10.憂鬱なお見合い

 その少し前。

 カサナロ家屋敷では家宰のラシェルが最終チェックを行っていた。


「お庭よーし!」春の始めの花が綺麗に並んでいる。

「掃除よーし!」サッシに手を滑らせる。

「飾り付けよーし!」ハサルの花が揺れる。

「カーテンよーし!」ピシ。

「テーブルよーし!」ピカピカ。

「カップよーし!」ツルツル。

「ポットよーし!」ほかほか。

「お茶っ葉よーし!」いい香り。


 全て完璧ー!と、腰に手を当て満足そうに上を向く。


 そんな母ラシェルを呆れた顔で見ていたミリアーナはなんだか大変な事になってしまったとかなり憂鬱だ。


 この間のパーティーでたまたまぶつかっただけの令息とお見合いだなんて。いや、貴族なら勿論可笑しなことはないのだが。

 政略結婚なんて吐いて捨てるほどある話だ。


 だが今回はなんだか違うんじゃないか?

 恋しましたー、なんて可笑しくないか?

 お互いを知り得るほど会話なんてしてないし、何よりあの時はブーケで顔半分以上隠れてた。信じろと言う方がおかしい。


 腑に落ちないモヤモヤがミリアーナの顔を歪ませる。


 しかも相手は公爵の子息。

 綺麗な令嬢選り取り見取り。わざわざこんな田舎の子爵のおのぼり子女を相手するなんてあまりにも考えられない。

 理由が解らない。


 そう。ミリアーナは行動が子リスなだけで、割とちゃんとした普通の思考が出来る女の子だった。


「何より。わたくし魔力なんて少しもありませんし。お相手にはふさわしくありませんよね?やっぱり意味がわからないですわー!」


 頭を掻き回したい衝動に駆られるが、それは叶わなかった。なにせ本日の装いはお見合い使用。


 頭の先から足の先までピカピカにされ、薄紫のレースが美しいドレスを着せられている。

 腰までのいつものふわふわな髪はコテでクルクルと巻かれ毛先を遊ばせ、少し濃いめの紫のリボンを左右の耳の後ろで結ばれた。


 うんうん唸っている間にとうとう馬車が到着したと従者が伝えに来る。ラシェルはウキウキと出迎えに早足で向かう。


 ミリアーナは、ああ、来ちゃったか。と半ば諦め気味に

「わかりましたわ」

 と息を吐き出しながら返事をした。



 そして。


 威圧感満載の豪華絢爛な馬車を見て

 母以外


 怯えて震えた。


(な、なんですのあれ?何で出来てますの?木?石?ツヤツヤ過ぎて解らない。て、言うか大き過ぎませんか?何人分ですの?

 要りますかこんな馬車。いや、中身はきっと寝台とかが積まれてるんですわ。それか厨房があるかも!)


 馬車から少し離れた場所で扉が開くのを待つ間、ぐるぐるいらない事を考えていると、公爵家付き従者がステップを設置し、馬車の扉を開ける。

 中からダヤンがトントンと降りて来た。


 そして続いてがっしりとした白髪の美丈夫が姿を現す。


 こちらを見据えるその顔は、堀の深く、ダヤンと同じ菫色で艶がある目元もさる事ながら、有無を言わせぬ王者の気品に溢れ、美しい薄い口元には色気が漂う。

 喉元を覆うクラバットの光沢のある柔らかい布が揺れるたびちらりと首筋が見えるのが艶かしい。がっしりした体躯には中年にさしかかる男の魅力を体現したような。


 そう。この美麗の男性は、ダヤンの実父。

 マクロサーバス大公爵その人であった。



『「た......大公来た!!!!なんで!?」』



 母ラシェル以外の全ての屋敷の人間は戦々恐々。


 あり得ない。

 大公自ら次男坊のお見合いに連れ添うなど。


 あり得ない。

 筆頭公爵家の当主なんて雲の上の人だ。

 なにがどうなっているのか。

 屋敷の人間達は思考が追いつかない。そんな事ばかりだ。


 父のアーガストは今にも口から泡を吐いて倒れそうだ。

 兄ハルトも顔色を無くし微動だにしない。

 使用人達もお辞儀をしたまま動けない。


 そんな中ミリアーナは子リスなりに


(これが大人の色気.........おモテになるに違いない!)

 固まりながらも素直な感想だった。



「まあまあ、いらっしゃいませ!遠い所よくお越しいただきました。さあ、まずはどうぞ中にお入り下さいませ。取って置きの美味しいお茶を召し上がって下さいな」

 と母ラシェル。



 こちらは通常営業だった。








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