第12話 俺は君をこう呼ぶよ

 呆然とした様子で俺たちを見ていた冒険者が口を開いた。


「すぐにダンジョンを出ましょう。男性はともかく、貴女は防具さえつけていないではないですか。私が護衛しますので急いで地上まで引き返すべきです」


お節介なのだが、根がいい人なのだろう。

わざわざ俺たちをゲートまで送ってくれるというのだ。

そこまでできる人はそうはいない。


「いえ、そんなご厄介をかけるわけには――」

「何を言ってるんですか! これをお貸しするので羽織ってください。少しは防御の役に立ちます」


冒険者は自分の着ているマントを外してアリスに手渡した。

マントの裏地には様々な魔法陣が描かれてあり、見た目のシンプルさに反してかなり高級な防具だということがわかった。

だけど魔石はまだ全然集まっていない。

せっかく六〇〇〇レナールも払ったんだからまだ迷宮を出たくないよ。


「お申し出はありがたいんですが、自分たちは魔石を集めなければならないんです」


冒険者は困ったような顔をする。


「事情があるのはお察しします。失礼かもしれませんが入場料は私が立て替えても構いません。ですから無茶な真似はなさらないでください。だいたい彼女が武器としているのは、ただの石ですよ。そんなもので魔物相手に何ができるというのですか!?」


ドゴォォン!! 


轟音を立てて迷宮の壁が陥没した。

アリスが全力投球で石を投げた結果だ。


「こんなことができます」


冒険者はあんぐりと口を開けたまま、声も出せない。


「レオ様、壁が崩れたおかげで石ころの補充ができそうです」


アリスが嬉々として手ごろな石を拾っている。

表情は相変わらずのポーカーフェイスなんだけど雰囲気が嬉しそうだった。


「貴方たちはいったい……」

「自分はラゴウ村のレオ・カンパーニと言います。こっちはアリス。事情があって魔石を集めに来ました」


俺が名乗ると相手も居住まいをただした。


「私はフィリシアと申します。故有ってファミリーネームは名乗れませんがご勘弁ください」


上品な物腰だ。

きっといいところのお嬢様に違いない。


「フィリシアさんはお一人でダンジョンに来られたんですか?」

「はい。私にも事情がございまして……」


 こんなお嬢様が一人でダンジョンなんておかしな話だな。

何かあったのだろうか。

俺が首をかしげているとアリスが袖をクイクイと引いてきた。


「レオ様、詮索は失礼ですよ」


そうかもしれないな。


「こんな場所に一人で来る理由なんて決まっています」


アリスが訳知り顔で断言する。


「アリスに何がわかるんだよ?」

「この人は……ドMです」


えーと……異世界ジョーク?


「Mというのは肉体的精神的苦痛を与えられると気持ちよくなってしまう人のことです」

「なんでフィリシアさんがそのMなんだよ?」

「見たところ裕福そうですし、コミュ障といった感じでもありません。わざわざソロでダンジョンに来る理由がないじゃないですか。おそらく極限状態で興奮するタイプかと……」


コミュ障ってなに? 

