11.命の保証
侍女が母ラシェルに泣き付く。
「奥様、私無理です。緊張で震えてお茶が飛び散ります~~」
「えー、もうしょうがないわねぇ。じゃあ、私がいれーー」
「母さま。いけません!母さまの入れたお茶をお出しするのはカサナロ家最大の闇に触れる事になーー」
「わたくしがお入れ致しますから奥様とお嬢様は早くお座りになって下さい!」
『 「はーい、すいませーん」 』
侍女長に廊下で叱られた。
すでに簡単な自己紹介を済ませた後、大公様とダヤン様は応接室にお通しした。
(ああああー!緊張する。わたくし何をしたら良いんですの?て、言うか、何を見に来たの?大公様は!顔ですの?体ですの?頭ですの?解らない。モヤモヤしますわーーー!)
わちゃわちゃわ.....。
と、なんだかすっと振り切れた。
(ふう。今ですわ!行こう)
応接室の扉を開ける。
口を一文字に結んだ持ち直した父と、息を吸って吐いてして欲しい呼吸の止まっているハルトが並んで座っている。
上座に無表情の大公とニコニコダヤン。
母とミリアーナは父達の向かい側に座った。
侍女長がお茶を入れ、他の侍女達がそれぞれ配る。お菓子や何故かサンドイッチも用意済み。
(さあ、来いですわ!)
大公が口を開く。
「悪いが、私は一刻しか空いた時間がない。早急に話を決めさせて頂く。良いかな?」
「いっこく?え?」父が驚愕する。
「この度、我が息子のダヤンが、そちらのミリアーナ嬢と婚約を結びたいと。そう言って来た」
「.......はい」
下を向く父。
「どうだ、子爵。よろしいか?」
「.................」
膝上でグッときつく拳を握る。
「ダヤンは今後、魔術を鍛錬し、我が国を担う魔術師になる。魔力の量も申し分ない。そして、それは子孫に受け継いで行かねばならない。子が必要だ。まだ10歳だが後10年経たずとも子は作れる。腹からは多い方が良い」
父はぎゅっと目を瞑った。妾。頭をそれが過ぎる。
「ところで子爵。少しミリアーナ嬢をお借りしても良いかな?」
そう言うと大公様はすっと立ち上がり、ミリアーナの左手をそっと握った。
「え?」
その瞬間
大公とミリアーナは外の庭園に居た。
呆然とした顔をしたミリアーナを大公が覗き込む。
「なるほどな。これは面白い」
大公がにやりと笑う。
「お....面白い?」
ミリアーナは反射的に返した。
「ああ。君は魔力を持っている」
「わたくしが?嘘......」
「だが、その魔力を君自身では使えないようだ」
「なぜですの?」
「素質が無い」
「うぇぇ!」
「魔力を魔術に変換する事が出来なければ術の施行は無理だからな。鍛錬しても無駄だろう」
そこまでキッパリサッパリ言われたら仕方がない。諦めよう。無くても生きていけるし。
「だが.....うむ。これは面白い。私が試してみたいが。いや、そうだな。せっかくの機会だ。これはあいつにやらせてみるか」
そう言うと大公はなるほどなるほどと独り言ちてから
「戻るぞ」と言って、また応接室に飛んだ。
「おかえりなさい」
ダヤンが紅茶のカップに口を付け、一呼吸置いてから訊ねる。
「どうでしたか?ご理解頂けましたか?」
口角を上げてニヤリと笑う。
「ふん。まあ良いだろう。了承しよう。結果を出すがいい。爵位などどうにでもなる」
「ありがとうございます。安心しました」
そのやり取りを呆然としながら見つめる父アーガスト。
何が起きたのか。
目の前から突然娘と大公が消え失せ、そしてまた現れた。
「転移の術ですよ。マクロサーバス家の人間全てが使えるわけではありませんが」
ダヤンがニコリと笑う。
「子爵。私からの結論を伝える」
大公は一旦間を置いてから、こう言った。
「我がマクロサーバス公爵家次男 ダヤン・マクロサーバスに、カサナロ子爵長女 ミリアーナ・カサナロを『正妻』として迎える。異論はお有りか?」
父アーガストは、口の中で大公の言葉を反芻させた。
せいさいとしてむかえる
せいさいとして
正妻?
正妻と言ったか?
頭で漸く理解したとたん、アーガストはガタンとソファから飛び出して叫んだ。
「正妻ーーーーーーー!?」
その瞬間、わっと周りの皆が沸き起こる。
侍女も従者達も父、兄、母が抱き合って喜んだ。
『妾の子は命が軽い』
命の危険があるのだ。
狙われるのだ。命が。家族が。
回避出来た。
娘とそしてまだ見ぬその子孫への公爵当主からの命の保証
それを手に入れた瞬間だった。
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