第17話 迎えの馬車がやってきた
フィルからの迎えの馬車を待ちながら、俺は帝都に行く準備をしながら日々を過ごしていた。
飼っていた鶏やヤギはエバンスたちに譲った。
畑は売っている時間が無いのでエバンスにタダ同然で貸し出し、その代わり家の管理をお願いした。
野球盤やDVDは家に置いていくので三人で使ってくれればいいと話してある。
当面の生活費は大量にとれた魔石を売ったので十分に賄える。
しばらくは召喚と戦闘訓練に明け暮れる予定だ。
毎朝の召喚魔法がすっかりルーティンワークになっているな。
今日も同じように召喚魔法を使おうとすると、頭の中に声が響いた。
(ピンポーン♪ 召喚魔法のレベルが2に上がりました。これにより一度召喚した物なら、念ずるだけで同じものを召喚することができます)
これは素晴らしい。
例えばニューホクブをもう一回召喚すれば両手に拳銃を持って戦うことも可能だな。
さて今日はどうしよう?
拳銃をもう一丁召喚してもいいけど、全く知らないモノを召喚することにも惹かれる。
だってより素晴らしいものが召喚される可能性も大きいもんね。
ちょっと迷うけど今のところ二丁目の拳銃はそれほど必要ない。
だったら新しいものを召喚してみようか。
「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」
まばゆい光が消え、そこに現れたのは……派手な……板?
####
名称: ホバーボード
説明: 特殊な磁場を作り出して浮遊するスケートボード。最大三〇センチまで浮上。推進用エンジン付き。エンジンの出力は手元のリモコンで調整。最高時速四〇キロ。
注意:付属の魔石はお試し用です。連続運転で二〇分程度しかもちません。ご使用の際は新たな魔石をセットしてください。
以下:使用方法と乗り方のコツが説明されている――
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「ホバーボードですか。五〇年くらい前に若者の間で流行ったらしいですよ。公道での使用は禁止でした」
アリスが生まれる前のヒット商品とのことだった。
黒い板に赤いラインがカッコイイ。
解説書のコツを読んだら、軍隊戦闘術の時と同じように知識が脳に直接書き込まれたように乗り方が理解できた。
もう家畜も手放してしまったのでやることも少ない。
午前中は人目につかないところまで行って、ホバーボードで遊び倒した。
馬よりも速いし、動物と違って疲れることもない。
これさえあれば魔石が続く限りどこまでもいけそうだ。
なかなかいいものを召喚できた。
午前中いっぱいホバーボードで遊んで帰ってくると、村の広場に人だかりができていた。
「レオ! レオが帰ってきたぞ!」
ポンセが俺の方へ走ってくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「ずっとレオを探していたんだよ。宮廷の偉い人が来て、お前に用があるって!」
ポンセが興奮したように話してくる。
宮廷の偉い人って……まさかフィルの言っていた迎えの馬車が到着したのか?
人垣の向こうには見たこともないほど立派な黒塗りの馬車が停まっている。
俺が想像していたのはもっとシンプルな荷馬車だったんだけど……。
そして物見高い野次馬の列が割れて、一人の身なりのいい初老の男性が俺の方へ歩いてきた。
細身の長身で、銀色の髪を後ろで束ねている。
とても品が良くて穏やかそうな人だった。
「失礼ですが、レオ・カンパーニ殿ですかな?」
「はい。私がレオ・カンパーニです」
「私は宮廷二等文官のカルロ・バッチェレと申します。この度はフィリシア皇女殿下のご命令でカンパーニ殿をお迎えに参りました」
カルロさんは慇懃に頭を下げた。
俺もつられて丁寧に返礼する。
「お会いできて光栄です。カンパーニ卿におかれましてはこの度のプリンセスガードへの就任、おめでとうございます」
カンパーニ卿?
プリンセスガード?
何ですかそれは?
確かにフィルは帝都での仕事を探してくれるって言ってたけど……。
「あの……初耳なんですけど……」
「はい。ですから私が派遣されてきました。どこか落ち着いて話せる場所はございませんか?」
俺たちは口をあんぐり開けた村人に取り囲まれている。
確かにここでは落ち着いた話はできないよね。
家に移動しよう。
ペチュニアの花が描かれた白磁のティーカップに紅茶が注がれた。
ティーサービスをするアリスの姿は常になく優雅だ。
そんなこともできたんだね……。
白いレースのエプロンなんてどこから持ってきたのだろう?
