンクルワープまで行くのよね?」

「うん」

「アンクルワープなら詳しいから、案内してあげてもいいわよ」

「……」

「……」

「もしかして、レベッカも行きたいの?」

「違うわよ!」


ちびっ子は全力で否定してきた。


「私はレオを心配してあげてるの! アンクルワープは初めてなんでしょう? 迷子になったらどうするのよ!?」


言われてみればその通りだ。

村育ちだから都会にも慣れていない。

初めての街でレレベル準爵を探すのも大変そうだし、レベッカにも来てもらおうかな。


「……レベッカは優しいんだね」

「っ! な、なによ、突然! ほ、褒めたって案内してあげるだけよ。デートとかはダメなんだからね!」


いやいや、俺は仕事で行くんだよ。

デートとかあり得ないし。


 でも、困ったな。

アンクルワープまではホバーボードで行くのだ。

いくらレベッカが小さくても二人乗りはちょっときつい。


「そのホバーボードっていうのは一台しかないの? もし、もう一台あるのなら、今から練習してみるわ」


明日の朝、レベッカ用のホバーボードを召喚すれば問題は解決か。


「わかった。じゃあ少し練習しておこうか」


夜も遅かったけど練兵場でホバーボードの講習会をした。

レベッカは運動神経が抜群らしく、すぐに乗りこなせるようになった。

これなら明日の旅も安心だ。



 翌日は早朝からアンクルワープへ向かうことにした。

出立前にフィルに挨拶をしておく。


「変なことを頼んでしまってごめんなさい。気を付けて行ってきてください」

「はい。なるべく早く戻ってくるつもりです。アリス、殿下のことを頼むよ」

「お任せください」


アリスはそう言って恭しく頭を下げた後に、いつものようにボソリと呟く。


「女を同伴しての出張とは……、近衛軍の倫理規定はどうなっているのでしょう?」

「レベッカは親切心から、アンクルワープに不慣れな俺の案内を買ってくれたんだ」


口をパクパクさせているレベッカの代わりに俺が弁明しておく。

アリスは肩をすくめてヤレヤレと首を振った。


「準爵が投宿しているホテルはわかっているのです。おそらくすぐに見つかるでしょう」

「そうですね。無理はいけませんが、一日も早い帰りを待っています」


名残惜しさは尽きなかったけど、振り切るようにフィルの居間を後にした。



□□□□


 フィリシアは落ち着かない気分のまま読みかけの本を閉じた。

メイドのイルマは席を外しており、居間にはフィリシアと護衛のアリスしかいない。

アリスは目を半分閉じた状態で身じろぎ一つしていなかった。

まるで眠っているようだ。


「アリス」

「なんでございましょう?」


躊躇いながらも呼び掛けてみると、アリスはすぐに反応した。

アリスの声の調子は平たんで、感情が伴わないのが常だが、それに対してフィリシアの声は若干震えていた。


「レ、レオとレベッカ・メーダ殿は、随分と仲がよろしいのですね」

「そのようでございます。……気になりますか?」


気にならないと言えば嘘になる。

二人は一昨日知り合ったばかりのはずだ。

それがもう今日には一緒で出かけるというのだから驚いてしまう。

むしろ朝から気になって仕方がないのだ。


「わずかな時間で親密になったような気がしました。二人の間に何があったのでしょうか……」

「フィリシア様も、レオ様と知り合った日にパーティーを組まれたではありませんか」

「あれはダンジョンの中でしたし……」

「あれから二カ月も経っていませんが、今や、レオ様はフィリシア様のプリンセスガードです」

「……」


考えてみれば自分とレオもわずかな期間で親密になっているとフィリシアは思った。


「人の出会いは偶然ですが、その後の関係は当人たちの行動一つで変わってきます」

「ええ」

「ご安心なさい。今は順調に攻略ルートを進んでいるとは思いますが、まだまだ脳筋ロリルートは確定してはおりません」

「は? 攻略? 脳筋ロリ?」」


抑揚のないアリスの声は神託を告げる巫女のように響き渡る。


「最終的なフラグは未だ立たず、エンディングを決める選択肢は未知のカーテンの向こう側。レオ様が誰を欲するのか、或いはハーレムエンドを望むのかすら不確定です。たとえ全てを失うバッドエンドが定めであったとしても、それは人間と機械の禁断の愛の始まり。人に絶望した男が機械仕掛けの女に惹かれても何の不思議もございません。同様に、フィリシア様が望み、かつレオ様が望まれれば、ヒロインとの正規ルートエンディングも十分あり得るということでございます」


アリスの言葉は預言書のごとく要領を得ない。

ただ、なんとなくレオと自分が結ばれる可能性もあると示唆しているように聞こえる。

結局、未来なんてものはその時になってみなければわからないということなのだろう。

もしかしたら自分も皇女という身分をこえて、お付きの騎士と結ばれるかもしれない。

そんな恋愛小説のような未来を想像してフィリシアは身悶えた。


□□□□



 召喚したばかりのホバーボードを渡すとレベッカは嬉しそうにはにかみながら受け取った。

今日召喚したのは色違いで赤を基調としたホバーボードだ。

近衛の制服は赤なのでレベッカが使うにも丁度いい。


「大丈夫そう?」

「昨夜は遅くまで練習したからね」

「市街地はスピードを出さずにゆっくり進むことにしよう」


手に持ったリモコンのトリガーを軽く握りホバーボードを発進させる。

今日も道行く人が振り返って見ていた。

子どもたちは嬉しそうに手をふりながら走って後をついてくる。

昨日と違ってフィルの護衛じゃないから、手をふり返したら嬉しそうに見送ってくれた。

春はまだ遠く、風は冷たいけど数時間の辛抱だ。

俺たちは北のアンクルワープへと旅立った。

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