第21話 皇女殿下のお姉さま

 俺たちが向かっている孤児院はイクイアナス修道院に併設されている。

このイクイアナス修道院の院長がフィルの腹違いの姉だそうだ。

元はメダリア・ベルギアック、今はメダリア・ベルギリアと名乗っている。

五年前に成人の試練を拒み、皇族としての地位を失って、この修道院の院長に収まったそうだ。

だけど本人はそのことに関してはあまり気にしていないらしい。

修道院には広い荘園があり、そこからとれる葡萄で作られるワインは上質で、経済的には何の不自由もしていないそうだ。


修道院に入ろうとしたところでアリスがいつものように囁いてくる。


「レオ様、尼さんですよ。シスターですよ。聖女ですよ」


アリスは抑揚のない声でテンションを上げてくる。


「聖女じゃなくて修道女だろ。何を言ってるんだよ」

「神の使いたる女性との、背徳的な恋愛にロマンを感じないのですか?」

「またそういうことを……」

「神像の前であんなことや、こんなこと……」

「デミルバ様の神罰が落ちるぞ!」

「……お祈りしたり、懺悔したり、でございます」


主人を弄ぶAIが憎い!



「メダリア姉さま!」


遠くに院長の姿を見つけてフィルが小走りに駆け出す。

メダリアとは姉妹の中でも特に仲が良かったそうだ。


「フィリシア」


メダリアさんの方も大きく手を広げた。

フィルと同じ美しい金髪、慈愛に満ちた優しい瞳、フィリシアの胸を一回り以上大きくしたスイカのような胸、そして……俺の倍はありそうな腹回り。

メダリアさんは、なんというか……ふくよかで包容力のありそうな、優しい顔をした人だった。


「レオ様」

「どうした?」

「ぽっちゃりした女性はお好きですか?」


どうだろう?


「別に嫌いじゃないよ」

「そうですか。……対象を攻略キャラと認定します」


何言ってるんだこいつは? 

異世界の言葉は時々意味が分からない。



 フィルとメダリアさんは手を取り合って挨拶を交わしている。


「突然どうしたというのですか? フィリシアは昔から私を驚かせてばかりですね」

「少々事情がありまして、子どもたちにケーキを持ってきたのです」

「まあ、ケーキ!? でも、大丈夫なの? ここには四二人もの子どもがいるのですよ」


ケーキは上流階級では食べられているそうだが、高価なお菓子であるそうだ。

俺はこれまでクリームのついたケーキは食べたことがない。

おばあちゃんが作ってくれたアップルパイくらいだ。


「大丈夫です。事情がありまして特大のケーキを手に入れましたの。ちゃんとお姉さまの分もありますわ」

「まあ、それは楽しみだわ!」


メダリアさんは満面の笑顔だ。

体型からもわかるけど、甘いものがお好きなのだろう。



 子どもたちの昼食が終わると、俺たちは食堂に案内された。


「みなさん、本日は宮廷よりフィリシア皇女殿下が皆様の生活をご視察に来てくださいました」


厳しそうな先生が口を開く。

あらかじめ言い含められているのだろう、みんなきちんとテーブルに座って私語一つない。


「みなさんこんにちは。新年のお祝い以来ですね。元気にしていましたか?」


フィルはちょくちょくここに来ているようだ。


「今日は皆さんにお土産を持ってきました。これからすごいものを出して驚かせちゃいますよ。前に集まってください」

 フィルはいたずらっ子のような顔つきで話している。

子どもたちは用意されたテーブルを囲むように半円の形になった。

何が起こるのかわからないが、ちょっと面白そうなのでワクワクしているみたいに見える。


「それではいきますよ……ネギュラ・エスキュラ・バリアクラ!」


魔法の呪文と共にインベントリバッグを開けると、現れたのは巨大なウェディングケーキだ。

修道女たちは結婚できないのにウェディングケーキとはちょっと皮肉だなと思ってしまう。

てっぺんに飾ってあった男女が抱擁しているお菓子の人形は予め外しておいた。


「うわあ!!」


子どもたちから歓声が上がる。

積み上げられたケーキは美しいうえに迫力もあるもんね。


「うきゃぁぁ!! 素敵、素敵! こんなの初めて見たわぁ!」


一番はしゃいでいるのはメダリアさんだ。

元皇女様は天真爛漫な性格のようだ。

全身をブルンブルンいわせながら飛び跳ねている。


「綺麗でしょう。切ってしまうのはもったいない気もしますが……皆で食べてしまいましょうね!」


更に大きな歓声が上がる。

一番大きな声を出していたのはもちろんメダリアさんだった。



 ところで、このケーキをどうやって切り分けたらいいのだろう。

修道院の料理人も首を傾げて困っている。


「アリス、何とかなる?」

「魔力を大量消費してしまいますが、ご許可を頂ければ時空間接続をして、石山播磨灘重工のデータベースを検索いたします」


もちろん許可するよ。


「魔力を消費して時空間回線を石山播磨灘重工データベースに接続。……接続完了。ウェディングケーキの切り分け方を検索。必要情報を取得。これよりモードパティシエールにチェンジします」


