第14話 セシリア・ホーリーズ

「ーー遅えよ姉貴、って何だぁ⁉︎」


「ごめんごめん、ちょっと色々あって……」


 王都の郊外のとある一角で、不機嫌そうな表情でそう切り出した双子の弟セシルだったが、私の後ろに広がる光景を見てどうやら腰を抜かしてしまったようだ。


「あらっ? そちらの方々は……?」


「これはこれはアグネス様、そしてホーリーズ家の皆さん。聖女セシリア様のお力、しかとこの目で拝見させて頂きました」


「はい? 娘、セシリアの力ですか?」


「そうです。突如、王都を襲った異常気象。セシリア様は我々の目の前でそれを見事に打ち払ったのです!」


「……本当なのか? セシリア」


 いつになく真剣な表情の父さんが言う。


「ううん……私は何もしてない。私はただ、忘れ物を取りに戻っただけ。なのにみんなが……」


「王都の上空に突如現れた黒い雲。その雲はあまりに馬鹿げた異常気象を生み我々に牙を剥いたのです。その異常気象がどれほどの被害をもたらしたのかは実際、街を見て貰えば一目瞭然かと……」


「そうです。黒い雲が現れ異常気象に襲われたのは、タイミング的にホーリーズ家の皆さんが王都を後した直後の事。そしてセシリア様がお戻りになられた途端、異常気象は綺麗さっぱり消え去ったのです!」


「あの時……私達は逃げ場の無い街の中を必死に逃げ惑い、初めて自身の死を覚悟しました」


「歩みを止め絶望の底に沈む中、ふいに見上げた空に一縷の希望を見つけたのじゃ……」


「邪悪な黒い雲の切れ間から差し込む一筋の光」


「私達は考えるまでもなく無心で走った。そのーー光が差し示す場所へ」


「そこにセシリア様がいらっしゃった」


「これはここにいる王都に住む全ての民が体験した事なのです!」


「だからお願いです! ホーリーズ家の皆さん! 国を出るのはおやめください!」


「私達にはーーーーこの国にはやはりあなた方が必要なんです!」


「そもそも聖女様はいらないなんて街の人々は誰も思っていません! なのに急にあんな事になってしまって……我々も困惑していたのです!」


「いったい誰がそんな罰当たりな事を言い出したんじゃ? ワシの周りにはそんな人間はおらんぞい!」


「僕、セシリアお姉ちゃんと一緒に遊べなくなるなんて絶対にやだよ!」


「皆さん……」


「セシリア様!」


「セシリア様!」


「お戻り下さい、セシリア様!」


「セシリア様!」


「ごめんなさい……皆さん。私、本当に聖女なんかじゃないんです。そんな特別な力なんて無いんです。さっき殿下が言っていたように、全ては偶然でしかないんです。だから私達は国を出なければいけません。これはもう、決まった事なのです……」


「そっ、そんな……」


「セシリア様!」


「アグネス様!」


「行かないでください! これからも私達と共に……」


「ーーーー待ってくれ。ホーリーズ家の者達よ……」


 多くの皆さんが声を上げる中、なんだか聞き覚えのある声が私の耳へと届いた。


「少し話がしたい。セシリア、君と」


 多くの人々が集まりひとつの大きな群れが出来ていた。だが、その声が聞こえた瞬間、人々はざわめきだし大きな群れは中央からふたつに分かれてしまった。


 突如現れた人ひとりが歩けるスペースをゆっくりとこちらに向かって歩いてくる人物。この国に住む人間ならば知らない者などいるはずがない。


「ーーーー陛下っ!」


「聖女たる君の力、確かに見せてもらった。民を救ってくれてありがとう、礼を言う」


「そんな、やめてください! 私は本当に何も……」


「ふむ。私は聖女がいらぬという民の声が高まっているとリチャードから聞いたのだが……どうやら違ったようだな。今後の事を考えあやつに色々と任せていたが、まだ早かったのかもしれん……私の軽率な判断で皆には迷惑を掛けてしまったな……申し訳ない」


「おやめ下さい、陛下!」


「なあ、セシリアよ……都合がいいと思うだろうが先の聖女はいらぬという声について、あれは無かった事にしてもらえぬか? 現にそのような声は上がっておらんようだし」


「しかし……」


「誰か……この中に聖女はいらぬという者はおるか? おるのなら正直に手を挙げて欲しい」


 陛下はゆっくりと後ろを振り返りそう口にした。


 視線の先には数え切れないほどの人がいるが、手を上げるものは誰一人としていなかった。


「ふむ……。やはり誰もおらんようだ。民は皆、聖女を必要としておるらしい」


「陛下……私は……私達、ホーリーズ家には本当に奇跡の聖女の力なんてものは無いんです。私は、普通の、ちっぽけな一人の人間なんです……だから……」


「はっはっはっ。それを言えば私だって、ただの一人の老人だよ。特別な力なんて持ち合わせてはいない」


「それはっ……」


「特別な力なんてなくとも、ただそばに居て欲しい人物というのは君にもいるのではないか?」


「…………」


「人とは必ずしも特別でなくてはならんか?」


「…………」


「人の価値とはそんなものか?」


「…………」


 そんな陛下の含蓄ある御言葉にまるで返事が出来ないでいると、


「ーーーーおいっ! あれを見ろ!」


 若い男性の声に皆の視線が一斉に王都の方を向く。


 視線の先には邪悪なぶ厚い黒い雲が再び王都の上空にどっかりと垂れ込めており、遠く離れた郊外のこの位置からでもはっきりとその異常さが伺えた。


「あぁっ! 城が……城が崩壊していく……」


 ぶ厚い黒い雲によってもたらされた滝のような雨、轟音と共に打ちつける雷、全てを焼き尽くす赤い炎、多くの瓦礫を空に舞い上げる突風、そしてーーーー空から降り注ぐ妖しい光の筋。


 あまりに異常なそれらがまるでハイランド城を集中攻撃するように襲っている。


「城が……城には今、誰もいないか?」


「騎士団をはじめ城に出入りする者は全てここにいる筈だ。おい、確認作業を急いでくれっ!」


「はいっ!」


 郊外に集った人々が自身の身近な人間がいるかどうか、不安な表情を浮かべ確認し合っては安堵の声を漏らしている。


「ーーーー団長っ! リチャード殿下の姿が見当たりません!」


「なにっ⁉︎」


「殿下は先ほど、ご自身で城に戻られるのを数人の団員が目撃しています!」


「では……殿下は城にっ⁉︎」


「おそらく……」


 安堵の声が一気にどよめきへと変わっていく。


「皆、すまない。まだまだ未熟な息子を助けるのに協力してはくれぬか?」


 そんな陛下の言葉が先か、王都で暮らす人々の言葉が先か、殿下を救えという声があちこちから上がり始めた。


 私達は団結し、殿下を救うため城へと向かう。


 



















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