9.カサナロ領への道
「あ、これお見舞いです。どうぞ」
そう言いながらダヤンは菓子を渡す。
「今王都で流行っているみたいです。僕はこう言った菓子を扱うお店に行った事がないので、よくわからないんですが。女の子はこういった焼き菓子が好きなんですよね?」
「まあ!ありがとうございます!申し遅れましたが、わたくしカサナロ子爵の妻のラシェルと申します。ご心配をお掛けしたみたいで申し訳ありません。良ければお茶を入れますのでどうぞゆっくりしていって下さいな」
ラシェルは自分とあまり背丈の変わらない10歳にしては高身長の少年にお礼を伝える。と、言ってもまだ顔は幼い。瞳は小さい訳ではないが意識して開かれていないのか細いような、感情の読みづらい、そんな顔をしているように見えた。
「お気遣いありがとうございます。ですが日が暮れる前に目的地へ着こうかと思っていますので、また今度。今日お帰りになられたばかりでしょう?お疲れでしょうから。次は先触れよりも後に参りますね。ふふ。不躾失礼致しました。僕はこれでお暇致します」
ペコと頭を下げ、少年らしい笑顔を向け玄関口へと歩き出した。従者がそれに伴い扉を開ける。
彼がふと立ち止まり、クルリと振り返った。
「ミリアーナ嬢。パーティーで言った事覚えてますか?.......。また近い内にお会いしましょう」
そうして踵を返し屋敷を後にした。
カサナロ家の屋敷に静寂が訪れる。
「.................ミリアーナ。君、公子になんて言われたの?」
兄は玄関口を見ながらボンヤリと聞いた。
「えーと。恋しました、とか。今までもこれからも愛しい方はあなただけー、とか。そんな感じですわ」
「いったい何があってそこまでアプローチしてくるんだ」
「わかりません。わたくし、ぶつかっただけですのよ?」
「恋は突然ね?」きらきら
「母さま、なんだか違う気がする。それよりわたくしお腹が空きました。お茶にしましょう?」
「ちょうど良かった。ここにお茶菓子があるわ!」
『「 .................」』
父アーガストは階段上で力尽きていた。
(さて、賽は投げられた)
子爵の顔を思い出すと口角が上がる。
(あれは妾にされるとか思ってるんだろうな)
クックと笑いが込み上げる。
(大丈夫ですよお義父さま。今貴方に嫌われる訳にはいかないんで。邪魔されても困るし。ちゃんと誠意を見せる形にしますよ?逃したくないんです。長期戦になるかも知れないですからね?ああ、なんだか楽しみだ.......)
暗い銀髪の少年がカサナロの屋敷が見えない辺りまで飄々と歩いて行く。
だが、次の足が前に出されようとした時、その姿は一瞬で掻き消えていた。
****
10日後。
漆黒の巨大な金の装飾に所狭しと飾りたてられた6頭引きの豪華な馬車がカサナロ領に入った。厳つさ満点である。
縁談申し込みと合わせて先触れにて本日の到着を伝え、キッチリとした白に脇元で黒に切り替わった銀の刺繍が美しい詰襟を着込み、深緑のビロードの短マントを金の繊細な飾りで肩で留めた姿のダヤンは、馬車内に設置された大きな鏡を見ていた。
「まあ、性格は穏やかですね。攻撃性は皆無かな。領は今 ハサルの花の収益で潤って来ているところ、と言う感じですね。ここ7.8年は土壌も向上しているようで穀物の質も上がっています。この7日ほど観察してみましたが魔術は使ってません。使用人に至るまで魔石の利用のみですね。魔力が無いのは嘘ではなさそうです。まあ、測定の魔道具を使う程でも無いでしょう」
そう言うとダヤンはスッと右腕を振った。すると映っていたカサナロ家の面々が消える。そこにあるのは無機質な元の鏡だった。
「領の収益、ハサルの花のビジネス経営のモジュール化、各種提案、資料は記録魔道具に。後は、何がいりますか?」
カサナロ領は王都から5日の場所だが、ダヤン達は先程王都の屋敷を出たばかりだ。恐らく馬車に乗ってから10分程である。
高度な魔術であるはずの転移の術を馬車ごと易々と施行出来る魔術師は、マクロサーバス家であろうとも片手程の者しかいない。
「.....で、本当の所。理由はなんだ?」
「恋をしたんです。彼女に」
「嘘が下手だな」
「あまりついた事がないので」
「その割には自信がありそうだな」
「可愛いですよ。ミリアーナ嬢」
「妾としてか」
「必要ありませんよ、そんな不確かな存在」
「ふうん?」
「『大事なものは一つ。選択は自分の責任』あなたに教わったと思っているんですが。違いましたか?」
「お話中失礼致します。もう着きます」
と従者が声を掛けてくる。
その声に両者は黙り込んだ。
(.........まあ、良い。宝になるか蛇の皮になるか)
脇に流れる赤い花の咲き乱れる道を男達を乗せた馬車が走り抜けた。
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