第8話 不思議の国から来たアリス
アリスは抑揚のない声で続ける。
「別に唾液である必要はありません。皮膚の一部や毛髪などでも構いません」
「じゃあ、髪の毛で……」
「意気地なし」
「えっ? なに?」
「何も言っておりません」
絶対何か言ったよ。
すごい早口だったけど。
アリスは俺の頭の毛を一本抜いて口に入れてモゴモゴしていた。
「これでDNAの登録は……モグモグ……完了です……ムグムグ」
「はあ……」
よくわからない。
小さな口を一生懸命動かしているアリスは可愛いけど……。
「それではご命令をお願いします」
「命令?」
「はい。私は汎用型のオートマタなので大抵のことはできるようにプログラムされております。たとえ知らないことであってもS型第五世代AIの学習速度は他のAIの追随を許しません。どうぞなんでもお申し付けください」
そんなこと突然言われてもな。
とりあえず仕事の手伝いでもしてもらおうか。
「えーと、鶏やヤギに餌をやって、卵を回収したり乳を搾るんだけど……できる?」
「問題ございません」
言葉通りアリスはテキパキと働いてくれた。
見た目は全然違うけど生まれた時から農家に育ったみたいに動いてくれる。
おかげでいつもの半分以下の時間で仕事は終わってしまった。
「この後は何をなさるのですか?」
普段だと仕事の後は鍛錬の時間だ。
「今はこの本に書いてあるトレーニングをやってるんだ」
俺はアリスに『軍隊戦闘術 速習4週間!! ~今日から君も特殊部隊~』をみせた。
「承知しました。それでは私がトレーニングのお相手をしましょう」
「ええっ? アリスは戦闘術も使えるの?」
「当然です。AL-28は汎用型ですが、そのルーツは軍用オートマタにあります。戦闘特化型には及びませんが、格闘、武器戦闘など、何世代にもわたる研究データが蓄積されており、その戦闘力は一個中隊に匹敵するとも言われているのです」
アリスはやや小ぶりの胸を張った。
とにかくアリスは強いようだ。
「それじゃあ、訓練の相手をしてもらおうかな」
「承知しました。まずはレオ様の実力を知りたいので攻撃を仕掛けてください」
「うん」
うんとは言ったものの、アリスの見た目は華奢な少女だ。
本当に殴って大丈夫なのか?
「人間が素手で殴って壊れるほど軟ではありません」
アリスは異世界から召喚されているし、きっと大丈夫なのだろう。
僕は普段通り肩の力を抜いて、リラックスした状態から突きを放った。
「なかなかいいストライクです。レオ様がやっているのは軍隊格闘術ですね」
アリスは身体をひねって攻撃の威力を受け流していた。
素人にできる動きじゃない。
「アリスもすごい受けだ」
「続けて攻撃してください。まだまだ肩の力が抜けていません」
「わかった」
打撃の練習をした後に、今度は受けの練習をした。
今まで一人でやってきたけど、相手がいると自分の強さが明確にわかってよかった。
アリスは自分でも言っていたように戦闘の達人だった。
俺は全力だったけどアリスの方はまだまだ余裕があるみたいだ。
ぜんぜん本気を出していないことだけは分かった。
昼前まで訓練をした。
実に充実した気分だ。
やっぱり組手ができるというのは嬉しいな。
特に受けは相手に攻撃してもらわないと全く練習できないので、アリスが来てくれて一気に進歩したと思う。
いっぱい動いたからお腹が空いたよ。
今日のお昼はちょっと豪華にしようかな。
そういえばアリスはご飯を食べるのだろうか?
「アリスはご飯を食べるの?」
「食べることは可能ですが必要ありません。私は魔力をエネルギー源にしています」
説明書に書いてあったな。
「確か空中の魔素と魔石から魔力を取り出せるんだよね」
「その通りです。今も大気の中を漂う魔素を取り込み魔力に変換しています。これで活動エネルギーのおよそ二〇パーセントを補えます。ですが残りは魔石で補給しなければなりません」
それは困ったな。
家には魔石がほとんどない。
非常用に買ってある魔導ランタン用の一個だけだ。
魔石はけっこう高価なのだ。
店で買えば小さな魔石でも銀貨一枚はかかってしまう。
「魔石がなくなったらアリスはどうなるの?」
「休眠モードに入ります。その間も魔素の取り込みはしているので、ある程度の魔力が溜まれば活動はできます。今のところ緊急で魔石が必要ということはありませんが、非常用にいくつか用意しておいた方がいいとは思います」
夜は休眠モードとやらになってもらえれば魔力は溜まるということか。
普段も用がないときは眠っていてもらえば魔石は必要なさそうだな。
でも、家の中に話し相手がいるというのは嬉しいものだ。
出来ることなら日中は動いていてほしい。
「レオ様。魔石がないのなら取りに行ってはいかがでしょうか?」
つまりダンジョンへ入るということか。
それも悪くない気がする。
自分の力も試してみたいし、アリスは並みの冒険者では敵わない程強いもんね。
問題は俺がダンジョンへ潜るための装備を何も持っていないということだ。
武器はナイフと棍棒くらい。
防具に至っては皮鎧ひとつ持っていない。
買うといっても余分な蓄えなんてなかった。
「う~ん、近場のダンジョンへ潜ってみたい気もするんだけど、装備がないからなぁ」
「ダンジョン?」
アリスは首を傾げている。
「ダンジョンに潜って魔物を倒して、魔石を取るんじゃないの?」
「ここではそうやって魔石を取るのですね」
「アリスの世界では違うの?」
「私が生まれた世界では、魔石は大気中の魔素から作る人造魔石と鉱山から採掘される自然魔石の二種類がありました」
そういえばアリスは俺に召喚されたことを理解しているのだろうか。
「はい。発注者は異界の女神デミルバ様。お届け先はレオ様というログが残っています」
そうだったんだ!
俺は改めて、豊穣と知恵の女神デミルバ様に祈りを捧げた。
「それで、どうしましょう? お許しがあれば一人でダンジョンに潜り魔物と戦闘をして魔石を入手しますが」
それが一番いいのかな?
でも、俺もダンジョンに行ってみたい。
せっかく戦闘術を覚えたのだから実戦で使ってみたいというのは当然の欲求だと思う。
だから俺はアリスに自分もダンジョンに行きたいと言ってみた。
「はぁ……」
あ、こいつ今あからさまに嫌そうな顔をしたぞ。
「ダメなの?」
「ダメではありませんが、レオ様は装備をお持ちじゃないんでしょう?」
確かにそうだ。
「碌な準備もなくレオ様を危険な場所にお連れすることはできません」
「本音は?」
「足手まといだからついてくんな、でございます」
口が悪いな。
でもアリスはその後すぐにフォローをいれる。
「冗談です。私としましては、やはりレオ様の安全を最優先に考えたいのです。レオ様が装備を手に入れられたら、ダンジョン攻略について考えましょう」
何を考えているのかわからない表情、相変わらず抑揚のない声。
だけどこの時のアリスは少しだけ優しい声をしていた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます