第4話 理解できない

 朝が来るのが待ち遠しかった俺は、夜明け前に起きてしまった。

辺りはまだ真っ暗だ。

一番早起きの雌鶏だってまだ寝ている。

動物たちに餌をやる前に昨日の本で覚えたストレッチというのと、鍛錬の反復を繰り返した。

今日も充実しているなぁ。

身体を動かしているとやる気が漲ってくる。

落ち込んでいたのが嘘のようだ。

召喚術はお日様が昇ってからやるつもりだ。

暗い中でやったら召喚したモノがどこにいったか分からなくなってしまうかもしれないからね。


 三〇分ほど体を動かしていたら、辺りが明るくなってきた。

まだまだ練習していたいけど、召喚術の方も気になる。

次の練習は家畜に餌をやって、雌鶏の卵を回収して、ヤギの乳を搾って、朝ご飯を食べた後だ。

春までは比較的時間が取れるんだから、じっくりと習得していくことにした。

さて、顔を洗ったら召喚術を試してみよう。今日は何が召喚されるかな。



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品名 10.1インチ ポータブルDVDプレーヤー モニター付き

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(以下使用方法が続く)


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 目の前に現れたのは黒い箱のようなものだ。

説明のメモを見ても何を目的としたものなのかさっぱりわからなかった。

とにかく説明書に従って使ってみよう。


1 付属の魔石を本体裏の魔石ボックスに入れます。

小さな青い魔石が透明な紙? に入っている。これをここに入れるのかな。


2 次に本体正面のつまみを押しながら、モニター部分を開きます。

きっとここだな…… おお、開いたぞ。


3 次に起動ボタンを押します。起動ボタンを押すとボタン横のランプが青く点灯します。

ふむふむ。


 起動ボタンを押そうとしたその時、家のドアが突然ノックされた。

だれかお客が来たようだ。

俺は慌ててDVDをベッドの下に隠した。

もしもDVDを見られた時に、これは何だと根掘り葉掘り聞かれるのが面倒な気がしたんだ。


 扉を開けると、そこにいたのはヨランだった。


「ヨラン……」


俺は言葉をつづけることができない。

朝の光を浴びたヨランはやっぱり天使のように可愛かった。

目の前ではなかったにしろ、酷いことを言われたのが嘘のようだ。

こんなに愛らしいヨランがあんなことを言うなんて信じられない。

ひょっとしたらあれは俺の聞き間違いだったのだろう。

そうじゃなくても、単に気が動転したヨランが、心にも無い事を言ってしまっただけに違いない。

そう考えた俺は召還したばかりのDVDをヨランに見せるつもりになった。

そうすれば彼女もきっと俺を見直してくれると思ったんだ。

だけど、目の前にいる天使は俺の想像以上に残酷だった。


「レオ、私たち付き合っていることになっていたじゃない?」


なっていた? 事実付き合っていたはずだ。


「ああいうの、ちょっと迷惑なんだ」


あんなに喜んで、将来の話もしていたのに?


「それに私、ステルガに付き合ってほしいって告白されてるの。だからぁ、その……、レオに必要以上に声をかけられると困るんだよ」


……。

なるほど。

こいつはやっぱりこういう女だったわけだ。

ヨランの関心を引こうとしていた俺が馬鹿だった。

今度こそ未練は断ち切る。!


「言いたいことは分かった。俺はもう君には話しかけないよ。それでいいだろう?」


言うべきことだけ言って俺は扉を閉めた。

ヨランの方はむしろびっくりしたような顔をしていた。

今さら俺が縋り付くとでも思ったのか? 

舐めるな!


「二度と話しかけるな、洗濯バサミ!!」


ヨランは大声で捨て台詞を吐いて去って行った。

結局、ヨランは俺のギフトの能力にしか興味がなかったんだと思う。

顔とかスタイルとか性格とか能力とか、恋愛対象者に求める者はいろいろあるだろう。

だけどヨランにとっては将来のお金が全てだったんだろうな。


 楽しかった二人の過去を思い出していたら、DVDのことを調べる気にもなれなくなったので、買い物に出かけることにした。

動いている方が気晴らしにはなる。

だけど散歩と言ったってラゴウ村にはなんにもない。

店だって雑貨屋とパン屋の二軒だけだ。

成人になったし雑貨屋でお酒でも買ってみるか。



 村の中心部につくと、そこにはエバンスとポンセもいた。


「おはようレオ。買い物か?」

「うん。新年だしお酒でも買ってみようかなって……」


本当は祝いの酒じゃなくてヤケ酒なんだけどね……。


「いいなぁ! じゃあさ、俺も金を出すから、レオの家で飲まないか?」


ポンセが提案してくる。

皆は家族がいるが俺は一人暮らしだ。誰にも気兼ねはいらない。


「いいよ。エバンスは?」

「俺も行きたい。オマリーも誘ってやろうぜ」


 新年はまだ三日目なので今日までは休みというのが建前だ。

だから、さっそく俺の家に集合して宴会を開こうということで話はまとまった。

これまでは未成年だったからお酒をのんで楽しんだ経験なんてない。

今からすっごく楽しみだな。

エバンスもポンセも同様のようで、ニコニコ顔でどんな酒を買っていくかを考えている。

さっきまで暗い気分だったけど、持つべきものはやっぱり友達だよ。

そんな風に俺たちが和気藹々と話していたら、不愉快な声が横から割って入ってきた。


「洗濯バサミが何やってんだぁ?」


ステルガとその仲間だった。

ステルガは成人のギフトで火炎魔法を授けられてから、同年代のリーダーみたいに振舞っているようだ。

確かに戦闘力で言ったら今年の新成人で一番の力を持ったことになるだろう。

今も取り巻きが四人いる。


「おい、洗濯バサミ」

「俺はレオだ」

「そんなことはどうだっていいんだよ。それよりもお前、ヨランに酷いことを言ったらしいな。ヨランとなんか二度と口をきかないとか言ったらしいじゃねぇか!」


ええ? 

ニュアンス的にちょっと違う気がするぞ。


「向こうが俺に声をかけてくるなと言ったんだよ。俺もそれを了承しただけだ」

「言い訳するんじゃねぇ!!」


今のは言い訳なのか?


「ヨランを傷つけやがって。テメェ……燃やすぞ!?」


へんなポーズを決めながらステルガが脅してきた。

後から聞いた話だけど「テメェ……燃やすぞ」は火炎魔法を手に入れたステルガのお気に入りの台詞になっていたらしい。

こいつはイケメンなんだがやることが一々馬鹿だ。


「こんなところでかい? 人がいっぱいる場所で火炎魔法なんか使ったら皆の迷惑だよ」


ここは街の中心街だ。

神殿もあれば店もある。

往来にはちらほらだが人も歩いていた。

俺の指摘にステルガは顔を歪める。


「けっ、卑怯者が」


どこら辺が卑怯なのだろう? 

本当にこいつの考え方がわからない。


「お前とはいつか話をつけてやる。覚えていろよ洗濯バサミ」


取り巻きたちを引き連れて、ステルガは肩で風を切りながら行ってしまった。

うん。

もっと熱心に軍隊兵法術の練習をすることにしよう。

いつ襲われるかわからないもんね。

まずは本に書いてあった通り、体の力を抜いてリラックス。

正しい呼吸法で気分もリフレッシュだ。


「よし! 酒を買いに行こうよ」

「レオ、切り替え早いな!?」

「あんなの気にするだけ損だからね」


俺たちはサクランボのビールを大量に買い込んで家へと帰った。

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