第11話 シュート!

 ピアトの街を経て、翌日にはダンジョンのあるクロアトまでやってきた。

この街のダンジョンの歴史は古く、一〇〇年前には探索が始まっている。

今から六〇年前にとあるパーティーがダンジョン最深部に到達しているが、いまだに帝国の管理の下、魔石の採取場所として冒険者による探索が行われていた。

そうは言っても、この街はうらぶれた感じが拭えない。

ダンジョン最深部にいたダンジョンマスターが倒された時点で新たな財宝は出てこないと言われている。

だから、六〇年前にダンジョンマスターが倒されて以来、ここのダンジョンの人気はどんどん下がっている。

魔物の数も年々減少していて、そのうちにいなくなるだろうなんて話も囁かれていた。

俺たちがダンジョンの受付ゲートにやってきた時も、冒険者の数はまばらで、守衛がやる気のない表情で座っていた。


「すみません。ダンジョンに入りたいんですけど」

「ギルドカードは?」


守衛は気怠そうに聞いてくる。


「ギルド会員じゃないです」

「だったら一人三〇〇〇レナールだよ」


事前に聞いていたけど、やっぱり銀貨三枚もするのか。

俺の全財産は七〇〇〇レナールだ。

入場料だけでギリギリだよ。

これは絶対に魔石を持ち帰らないと。


 受付を済ませて、狭い下り階段を下りた。

途中ではところどころに魔道灯がぶら下がっているが、風がダンジョンの中から吹き上げてくるらしくオレンジ色のか細い光がユラユラと揺れている。


 アリスはさっきから受付でもらった小冊子を一生懸命に眺めていた。


「そういえばアリスはこの世界の文字は読めるの?」

「はい。こちらに召喚される際に、豊穣と知恵の女神デミルバ様によって知識がダウンロードされました」


ダウンロード? 

天啓が下りたってことかな?


「たった今、冊子の内容も全て複写しました。地図も既にデータ化を完了してあります。いつでも突入できますよ」


言葉の意味はよく分からないが、もの凄く頼りになりそうだ。


「油断はしちゃいけないけど地下一、二階に魔物はほとんどいないみたいだね。一気に三階まで行ってしまおうか?」

「承知しました。三階までの最短ルートを参照。魔力消費量が一二パーセント増大しますが、モーションセンサー・サーモセンサー等、各種センサーの出力を最大に移行。先導しますのでバックアップをお願いします」

「了解」


俺たちは足早に薄暗い階段を駆け下りた。



 ダンジョンの中はずっと石畳だった。

人気のない回廊には俺たちの足音とアリスの声しか聞こえない。


「戦闘の基本は索敵です。相手より先に敵を捕捉し、これに攻撃を加える。先に仕掛けた方が断然有利だからです」

「うん」

「たとえ雑魚が相手でも基本はこのスタイルでいきます。ただし、明日からは敢えて私は情報を提供しません」

「なんで?」

「もちろんレオ様の訓練のためです。奇襲に対する対応能力を鍛えてもらいますから、そのつもりでいてください」

「わかった」


すっと、アリスの歩みが突然止まった。


「――この先に魔物がいるようです」


なんでわかるんだろう?


「二〇メートル先の十字路を右に曲がった壁の側面に二体へばりついています」


スライムかな? 

それとも虫系? 

トカゲ系という可能性もある。


「こちらにはまだ気が付いていないようです。形状から見て巨大なカミキリムシみたいなかんじですね」


カミキリムシか。

おばあちゃんが大っ嫌いだった虫だ。

庭に咲いていた薔薇の茎に入って卵を産み付けるから、枯らしてしまうんだよね。


「残った方は私が倒しますので、レオ様は目の付いた方を思いっきりいっちゃってください」


アリスはトンと胸を叩くが少しだけ心配だ。

だって、アリスが持っている武器は道端で拾った石ころなんだもん。


「本当にそれで大丈夫?」

「できれば金属片の方がいいのですが、何とかなるでしょう」


アリスが言うんだから大丈夫かな。

いつものように後から「冗談です」とは言わないでね。


 ニューホクブの安全装置を外してソロソロと十字路へ近づく。

構えながら壁から顔を出すと魔物はすぐ目の前にいた。


ガァンッ!


38スペシャル弾の放つ銃声が響き渡る。

銃弾は子ヤギほどもあるカミキリムシの頭部に命中した。

そのままターゲットをもう一方のカミキリムシに移そうと思った瞬間、耳元で風を切る轟音がビュンと響いたかと思ったら、目の前でカミキリムシが爆散していた。

アリスが手に持っていた小石を投げたのだ。


「石の形が歪(いびつ)なので、どうしても軌道にずれがでますね」


多少のずれは関係ないんじゃないかな……。

そこらじゅうにカミキリムシの肉片が飛び散っているよ。

これじゃあ魔石を探すのも大変だ。

魔石というのはたいてい魔物の眉間にあるので、倒した後にナイフでほじくり出すのが一般的だ。


「魔石がどこに行ったか分からなくなっちゃったね」

「大丈夫です。魔力探知ですぐに見つかりますから」


それなら爆散させてもいいのかな?


 カミキリムシからは小麦の粒ほどの小さな魔石を入手できた。


「この二粒で三六時間は活動できそうです」

「よかった。この調子でガンガン魔石をとるぞ!」


アリスがじっと俺を見つめてくる。


「レオ様、どうしてそんなに一生懸命なのですか?」

「え?」


なんでだろう?


「う~ん、やっぱりアリスといるのが楽しいからかな。アリスって口は悪いけど優しいしさ。魔石さえあればずっと活動できるんだろう?」


……。


「ホレテマウヤロー……、デゴザイマス」


え? 

ほれ? 

消え入りそうな小声だったし、方言みたいな言葉でよくわからなかった。


「何でもありません。……第五世代AIは惚れっぽいという噂がありましたがまさか……ブツブツ」


アリスは聞き取れないほどの小声で何かを言っていた。



 探索は続く。

その後、スライムを四体、ゴブリンを三体倒し順調に魔石は溜まっていった。

敵のレベルが低いのでとれる魔石も小さかったが、怪我一つなく探索は進んでいる。

昼食には以前召喚したカロリーフレンドを食べた。

祭りの時に食べるクッキーみたいな味で、甘くてとても美味しい。

フルーツピールが入っているみたいで香りもよかった。

しかもいろいろな能力がまんべんなく上がった気がする。

バランス栄養食って書いてあったけどそういう意味だったんだね。


 昼食後、俺たちは地下四階に到達した。

しばらくすると普段は無表情のアリスの表情が曇った。

これは大変なことが起きているのか。


「レオ様、この先に巨大な蟻のような魔物の巣があります」


巨大な蟻と言えばグレートアントだ。

巣があるということはかなりの数がいるのだろう。


「個体数は六二体。卵も六四個あります」

「上手く倒すことができれば、魔石を大量に手に入れるチャンスだね」

「はい。ですが私の主力兵器、『石ころ』の残弾が四個しかございません」


それは困った。

ダンジョンは床も壁も石造りなのだが、投げられそうな小石はどこにも落ちていない。


「どこかで補給しないといけませんね」


俺たちがどうするかを話し合っていると、一人の冒険者がこちらにやってきた。

中には変なやつもいるので俺は油断なく注視する。


「こんにちは」


 冒険者は美しい声をした女の子だった。

真新しい皮鎧をつけ、手には細身の槍を持っている。

腰にはレイピアをさし、魔法のためのロッドも装備していた。

全てが新しくてピカピカだから新人の冒険者なのだろう。


「こんにちは」


俺も挨拶を返す。

近くまで来るとその冒険者はびっくりしたような顔で俺たちを見つめた。


「貴方たち、死にたいのですか!」


突然怒られちゃったよ。


「事情はあるかもしれませんが、そのような恰好でダンジョンに入るなんて自殺行為です」


ぱっと見た感じでは、俺の武器はナイフだけだ。

みんな拳銃なんて知らないだろうしね。

アリスにいたっては防具すら身につけていなかった。


「貴方は魔法使いなの? 武器すら持っていないじゃない」


そういわれてアリスは両手に持った石ころを見せる。


「これは?」

「敵に投げつけます」


冒険者は絶句してしまった。

近くで見ると年齢は俺と同じくらいのようだ。

サラサラの金髪に青い瞳が美しい。

今はショックを受けているみたいでワナワナしているけど、とても上品な感じの女の子だった。

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