第20話 ケーキを持って出かけよう

 プリンセスガードの朝は早い。

そうはいってもラゴウ村にいた時だって日の出と共に起き出して家畜の世話をしていたんだから、起床時間に大した違いはない。

俺は朝から元気いっぱいだ。

 着替えを済ませて、武器を装着する。

胸のホルスターにはニューホクブを、腰にはライトブレードを装備だ。

プリンセスガードの制服であるフロックコートが崩れないように気を使う。

常在戦場の意識で、いついかなる時もフィルを守らなくてはならない。

身だしなみを整えたらお楽しみの召喚タイムだ。

王宮で迎える第一日目の朝。今日は何が出るのだろう? 


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我がもとにその姿を現せ!」


 ……なんだこれは!? 

甘い匂いがするからお菓子か? 

イチゴで飾られた丸くて白いモノが三段になった器に積み重なって置かれている。

まるで山のようだ。

そして山の頂上には抱擁を交わす男と女の人形が乗っていた。


####


名称: ウェディングケーキ

説明: 結婚式の時に供されるケーキ。食べると魔力・知力上昇(小)。


####


これがケーキ!? 

俺の知っているケーキは甘いパンみたいな感じなんだけど、目の前にあるものはずいぶん白いよね。

何でできているのだろう?


「それはホイップクリームでございます」


いつの間にか後ろにアリスがいた。気配も感じられなかったぞ。


「アリスいたのか?」

「はい。そろそろ召喚の時刻だろうと思って見物に来ました」

「ところでホイップクリームって何?」

「生クリームに砂糖を加えて泡立てたものです」


クリームなら知っている。

牛やヤギの乳を搾ると上に浮かんでくる脂肪の層のことだ。

コクがあって美味しいんだよね。

あれを泡立てるとこんな風になるんだ。

それにしても大きなケーキだな。

一人ではとても食べきれそうにないぞ。

まだまだ寒い季節だから、すぐに傷んだり、虫が湧いたりはしないと思うけど、フィルに相談した方がいいだろう。



 居間で待っていると朝の支度を終えたフィルがイルマさんと寝室からやってきた。

窓から差し込む朝日を浴びて、フィルの髪がキラキラと光っている。


「おはようございます殿下」

「おはようレオ。新しい部屋でしたがよく眠れましたか?」

「おかげさまでぐっすりです」


ここで俺は少しためらってしまう。

イルマさんの前でいきなりフィルに部屋に来てくれとは言えないよな。


「殿下、私の例の能力なのですが……」


俺が言い淀んだところでフィルも何かあると察してくれたようだ。


「何か問題でも起きましたか?」

「はい。お手間を取らせて申し訳ありませんが私の部屋を見ていただけないでしょうか。ぜひ殿下のご意見をお聞かせ願いたいのです」

「わかりました。すぐに参りましょう」


イルマさんはびっくりしたような顔をしている。

皇女殿下が護衛騎士の部屋に行くなんてとんでもないことだもんね。

当然イルマさんにもついてきてもらうよ。

変な誤解があったらまずいからね。



 扉を開けた途端に甘い匂いが廊下へも漏れだす。


「なんて大きなケーキ!」


フィルもイルマさんもとても驚いている。

さすがにフィルたちはこれがケーキだとすぐに分かったようだ。


「巨人族のケーキでしょうか?」


イルマさんがそう思うのも無理はない。

だって、こんな大きさのケーキを作るなんて普通じゃ考えられないよ。

切り分けるのだって大変そうだ。


「よろしければ殿下にも食べていただこうと思ったのですが」

「甘いものは大好きですが、この量となると……」


無理があるよね。


「アリス、これ、何人分くらいあるの?」

「六〇人分くらいですかね」


とてもじゃないが食べきれない。


「殿下、何とかならないでしょうか? 私の力では処理のしようがありません」

「そうですね……、一つ心当たりがあります」

「とおっしゃいますと?」

「私が名誉顧問をしている孤児院があるのです。そちらに行って子供たちに振舞うというのはどうでしょうか?」


それはいいアイデアだ。

甘いものは子どもたちも喜ぶだろうし、このケーキを食べれば魔力と知力も上昇するから将来の役に立つに違いない。

問題はどうやって運ぶかだな。

運搬途中で崩れないようにしないといけないぞ。

馬車だと振動がありすぎる。


「ケーキが傷まないうちに行かなければならないですね。私とアリスで運びますか」

「いえ。インベントリバッグを使って私が運びましょう」

「殿下自らがおいでになるのですか!?」


イルマさんがびっくりしてしまった。


「ええ。忍びで参ります。私が行くと公にしてしまうと向こうもいろいろと準備が大変でしょう」

「ですが……」

「心配することはありませんよ。レオとアリスがいてくれれば滅多なことは起きません。イルマ、貴方にもついてきてもらうわ」

「もちろん私もお供しますが、もう少し護衛の数を増やした方がよろしいかと」

「そうですねぇ、でも、近衛に知らせると仰々しいことになってしまうのよね……」


ここはレベッカに頼んで腕利きを何人か借りるしかないかな。

少数精鋭で孤児院まで護衛すればいいだろう。



 その日の昼。

 フィルを乗せた馬車が宮廷から出発した。

馬車にはフィルとイルマさんとアリスが乗っている。

俺はホバーボードに乗っていくことにした。

いざとなった時はこっちの方がずっと小回りが利く。

街中では有効だろう。

そして俺の隣では呆れ顔のレベッカが馬に乗っていた。


「なんでレベッカが来るんだよ。俺は腕利きを何人か貸してくれって言ったのに」

「だから左翼府で一番優秀な私が来たんでしょうが、素直に喜びなさい」


ありがたいけど、それでいいのか? 

まあ、左翼府は副官の三人は非常に優秀らしい。

レベッカがいなくても業務はまわるのだろう。


「それよりレオ、何なのよその板は!?」


レベッカの目はホバーボードに釘付けだ。

ちゃんと周囲の警戒もしてくれよ。


「これはホバーボードっていうんだ。今度乗り方を教えてやるよ。すごく面白いんだよ」

「うん……」


レベッカは嬉しそうな困った様な、複雑な顔をしていた。

街の人たちも俺を珍しそうに見ている。

俺が珍しいわけではなくホバーボードが珍しいんだろうな。


 こうして皇女殿下のお忍び訪問は始まった。

護衛が三人だけなのは前代未聞らしいけどアリスもレベッカも優秀だ。

それにフィルには伝説のスクール水着をドレスの下に着てもらった。

こうしておけばフィルの強さはアリスに次ぐ。

凶悪なドラゴンだって石ころ一つで撃破だ。

そういえばフィルが護身用の武器として卵サイズの鉄球を持っていた。

アリスにも同じものをプレゼントしていたぞ。

新型ダブルキャノンか……。

想像するだけで恐ろしい!

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