6.囚われる

「ああ。魔力が.....高い。いや、違うか。なんて言うか、膨大?底が見えない。そんな感じ」

「いやいやいや、待てよ!カサナロ家は魔力保持者はいないんじゃ無いか?勿論ちゃんと調べないとはっきり言えないけどさ。そんな魔力がある人物なら普通は放置されないからな!お前だって知ってるだろ?魔術師になれる可能性がある奴は王宮機関に囲い込まれるの」

「ああ。俺もガチガチだしな」


 ダヤンはふらっと窓際まで歩き出す。

 どこに居ても誰と居ても、何をしていても監視されているような魔力の淀み。常に自分に纏わりつく目、耳。


 一度気づいてしまえばもう駄目だった。


 魔術書を読み漁り、誰に師従する事なく 攻撃魔術以外の隠蔽・遮断・反射・防音・防御・転移、その他補助系の術を自力で取得してしまった。逃れる為に。



 今も絶賛 防音、遮断の術を施行している。

 これを覆すには術を行使している魔術師より力のある者しか出来ない。

 つまりダヤンよりも強力な魔術を行使出来る魔術師はここには居ない、と言うことになる。


 齢10歳でダヤンは最強の魔術師の称号に誰よりも近かった。


 しかし、魔力量に関してはまだ子供の域を出なかった。体の大きさではない。練度の問題である。


 自分の中の魔力を最大に凝縮させるには時間が必要であった。それこそ何年もかかり、自分の限界の魔力量を理解し、溜め込む。余分な魔力は放出する。

 そうでなければ魔力過多症に陥る危険があった。

 魔術師に付き纏う体内の魔力内包量の限界の問題。解決は難しい。


 放出した魔力は魔石に一時的に込める事が出来るが、どんなに長くても2~3日ほどで霧散してしまう。

 ただ、簡単な特定の術を施した魔石は少ない魔力でも充分利用出来た。


 例えば小さな火種を作る。コップ半分の水を出す、などだ。この程度であれば二週間ほど継続して同じ魔石で事足りる。ささやかな術ではあるが、術を使えない国民には必要不可欠な便利な道具であった。




「本当にそんな魔力を持ってるなら魔力過多症になってなきゃ説明できないじゃん。うちの国は特に魔力過多症が多い。生まれてすぐ突然死するのも8割それだし。大体どうやってそんな膨大な魔力を放出してんだよ」

「だからだよ。普通じゃないんだ」


 ダヤンは考え込むようにレジンの前まで戻り、向かいのソファに腰を下ろす。


「側にいるだけじゃ全くわからなかったんだ。でも直接肌に触れると魔力が渦巻いて溢れ出すように感じたんだ」

「いつ触ったんだよ.......」

「.........そこ?」


****


 パーティーには公爵家の人間として普通に入場した。貴族である以上必要な仕事だ。公爵家として挨拶も済ませた。仕事は終わった。


 適当なところで隠蔽の術を使いお開きまで時間つぶしに王宮の図書館へ向かおうとした時、ふと赤い花が目に入った。


 真紅の星の形の肉厚の花弁が4重に重なった大きな花だ。しかも沢山。ブーケに設えてあるようだが、持っているはずの人物が見当たらない。


 ヒョコヒョコと上下に揺れながら目の前まで来るのをただボンヤリと眺めてしまった。


 はっと気づいた時には遅かった。その花は何の戸惑いも無くこちらに突っ込んで来た。


(しまった!隠蔽の術を掛けていた!)


 ボンっと音がするようにブーケがクッションになりふわっと薄いミルクティー色の髪が浮いていた。咄嗟に手を伸ばしブーケごと抱えた。


(軽っ!ん?なんだ?あ、たたかい?いや....)


 女の子の背中に添えた手に何かふわりとした気配を感じた。今日はそんなに暑くない。いや寧ろ少し肌寒い。


 一瞬不思議に思って固まってしまった。じわじわと染み込む様だ。


(何だ?)


「あ、あのあの、すいません。わたくし気付かずにぶつかってしまいました!」


 不意に可愛らしい女の子の声が聞こえる。


 はっとして、抱えていた斜めになっている体を起こしてやる。その際に肩に手を置いた親指が首に近い彼女の肌に直接触れたその瞬間


『ズァッ』



「ぐぅ.................ぅ」

(なんだ!なんだこれ!!ま、魔力?深い!)


 ダヤンは今まで味わった事の無い、他人の魔力を肌で感じる感覚に驚愕した。

 一度離した指を眺め、確認するように彼女の少し見えていた頬に手を伸ばす。


 そして。そして........


 その心地良い魔力に


 トロっと

 蜂蜜のような

 それでいて暖かくて

 いつまでも浸っていたい

 底の見えない只々深い

 甘い穏やかな川の流れのような


 一瞬にしてその魔力に囚われてしまった。




 その後彼女はまたヒョコヒョコとレジンの居る方向に歩いて行く。


 ダヤンは再び隠蔽の術を自身に掛け、レジンの横に立つ。


 そこで初めて彼女の容姿をマジマジ見た。

 彼女はレジンに挨拶をし、ハサルの花について説明をしていた。

(そう言えばいつからハサルの花は特産になったんだっけ?)


「きっとハサルの花はカサナロが好きなんですのよ!離れたら悲しくて悲しくて枯れてしまうのですわ」


(! こ、これは。この子リスめ!ほら、周り見ろ。駄目だろ。無自覚か)

「.........こらこら.....ヤバいな」


(日を空けると多分埋もれる。やるなら今しかないな。柄じゃ無い。柄じゃ無いけど.....なんでこんな事俺が)


 額に手を当ててしばらく考える。


(でも。きっと離してはいけない。逃がしてはいけない。そんな気がするんだ)









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