それにしてもひどい偏見だ。

あまりの言いようにフィリシアさんだって口をパクパクさせている。


「わ、私にはそのような性癖はない! 私は成人の試練ゆえに――」

「成人の試練?」

「……なんでもありません」


フィリシアさんは口を閉ざして俯いてしまった。

話すことができない事情があるのかな。

それこそ詮索しないことが礼儀だな。


「レオさんとアリスさんはどちらまで行くのですか?」


強引に話題を変えるようにフィリシアさんが聞いてきたが、俺たちに目的地はない。

魔石をとることしか考えていなかったので、一〇日間を目途にひたすら魔物を倒す予定だった。


「特に目標地点はありません。魔石が採取できればそれでいいので。フィリシアさんは?」

「私は最終階層の広間まで行かなくてはなりませんの」


その時のフィリシアさんは思いつめたような、それでいて決然とした表情だった。


「最終階層と言うと、最短距離を移動しても徒歩で二週間はかかりますね。その割に荷物が少ないようですが?」


詮索をするなといったアリスが余計な詮索をしている。


「私にはインベントリバッグがありますから」


フィリシアさんは腰に付けたポーチのようなバッグを見せてくれた。

インベントリバッグというのは空間収納魔法が付与されたバッグで、見た目以上の容量を持っている高級品だ。

すごい。

こんな高価な物を持っているなんて、やっぱりフィリシアさんってお金持ちのお嬢様なんだ。

しかもそのせいで襲われることだって考えられるのに、易々とインベントリバッグの存在を明かしてしまうなんて。

よっぽど腕に自信があるのか、とんでもない世間知らずなのかのどっちかだよ。

失礼だけど、たぶん後者の方だと思う。

やっぱり一言注意しておいた方がいいかな。


フィリシアさんは他人に親切だから、そのうちに絶対に騙されてしまうと思うぞ。

「インベントリバッグの存在をそんなに簡単に他人に明かさないほうがいいですよ。中には強盗とかもいますし、高価な品物は邪な気持ちを呼び起こす原因にもなります」


フィリシアさんはハッとした顔つきになって頷く。


「おっしゃる通りです。私が浅はかでした」


この人は行動に悪気がないんだよな。



「さて、レオ様。そろそろ参りましょうか。よろしかったらフィリシアさんもご一緒しませんか?」


驚いたことにアリスがフィリシアさんを誘っていた。


「突然どうしたんだ?」

「フィリシアさんを前衛にすれば戦術に幅が出て楽しくなります。彼女も攻略スピードが上がるはずだしお互いに悪い話ではないと思いますが?」


確かにそうだけど、フィリシアさんはいいのか?


「ご一緒してもよろしいのでしょうか?」


なんか嬉しそうにもじもじしている。


「遠慮しなくても結構です。貴女と私の相性はいいはずですよ。貴女はドM。そして私はS型ですから……」


きっとこれも異世界ジョークなんだろう。

俺とフィリシアさんにとってはチンプンカンプンだった。


 フィリシアさんも喜んで俺たちと一緒に攻略をすることになった。

臨時とはいえ初めてのパーティーだ。


「リーダーはフィリシアさんが務めてください。貴女の方が経験豊富そうなので」

「わかりました。それとレオさん。私のことはフィリシアと呼んでくださいませんか? あの、その、同じパーティーの、な、な、な、仲間なのですから……」


フィリシアさんはものすごく真っ赤になって、緊張したような顔つきで訴えかけてくる。

そんなに恥ずかしいことか?


「レオ様、察してあげて下さい。この方はボッチなのですよ」


ボッチ?


「友人がいない人のことです。ですから人との距離の取り方がよくわからないのでしょう」


またアリスは……。


「アリス、フィリシアさんに失礼だぞ」

「いえ、アリスさんのいうことは事実です。私には友人と呼べる方はいませんので……」


フィリシアさんは悲しそうに目を伏せた。

友達が一人もいないなんて寂しいよな。

だけどフィリシアさんはこんなに親切で面倒見もいいのになんでだろう?


「だったら俺はフィルって呼ばせてもらうよ。フィリシアより呼びやすいからね」


フィリシアさんは驚いたように顔をあげて、俺を見つめる。

それから満面の笑顔になった。


「はい! フィルと呼んでくださいませ。私もレオとお呼びしますわ」


この時から、フィリシアは俺の中でフィルになった。



 轟音が響き渡り四〇メートル先でグレートアントが爆散した。


「石の硬度が低いのが残念です。これが鉄球だったら3~4体は貫通しているのですが」


アリスはこともなげに言ってのける。

ただの石ころでは着弾時のインパクトに耐えきれなくて粉々になってしまうようだ。

地上に出たら鉄球でも買ってあげようかな?


「アリスは身体強化魔法を使っているのですか?」


フィルが俺に質問してくる。

アリスがオートマタだということは、まだフィルには説明していない。


「もの凄い力持ちなんだよ」

「はあ……」


 近づいてくるグレートアントをアリスの石ころと俺のニューホクブで迎え撃った。

グレートアントは次々と迫ってくるので、装弾数が五発しかないニューホクブでの対応はもどかしい。

弾薬を装填する際にはスピードローダーと呼ばれる道具で五発同時に弾込めをすることができる。

だけどスピードローダーも一個しかないので、一〇発の銃弾を撃ち尽くしたら、その後は装填に時間がかかってしまうのだ。


「私が敵の先端を押さえます。レオはその間に魔力の補充を!」


フィルは拳銃のことを魔道具だと思っているようだ。

だけど今は拳銃の説明をしている暇はない。

アリスも石ころを全て投げつくしたみたいだが、敵はまだ一六体も残っている。

俺のナイフを使うか?


「魔力を消費して時空間回線を石山播磨灘重工データベースに接続。……接続完了。レイピアの使用方法をダウンロード開始。……ダウンロード及びインストール完了。フィリシア様、腰のレイピアをお借りします」

よくわからないことを呟いていたアリスもフィルの剣を借りて近接戦闘に移行した。

オートマタは剣術も使えるんだ! 

二人とも素早い身ごなしで蟻たちを撃退している。


「レオ様、時空間接続に魔力を消費しすぎました。私の活動限界まであと五〇分です。一気に攻めますよ」

「了解。あとでグレートアントの魔石を全部食べさせてやるからな」

「はい」

フレンドリーファイヤーが怖いので俺も距離を詰める。

形勢は完全に俺たちに傾いていた。


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