優人は学校の通報で駆け付けた警察官に連行されていき、両親も呼び出され事情聴取が行われた。


「家でなにか問題を抱えている様子は見られませんでしたか?」


「なにも……何故こんなことをしたのか……優しくて善い子でした」


 父親が頭を抱えてなんでこんなことをとブツブツと繰り返す隣で、母親はただただ涙を流している。


「優人君は友達をリセットした。復活ボタンを押したから大丈夫だと、ゲームかなにかの話しを繰り返しています。死と言うものを理解していないようなんです」


「そんな……」


 父親と母親は顔を真っ青にして信じられないといった表情で絶望した。



―――


 優人は心神喪失状態が認められ、精神病院へ入院することになった。



 優人が入った病室は鉄格子があり牢獄と何ら変わりはなく、釦などの装飾品のない白い服を着てぽつんと置かれたベッドに座って脚をぶらぶらと揺らしている。


「食事ですよ」


「ねえ、まだ復活しない?」


「えぇ……まだお友達は復活してないわ」


 ベッドから立ち上がり鉄格子を両手でつかみ食事を持ってきた女性職員に話しかけるが、引きつった笑顔で優人を興奮させない為に話を合わせるけだった。


「おかしいなぁ。復活ボタン壊れちゃったのかな? あのおじさんに直してもらわなくちゃ」


 女性職員は食事を置くと優人の意味の分からない独り言を無視してその場から逃げる様に立ち去っていった。優人は食事に手を付けることなくベッドに戻り脚をぶらぶらと揺らしはじめると、何処からともなくとカランコロンと下駄の音が聞こえてきた。


「久しぶりですねぇ」


「あっ、おじさん!」


 復活ボタンを売った着物にカンカン帽を被った男が、軽く帽子を持ち上げて挨拶をすると優人はベッドから駆け寄り鉄格子を握り、嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。


「丁度よかった! 復活ボタンの調子が悪いみたいだから直して欲しいんだ!」


 男は目を細めて優人の無邪気な笑顔とはかけ離れた嫌な笑みを浮かべて小首を傾げた。


「なかなか、いい人生ストーリーだったが、まだ少し足りないねぇ」


「いま友達を復活させるのに使ってるんだけど、なかなか復活しないんだ! 友達が復活するまで僕はここから出られないし……パパかママに言えば分かるから、早く直してきてよ!」


「流石に、両親も友達の代えは準備出来なかったようだねぇ」


優人は男と噛み合わない会話に首を傾げて困惑するが、男はは口元に冷たい笑を浮かべ、目を細めて優人を見つめ、ゆっくりと口を開く。


「復活ボタンは壊れていない。そもそも復活ボタンなんてものはありゃしない」


「何を言っているの?復活ボタンはあるよ! カブトムシだって猫だって復活したじゃないか!」


 男は高らかに笑い腹を抱えて目元には涙も浮かべ、ひとしきり笑うと着物の袖から復活ボタンを取り出して優人に渡す。


「何に見える?」


「復活ボタン」


「めでたい頭だねぇ……古いバスのブザーだよ。今までの復活劇は、お前の両親がやっていたんだよ」


 優人は男の言葉に心底驚いた顔をして鉄格子を手が白くなるほど握りしめていた。男はクスクスと笑いながら鉄格子の隙間から優人の額を人差し指で小突く。


「交換されたことに気がつかなかったのは、お前が命をただ買っていたから……愛情を込めて飼っていたら、すぐに分かっただろうに。両親もお前の悲しむ姿が見たくない可哀想だと死をすり替え、お前にとって本当に可哀想なことを見誤ったのさ」


「う、嘘だ!!」


「死んだら生き返らない」


 優人の全身がわなわなと震え、顔からは血の気が引いて真っ青になっている。

その様子を肩を揺らして笑う男の姿も、段々と膨らむように大きく変わっていく。


「そ、それなら……と、友達は? どう、どうなるの?」


「どうもこうもないさ。お前がリセット……殺したんだろう? ゲームの世界じゃないんだ、もう二度と生き返ることはない。死んだんだ」


男の言葉に糸が切れたようにその場に座り込み、涙を流して空を見る優人は死というものを初めて知り、なんとか精神を保とうとしている。


「パパも……ママも……お、教えてくれなかった……」


「お前も、知ろうとしなかっただろう?」


「ワァァァァァ!!」


 優人は頭を抱えて今まで知ることの無かった死を前に精神が崩壊した。


――その心には恐怖と絶望。


「食べごろだ」


 のたうち回る優人の前で呟く男の姿は異形なものに変わっていた。


 優人を見据える目は犀のようで体は熊のように大きくなり鼻は象のように伸び、牛の尻尾が生えその脚は虎のような鋭い爪。


――その姿は悪夢を食べる獏。


 長い鼻を振り上げて息を勢いよく吸い込むと、鉄格子や周りのすべてが吸い込まれて消えていき、最後に残されたのは座り込んで泣いている優人だけになった。


「さぁ、リセットしようかねぇ」


 鋭い爪で優人を掴み上げると頭から悲鳴と一緒にバリバリと噛じりつき、跡形も無く獏に食べられた。


――お金はいりません。お代は悪夢で。


 獏は膨れたお腹を叩きゲップをすると、何もなくなった真っ暗な空間にニヤリと笑って挨拶する。


「毎度有り……」

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