第13話 女神さまの取り計らい
死屍累々の戦闘跡に、俺とフィルの呼吸音だけが荒く響いている。
辺りに立ち込めるツンとする臭いは、グレートアントが吐き出した酸のせいだろう。
「少々……疲れました……ね」
「うん。蟻の数が……多かった」
最期の方は弾薬を装填している暇もなくて、俺もナイフで戦ったから疲れたよ。
「みんな体力がないな~、でございます」
後三〇分で活動限界が来るアリスに言われたくない。
「アリスはさっさと魔石を補給しなよ」
「はい。レオ様が食べさせてくれるんですよね?」
そんな約束をした覚えはない。
「了解。あとでグレートアントの魔石を全部食べさせてやるからな!」
アリスが俺の声を真似ながら、戦闘の最中に言った言葉を繰り返す。
なんでもできるオートマタだけどモノマネのクオリティは低かった。
「確かに言ったけど、そういう意味じゃなくて……」
「S型第五世代は体内魔力が三パーセントを切ると、甘えっ子になってしまうのですぅ。だから早く食べさせて下さいな、ア~ン……」
「本当に?」
「冗談です」
やっぱりね。
俺とアリスがバカな会話をしているとフィルが割って入ってきた。
「先ほどから聞いておりましたが魔石を召し上がるのですか? そんなことをすれば中毒症状を起こしてしまいますよ。魔力はキチンと魔力ポーションで補給しなければ!」
そういえばアリスがオートマタだということをまだ説明していなかったな。
「信じられないかもしれないけど実は――」
休憩がてら俺はフィルにアリスのことを説明した。
ついでにザックから飲み物を出す。
これは今朝召喚したばかりの飲料だ。
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名称: ゲーター・トルネード 二リットル×一二本
種類: スポーツ飲料 グレープフルーツ味(無果汁)
説明: 発汗によって失われた水分やミネラルを効率良く補給します。
体力の回復(小)魔力の回復(小) 反射速度微上昇
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色は青くて毒々しかったけど、味は爽やかで美味しい。
乾いた体に水分が浸透していく感じがした。
そしてスポーツ飲料というのも不思議な飲み物なんだけど、これが入っている容器はもっと珍しい。
丈夫なのに弾力があり、ガラスのように透明だ。
「アリス、この瓶はなんでできているの?」
「これはペットボトルですね。石油を原料にして作られます」
「石油ってランプとかに使う?」
「はい」
どうやったら油が固形物になるんだろう?
「説明するのは構いませんが、かなりの時間が必要ですよ」
気になるけど、今はいいか。
雪で仕事ができない時とか、どうしようもなく暇な日に教えてもらうことにしよう。
「レオのポーションのおかげで人心地ついたわ。ありがとう。美味しいポーションなんて初めてよ」
フィルはスポーツドリンクのことをポーションだと思ったみたいだ。
似たようなものだからわざわざ誤解は解かなくてもいいかな。
魔石を回収してダンジョン探索を再開した。
今日半日、フィルと一緒に過ごしたけれど、本当にいい子だと思う。
戦闘では常に周囲に気を配り、仲間を思いやっていた。
移動中だって俺たちの様子を気にかけ、適切に休憩をとろうとしたし、このダンジョンのことも詳しく教えてくれた。
何か秘密を抱えているみたいだけど、できることなら力になってあげたいなとも思った。
「レオ、そろそろ今日の休憩場所を探しませんか?」
ダンジョンに泊まる場合は魔物のいない部屋を封鎖して使うのが一般的だ。
扉に閂がかけられる部屋が望ましい。
「アリス、今晩寝るのに適した部屋が近くにあるかな」
「ここから二一二メートルの場所に八メートル×七メートルの部屋がございます」
広さとしてはばっちりだ。
「アリスは以前にこの階層に来たことがあるのですか?」
フィルが不思議そうな顔をしている。
「アリスはダンジョンの地図を完璧に記憶しているんだよ」
「すごい……」
「もっと褒めていただいても構いませんよ。S型第五世代は褒められて伸びるタイプが多いのです」
アリスが小ぶりな胸を反らしていた。
目的の小部屋に到着すると、俺は物置を召喚した。
広さも天井の高さも充分あるので召喚は問題なかった。
「これは!? 突然ダンジョンに小屋? どういうことなんですか?」
驚くフィルに「異界からの召喚」について説明する。
「では、アリスも拳銃も、先ほどのスポーツドリンクも全て異界から召喚されたと言うのですか!?」
「うん」
「私は浅学ではありますが、ギフトについてはかなりの書物を読みました。ですがこのようなスキルは初めて聞きます。こんなすごいスキルなら人々の噂になりそうなものですが……」
俺は苦笑してしまう。
「ギフトを授けられてから、まだ一月もたっていないからね。それに生まれ故郷で俺は、洗濯バサミしか召喚できない無能ということになっているんだ」
「洗濯バサミ?」
「これがそう」
内ポケットからお守り代わりにしている洗濯バサミを取り出してフィルに手渡した。
「洗濯物を干すときに風に飛ばされないようにする道具だよ。これのおかげでいろいろと嫌なものも見たけど、今ではこれでよかった気もしているんだ」
ヨランのことも含めて成人の儀式からこれまでのことをフィルに話した。
「そんなことがあったのですね。いろいろと辛かったでしょう。……ですが、もしかすると、デミルバ様はレオの能力が人々にいいように利用されないように、わざとこんなものを最初に召喚させたのかもしれないですね」
「えっ? そうなのかな……」
「はい。知恵と豊穣の女神デミルバ様のことです。レオのためを思ってそうお取り計り下さったに違いありません」
フィルに言われてみるとそんな気もするな。
洗濯バサミのおかげで少し大人になれた気もする。
今晩は寝る前にデミルバ様に感謝の祈りを捧げることにしよう。
「さて! レオ、アリス、ご飯にしましょう。インベントリバッグの中にご馳走をいっぱい詰めてきましたから、遠慮なく召し上がってくださいね」
気分を変えるようにフィルが明るく宣言して、バッグの中から数々の料理を取り出す。
ウグイスの舌のスープ?
レンズ豆を抱いたツグミのパイ包み?
どれも俺が食べたことのないような高級品ばかりだ。
しかも料理は出来立てみたいでホカホカと温かそうな湯気をあげている。
「どうしてこんなに温かいの?」
「インベントリバッグの中では時間の経過が止まるそうです。だから料理が温かいままなのですよ」
それって伝説級のインベントリバッグじゃないか。
どこかの大貴族の家宝になるくらいのレベルだぞ。
バッグといい、中身の料理といい、フィルっていったい何者なんだろう?
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