第15話 聖女セシリア・ホーリーズ

「うんっ、いいお天気!」


 王都の空は見事なまでに晴れ渡っており、数羽の小鳥が空を気持ち良さそうに飛んでいる。


 街の中にときおり柔らかな風が吹き込んでは肌を優しく撫でていく。


 木材を切る音、リズム良く振り落とされるトンカチの音、活気にわいた人々の声、王都のあちらこちらからそんな賑やかな音が上がっては、街の修繕作業が急ピッチで行われている。


 あれからリチャード殿下を救うために団結して王都に戻った私達だったが、実際に私達が王都へと足を踏み入れた時には天候はすっかりと回復し当初心配されていたような危険に遭遇することもなく、私達はただ雨で洗われたキラキラとした街中をみんなで揃って歩いた。


 私達が王都に近付くにつれ、まるで私達から逃げるように消えていくぶ厚い黒い雲の様子に辺りからは『やっぱり奇跡の聖女は本物なんだ!』という声が少なからず上がった。


 そんなにわかには信じ難いあまりに不思議で不自然な現象を実際に目の当たりにした私だが、そんな現象を引き起こしているのがまさか自分だなんてどうやっても思えなかった。


 奇跡の聖女の力だとどれだけ周りの人間から言われようとも、私はただ歩いているだけで特別な事などひとつも行なっていないのだ。


 目の前の現象は認めるが、その理屈が全く分からない……。


 説明は出来ないが、やはりホーリーズ家は何かしらの強い力を持っているという事なのだろうか?


 今まさにそれをみんなの前で証明していると。


 理解は出来ずとも目の前の事実を飲み込めと、そういう事なのだろうか。


 結局、聖女の力に関しては何も分からないまま非常にもやもやとした気持ちで街の中を歩いた。これではふりだしに戻ってしまったようなものだ。


 途中、被害を受けた街中の光景に胸を痛めながら城に辿り着くと、遠くから見るよりも城はひどい被害を受けていることが分かった。


 壁が砕け入口を半分ほど塞いでしまっている。


 しかし不思議な事があった。城は確かにかなりの被害を受けてはいるが、その被害の受け方に若干以上の違和感があるのだ。


 それは城の正面入口に向かって左半分の被害が特に酷いという事だ。


 明らかにその一点を狙ったような被害の受け方をしている。


 しかし、たとえどんな被害の受け方をしていようと被害を受けた事には変わりはないのだからそれ以上は特に気に留めず城の内部へと踏み入れた。


 城内はしんと静まり返っており、人の気配などは全く感じなかった。


 どこを探すべきか考えあぐねていると、それまで胸に抱えていたジロウが突如私の胸から飛び降りひょこひょこと城内を駆けていってしまった。


 私は考えるまでもなくジロウの後を追った。


 ジロウは小さな身体で瓦礫の隙間を縫ってどんどんと奥に進んでいき、遂にその姿が見えなくなった。


 言い知れぬ不安感が私の胸で膨らみ足取りを早くする。


 角をいくつか曲がったところで少し開けた場所に出た。天井には大きな穴が開いて陽の光が差し込んでいる。壁も激しく崩壊し足の踏み場もないくらいに瓦礫が散らばっている。


 そんな瓦礫の陰からジロウの白い尻尾がひょっこりと覗いた。


 私は慌てて駆け寄りジロウを抱き抱えようとした。けれど、そこで数秒間時が止まってしまった。


 瓦礫の陰に隠れていたジロウが必死になって猫パンチを浴びせていたものーーーーそれは。


 崩れた瓦礫の下敷きになり、頭部だけがどうにか確認できる状態の殿下のお姿だった。


 殿下は仰向けでいて、なぜか頭部が直視できないほどに痛々しく腫れ上がっていた。


 ジロウはそんな殿下のおでこ辺りに必死に猫パンチを浴びせていたのだ。


 私はすぐさまジロウを抱き抱え、すぐ後方にいた街の皆さんに殿下を発見した旨を伝えた。


 数人の男性の手によって助け出された殿下は意識を失っていたので、そのまま病院へと運ばれる事になった。


 変わり果てた自身の息子を見送る陛下の眼差しが私の胸に深く突き刺さった。


 また、殿下の頭部が酷く腫れ上がっていた理由については意外と簡単にその理由が判明した。


 殿下が倒れていた周辺には、男性の握りこぶしくらいの氷塊がいくつもゴロゴロと転がっていたのだ。


 つまり、瓦礫の下敷きになった殿下は身動きが取れないまま、空から降り注ぐあの氷塊を顔で受け止めていたらしい。


 ひとつ頭に当たるだけで命を落とす危険性さえあるあれらを、いくつもいくつも顔に落とされその痛みから遂に意識を失ってしまわれたのだろう。


 実際いくつの氷塊を受けたのかは分からないが、できればひとつ目で意識を失い楽になれていればと私は思わざるをえなかった。


 ともかく殿下は大怪我をしてしまったが、命に別状はないそうなので安心した。


 今度、殿下の体調がいい日にでも会いにいってちゃんと謝らないと……。


「ーーーーセシリア!」


 突然、聞き覚えのある声が私の名を呼ぶ。胸の奥にじんわりと染み込んでくるような、あの声。


「アゼル……」


 振り返った私の視線の先には今にも泣き出しそうな表情の婚約者が立っていた。


「ごめん……ごめんセシリア……」


「ーーーー大丈夫。アゼルの気持ち、私にはちゃんと伝わってるよ」


「えっ……?」


「想いを伝える手段は文字や言葉だけじゃない。あの時あなたが書いたホーリーズ家追放の書面、あの中にはあなたの本当の気持ちがちゃんと隠されてた」


「…………」


「式は……私達の結婚式は予定通りで大丈夫よね?」


「にゃおん」


 と、ジロウは珍しくそんな風に鳴いた。




 






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