8.帰宅と訪問者

 カサナロ領の屋敷に戻ると、子爵は早々に留守の間の業務確認をする為に執務室に消えた。今回のパーティー参加で新たなビジネスの話が出来た様だ。



 ハサルの花がもたらす恩恵は今やカサナロ領に無くてはならない一大ビジネス産業になっている。

 カサナロ以外では育つことは無いが、加工品は問題ない。切り花にすると普通の生花のように5.6日くらいは持つ。その希少価値故に高額で売買されていた。



「母さま、ただ今帰りました!」

「ミリアーナ。お帰りなさい。楽しんでこれた?」


 母のラシェルが迎える。


「ええ!とっても楽しかったですわ。街は広いし綺麗だし、お城もとてもキラキラしていて。王子様にもお会いしました。ハサルの花のお話をさせて頂いたの。食べ物も美味しいし、それからー.........」

「ふふ。楽しかったみたいね?良かった。私のミリアーナは可愛いから、誰かに攫われるんじゃないかとヒヤヒヤしてたの。無事に帰って来てくれて嬉しいわ」


 そう言いながらラシェルはミリアーナの頬にキスをする。


「いや、実は危なかったんですよ」


 ハルトが眉間に皺を寄せて言った。


「え?」


「う、ん。なんと言うか。パーティー会場でミリアーナが、その......」

「えーと。お名前なんでしたっけ?マ。マ.......! マグロサービス?」


 ミリアーナはしっかり記憶していなかった。



「マクロサーバスです。愛しい方?」




 不意に今ここで聞こえてはならない声が後ろの玄関口の中から聞こえた。

 ビクリッと肩が浮き、ハルトとミリアーナの身体が固まる。


「へ?」

「え?」


 恐る恐る2人が後ろを振り向くと、そこには暗い銀髪に菫色の目を細めて微笑む件の少年の姿があった。



「突然の訪問お許し下さい。奥様。おにい様。ミリアーナ嬢」

「僕はマクロサーバス公爵家次男、ダヤンと申します」



 ー早々に囲い込むー



「隣の領に王子より言付けの大事な用事がありまして、僕もパーティーの後直ぐに王都経ったんです」



 ー他の奴に埋もれる前にー



「パーティーの時に体調が優れないと仰っていたので」



 ー俺を見ろ。ミリアーナー



「お見舞いに寄らせて頂きました」



 ー悪いけど、逃がさないよー



「は.................」

 ハルトは思考が停止していた。


「あらー!まあどうもすいません!体調を崩していたの?ミリアーナったら大丈夫?」


 母ラシェルはミリアーナの額に手を置き心配そうに顔を覗き込んだ。



(いやいやいや、母さま。この状況とてつもなく緊張する場面ですよ。いや、僕も頭が整理出来ていない)


 今年15歳になるハルトはミリアーナに似たオレンジ色の瞳を少年に向けたまま頭を巡らせる。


 王都でのパーティーから逃げるように馬車に乗り込んだ。

(なんだあれは?プロポーズ?しかもあろう事かマクロサーバス家?この国一番の筆頭公爵じゃないか)


 まずい。大事な娘が弄ばれるかも知れない!

 と父アーガストが急いで体調不良だと嘘ぶいてその場を逃げ出した。領に戻ってしまえばそうそうイタズラに手は出して来ないだろう、と。


 得てしてこう言った事は貴族の間ではよくある事だった。

 将来の妾候補に唾をつけておくのである。


 下級の貴族子女は高位貴族の魔力を引き継ぐ子を成すために度々犠牲になる。

 決して正妻にする事は無い。


 但し、妾にするには正妻の承諾書が必要になる。

 過去凄惨な殺人が正妻によって繰り返された事からである。自分の子より妾との子が魔力が高い場合単純に許せないらしい。

 承諾書があれば妾の子と言えども正妻は手を出す事が出来なくなる。

 しかしなかなか浸透はしなかった。

 いや、守られなかった。


『妾の子は命が軽い』


 そう言われる時代にあった。



 マクロサーバス家は魔力が高い事で有名だ。魔術師もどこの家系より多く輩出している。拝領も広大で国の防御はこのマクロサーバス家がほぼ手中に収めていると言っても過言では無い。


 ただ、魔力が高い故に成長途中で魔力過多症になる子がほとんどで、乗り越え制御出来るようになった者は王家からも宝のように扱われる。


(その、マクロサーバスの次男?なぜ?ミリアーナは魔力も無いカサナロ家のただの子爵の娘だぞ!用事って?王子の用事ってなんだ?そんな都合良い事あるか?僕たちは今領に帰ってきたばかりだぞ?あの後直ぐに追いかけてきた?まさか!いくらなんでも無理だろ、、単身で?......妾候補にする為に?いくら妹が可愛くて可愛いくてかわい....いからって.................。いや?可愛いからか?)


 兄ハルトはちょっと混乱で思考が追いつかなくなっていた。



「なんの騒ぎだい?」


 父のアーガストが二階の執務室から出て来て玄関ホールに目を向けた。

 そして階段上からあの暗い銀髪の頭をした少年の存在を確認する。


(まさか!)


 父アーガストは膝から崩れ堕ちそうになるのをぐっと堪える。


 高位貴族、それも筆頭公爵家

 可愛い娘。愛しい妻との子供。

 幸せになって欲しい


 惜しみなく愛情をかけ育てて来た、まだ幼い娘を思ってアーガストは奥歯を噛みしめる。


 逃れる術は無いのか。その方法を必死に考えるが今は出てこない。


 その時暗い銀髪の少年は階段上を見上げてにこやかにこう言った。





「近い内に我が公爵家より正式にご挨拶させて頂きますね.................カサナロ子爵公」


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