パティシエールってお菓子を作る女職人だよね。


「モーード・パティシエ――――――ル!!」


抑揚のない声で叫びながらアリスがくるくる回りだしたかと思ったらピタリと止まった。

外観に変化は全くない。


「何か変わったの?」

「レオ様の都合のいい女から、お菓子も作れる可愛い女に変化しました」


そういうことを無表情で言わないでほしい。

しかもフィルや皆の前で。


 アリスは飾られていたフルーツなどを全て取り外してから、温めたナイフでケーキを切り分けた。

子どもたちに争いを起こさせないため、かなりの精度で同じ重さにしたそうだ。

それから取り分けたフルーツと共にお皿に盛りつけて完成だ。

モード・パティシエールのおかげか、盛り付けは芸術的といっていいほどの出来栄えだった。



 子どもたちは初めてのケーキに感動していた。

まさに貪り食べるって感じだ。

中には涙を流しながら食べている子どもも……。

ウェディングケーキは再召喚が可能だから、今度お祝い事か何かの時にまた持ってきてあげるとしよう。

でも、一番豊かに感情を表現していたのはメダリアさんだったと思う。

大きな体を揺らしながら子どもたちと一緒になってケーキを楽しんでいた。

その姿は院長先生というよりも、大きな子どものようだ。

一緒に笑い、泣き、子どもたちも大きなお姉さんに甘えるように接していた。



 食事も終わり、フィルはメダリアさんの居間に招かれていた。

入口の警護をレベッカに頼み、俺とアリスはフィルの後ろにつく。


 メダリアさんがチラリと俺を見て嘆息する。


「フィリシアも自分のプリンセスガードを指名できたのね。しかもあんなに大きなケーキを作れる騎士だなんて、羨ましいわぁ!」


プリンセスガードが指名できるのは成人の試練を乗り越えた皇女だけだ。

でも、俺がケーキを作ったわけじゃない。


「お姉さま、レオは偶然ケーキを召喚しただけですよ。いつもケーキを召喚しているわけではありません」


そういえば、一度召喚したものなら再召喚できるようになったということを伝えてなかったな。

アリスや伝説の水着など一点物は無理みたいだけど、量産品なら取り寄せ放題だ。

もしも俺がメダリアさんのプリンセスガードになっていたら明日もケーキを召喚させられたかもしれないぞ。


「あら、ケーキは今日だけなのですか? それは残念!」


やっぱりな。


 突然、メダリアさんの顔に憂いの色が差した。


「はぁ……」


大きなため息とともに、肩を落とすメダリアさん。


「どうしたのですかお姉さま。そんな悲しそうなお顔をして」

「わかりますかフィリシア? 実は最近レレベル準爵と連絡がつかないのです」


レレベル準爵はメダリアさんの恋人だそうだ。

といってもこれは大っぴらにできる恋ではない。

メダリアさんは一応修道女なので色恋沙汰はご法度なのだ。


「いくら手紙を送っても返事が返ってこないのです。最近では食事も碌に喉を通らずに……」


(アンタさっき大きなケーキを食べてたじゃん!)


心の中でツッコミを入れていると、隣に立っていたアリスがボソリとつぶやいた。


「攻略対象はシスター、年上、ぽちゃ++に加えてNTRねとり要素の追加ですか。私には既に未知の領域です。燃えてきたぜ、でございます」


DVD、DNA、に続き、今度はNTRかよ。

アリスは謎の三文字が好きなようだ。


「魔力を大量消費しますが攻略方法を検討するために時空間回線の接続許可を求めます」


もちろん却下するよ。


 抗議するアリスを無視していると、メダリアさんがフィルの手を取って頼みだした。


「なんとかレレベル準爵の様子を見てきてもらえないかしら。人を雇いたくても発覚の恐れがあるから迂闊に人も頼めないの」


と言いながらチラチラとこちらを見てくる。

俺に行ってほしいってことかな? 

フィルも済まなさそうに俺を見てくる。


「レオ、悪いんだけどお姉さまのために働いてくれる?」

「私はフィリシア殿下のプリンセスガードです。殿下はただお命じになればよろしいのですよ」


フィルがやれというのなら、恋の天使にでもなんでもなってやるさ。


「相談に乗りつつ寝取る……腐れ男の、まさに定石」


これから天使を演じようという男になんて言い草だ。


「アリス、本気で言ってるの?」

「もちろん冗談です」


いつも通り抑揚のない声、感情の起伏に乏しい表情。

だけど小さく舌を出した姿はやけに可愛く見えた。

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