「どうぞ」
楚々とした仕草は普段のアリスとはちょっと違う。
オートマタってメイドさんもできるんだね。
テーブルに置かれたティーカップを見てカルロさんが目を丸くしていた。
「なんと美しい。これほどのティーカップは見たことがありません」
「ボーンチャイナというそうです」
三日前に召喚したてですよ。
紅茶はダンジョンの中にいた時に召喚済みだ。
アッサムという場所で取れたらしい。
ミルクティーにしたら美味しかった。
紅茶を飲んで落ち着いたところでカルロさんが話の続きをしてくれた。
「カンパーニ殿はフィリシア皇女殿下によって騎士に叙任されました。そのうえでフィリシア殿下の護衛騎士たるプリンセスガードにご指名されたのです」
プリンセスガードですか……。
いきなりそんなものになってうまくやっていけるのだろうか?
「私としたことが少々早まってしまいました。いきなりプリンセスガードと言われても困ってしまいますよね。プリンセスガードの任務をお受けするかしないかは貴方の自由であると殿下からも仰せつかっております。ここに殿下からの書状を預かってきております。まずはこちらに目を通してください」
フィルからの手紙を要約するとこうだった。
フィルは持てる権力を最大限に使って俺を騎士の身分にしてくれたそうだ。
そのうえで自分が任命できる最高位の役職がプリンセスガードなので、これについても就任してほしい旨が書いてあった。
ただし、これらのことが煩わしいのなら辞退してもらっても構わないとも言ってきている。
フィルの本心としては、俺には是非ともプリンセスガードになって側にいてほしいそうだ。
「具体的にプリンセスガードとはどのようなことをすればよいのですか?」
俺はカルロさんにも聞いてみた。
「そうですね……。護衛騎士ですから常に皇女殿下のお側に控え、その身をお守りするのが役目です。身の回りの世話はお付きメイドがいたしますが、力仕事やお使いなどを頼まれることもあります」
それくらいなら出来るかな。
そんな風に考えていたらカルロさんの目に力が籠った。
「プリンセスガードが他の護衛騎士と違う点はただ一つです。プリンセスガードの主は帝国でもなく皇帝陛下でもなく皇女殿下ただ一人ということです。たとえ陛下や大貴族の危機であってもプリンセスガードは殿下の護衛を優先しなくてはなりません」
それは別に構わないし、むしろその方がいいくらいだ。
「たとえ世界中を敵に回しても皇女殿下をお守りする、それがプリンセスガードです」
なるほど、わかりやすい説明だ。
「お分かりいただけたかな?」
「はい。私は皇女殿下に仇なす全てのことから殿下をお守りします」
俺の返事にカルロさんはにっこり微笑んだ。
「それではプリンセスガードの制服をお渡ししましょう。まずはこれに着替えてください。従者の服もございますのでそちらの方も着替えを」
ところどこに銀の縁取りが入った青いフロックコートだった。
カッコイイ!
扉を開くと村人たちが玄関の前に詰め掛けていた。
中の様子が気になって皆でやってきたようだ。
「レオ、ついに出発なのかい?」
エバンスたちが前に出てきた。
「うん。前に話していた通りだよ。この家の管理を頼むね」
「任せておけって」
「DVDは例の場所に隠してあるから」
「うん……」
俺が耳元で囁くとエバンスは顔を赤くした。
二枚目のDVDはより過激だったもんね。
「レオ!」
新たに俺を呼ぶ声がした。
よく知っている声だけどあまり相手にしたくない。
振り向けばヨランがいた。
「その恰好……みんなに聞いたんだけど、騎士になったって本当?」
俺は無言で頷く。
「帝都に行くって……」
「もう出発なんだ。今さら俺と話すことなんかないだろう? ステルガとお幸せに」
「違う! ステルガとはなんでもないの!」
何やら叫んでいたヨランを俺は無視して馬車に乗り込むことにした。
遠くの方でステルガたちも俺たちを見ていたが、アリスと目が合った途端に、顔面を蒼白にして目を伏せてしまう。
何かあったのか?
まあ今更だな。
今後、こいつらに関わることももうないだろう。
エバンスたちと最後の抱擁を交わして別れを告げる。
これで永遠の別れということではない。
たまには戻ってくる予定だ。
ラゴウ村から帝都まで、徒歩なら七日はかかるけど、ホバーボードを使えば半日で戻ってこられるはずだから。
新しいDVDを召喚出来たらきっと見せに来るからね。
それまではしばしの別れだ。
馬が白い息を吐きながらいななき、馬車が動き出す。
俺の前に新しい世界が開かれていた。
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