第18話 挨拶回り

 カルロさんに連れられて巨大な白亜の門を抜け、壮麗な天井画が彩る長い長い回廊を何度も曲がり、鎧や工芸品の飾られた広い廊下を抜けて、自分がどこにいるのかもわからなくなった頃に一つの部屋に通された。

そこに待っていたのは、


「ああ、レオ! よく来てくれました」


満面の笑みで迎えてくれるフィルの姿だった。

今日は鎧ではなく白と空色をしたドレス姿だ。

もう目も眩むばかりの美しさで息を飲んでしまう。

それにフィルってものすごくスタイルがよかったんだね。

今まで鎧姿しか見たことがなかったから知らなかったよ。


童貞殺しチェリーキラーか……やるな、でございます」


またアリスが訳の分からんことを囁いている。


「アリスもよく来てくれました。ここに来てくれたということは、プリンセスガードの任を引き受けてくれるのですね?」


俺はカルロさんに教わった通り膝を折る。


「身に余る光栄ですが、全身全霊を以ってお仕えいたします」


言いながら片目をつぶってみせた。

真後ろにいるカルロさんには見えないはずだ。

フィルはその姿を見てとても嬉しそうに笑ってくれた。

ウィンクして茶化しちゃったけど、フィルのために全力を尽くそうと思っているのは本当だ。


「それでは私は平常の業務に戻ります。レオ君、頑張り給え」


カルロさんは爽やかに去っていった。


「とても良い方を迎えに寄こしてくださってありがとうございました。旅の間、カルロさんにはいろいろなことを教えていただきました」


主に宮中の作法などを中心にカルロさんは様々な知識を授けてくれた。

俺の先生と言っても過言じゃない。

帝都までの七日間の旅は実に充実していた。


「カルロは私の母方の伯父に当たる方なのです。母上の兄ですね」


フィルの伯父さんだったのか。

だからフィルに対しても親密な感じだったんだな。


「イルマ、喉が渇きました。三人分のお茶を持ってきてちょうだい」

「畏まりました」


傍らに控えていたメイドさんが一礼して部屋を出ていった。

扉が閉まると同時にフィルが俺の手を取る。


「ああよかった。本当は来てくれるかどうか不安だったのです」

「俺もいきなり騎士とかプリンセスガードなんて話でびっくりしたよ」


離れていた時間を一足で飛び越えて、ダンジョンにいた時のような調子の話し方にすぐに戻れた。


「ごめんなさい。でもレオに側にいてほしくて……そう考えたら……」

「いいんだよフィル。俺も君の役に立てるのは嬉しいんだ」


俺たちは二週間ぶりの再会を喜び合った。


「フィルは普段ここで生活しているの?」

「ええ。このフロアにある四室が私用の部屋です。少し手狭になるのですがレオの部屋も向こう側にあります。その……プリンセスガードは基本的には皇女を護衛しなければならない立場なので」

「わかってるよ」

「縛り付けるような役目を押し付けてしまってごめんなさい。お休みが欲しいときはちゃんと言ってくださいね。月に八日はお休みですし、それ以外でもレオの用事がある時は言ってくれれば大丈夫です」

「俺の他にもプリンセスガードはいるの?」

「私にとっての専従はレオだけです。護衛として近衛兵が各所にいますが、彼らはプリンセスガードではありません。レオはどこの組織にも属さない騎士爵となります。一般的な騎士より身分は上です」


どこの組織にも属してないのはありがたいな。


「じゃあ俺はフィルの命令だけ聞いていればいいんだね」

「そういうことになってしまいます。……迷惑ではないでしょうか?」

「とんでもない。ダンジョンの中でもリーダーとしてフィルの命令は的確だったもんね」


俺たちが笑いあっていると、アリスが間に入った。


「イチャイチャはそこまでです。センサーに反応あり。先ほどのメイドが戻ってきます」


つくづく役に立つオートマタだ。


 アリスのおかげでイルマさんが戻ってきた時も、俺たちは普通の主従のように見えたと思う。

ここでイルマさんにもキチンと紹介された。

イルマさんは長身で落ち着いた雰囲気をもつお姉さんって感じだ。

髪は黒髪をアップにしていて、目つきは少しだけタレ目。

でも目の下の泣き黒子がとってもセクシーだ。

黒いロングスカートのメイド服がよく似合っていた。

フィル付きのメイド長で実質的に俺の同僚になるそうだ。

部屋も隣同士だったりする。

これからはイルマさんと相談しながらフィルのために働くことになる。


「至らぬ点も多々あると思いますが、よろしくお願いいたします」

「丁寧なごあいさつ痛み入ります。イルマ・デレッタと申します。以後よろしくお願いいたします」


いかにもベテランという雰囲気が頼もしい。


「こちらの方は?」


イルマさんがアリスに聞いてくる。


「こちらはアリス……私の従者です……」


従者でいいよね? 

思わずフィルの方へ視線を向けたが、フィルも大丈夫といった具合に頷いてくれた。


「さようですか。ですが、寝起きする場所はどうしましょう?」


アリスの部屋か。

どこか適当な場所を……。


「レオ様の部屋に押し入れはありますか?」

「押し入れ?」

「クローゼットでも構いません。私の故郷ではロボットは主の押し入れで起居するのが作法として伝わっております。理由は知りませんが……」

「はあ……ロボットですか……」


アリスがまた訳の分からないことを言いだした。

これから長い付き合いになるかもしれないのでイルマさんにはアリスがオートマタだということは伝えておいた方がいいかもしれないな。

 イルマさんにオートマタについて説明して、アリスは本当にフィルの部屋の一つである衣裳部屋に住むことになった。



 その後はアリスを連れて関係各所に挨拶回りをした。

主要メイドたち、侍従、料理長のところを回って最後に左翼府と呼ばれる、宮廷の西側警備を管轄する部署に赴く。

フィルの居室は宮廷の西側にあるのだ。

左翼府は近衛軍の一部門であり、近衛は宮中の警備を司る軍隊で大抵は貴族の子弟で構成されていた。

今の皇帝の御代になってから、実力さえあれば平民でも近衛兵に抜擢されるようになったそうだ。

驚いてしまうのだがプリンセスガードは近衛軍の副団長と同じ身分となるそうだ。

これは皇帝に謁見することができるギリギリの身分らしい。

もっとも進んで陛下に会いたいなんて思わないけどね。

用もないし。

それにいくら対等と言っても、近衛軍の副団長なら統率する兵隊は二〇〇〇人くらいいる。

それに比べて俺にはアリス一人だ。

……二〇〇〇人の近衛兵よりアリスの方が強いかもしれないけど、それはそれだ。



 当直兵士に用件を告げて、左翼府の責任者であるレベッカ・メーダ殿に取り次いでもらった。

ほとんど待たされることもなくメーダ殿の執務室へと通される。

……。

この人が左翼府の責任者? 

目の前の椅子には一三歳くらいにしか見えない小さな少女が、やたらと大きな椅子にふんぞり返っていた。

赤い近衛兵の制服に身を包み、長い金髪をツインテールにしている。


「君が新しいプリンセスガードか。……若いな」


(お前が言うな!!)


思わず心の中でツッコミを入れてしまう。

ギリギリ口には出さなかったが。


「レオ・カンパーニです。以後お見知りおきを」

「左翼府を預かるレベッカ・メーダだ。よろしく頼む」


とっても偉そうにしているけど、どうみてもちびっ子だ。


「私もそうですが、メーダ殿もお若いですね」

「うん。今年で一七になった」


二つも歳上かよ! 

ものすごくびっくりしたけど表情には出さないようにできたと思う。


「その若さで左翼府の責任者とは、大したものですね」


俺の社交辞令にメーダ殿は憮然とした表情だった。


「人より少々武芸の腕が優れていただけだ……。カンパーニ殿もその若さでプリンセスガードに任命されたのだ。腕には覚えがあるのだろう?」


俺は魔物相手にしか戦ったことがない。

唯一手合わせしたことがあるのはアリスだけだ。

しかも、いつもボコボコにされるので自分がどの程度強いのかがわからないのだ。


「はあ……、まあまあですかね……」

「ご謙遜を。……どうだろう、これから午後の訓練があるのだが少し付き合わないか? 最近体がなまっていてしょうがない」


これって、もしかして絡まれてる? 

レベッカ・メーダは目を吊り上げて獰猛に笑っていた。

その表情は子トラのようだ。


「脳筋ロリというジャンルでございます」


アリスの言葉は無視しておこう。

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