第37話 はじめての長期休暇(3)

 学期末試験は無事に終了した。必修科目の多くは記述試験と実践試験、選択科目の薬学基礎などは実習形式のレポート提出だった。

 最終登校日はホームルームで終わりだ。詳しい成績結果は後学期の初めに配られるが、必修科目の補講に引っかかる生徒は今日言い渡されるのだ。


「それじゃあライラさん、また新学期に。夜会などでお会いすることもあるかもしれませんね」

「そっか夜会……そのときはよろしくね。またねぇ!」


 休暇に入りどこか浮き足だったクラスメイトたちが次々と帰っていく。ライラとレオナルド、キャロンが教室にとどまっているのはエリックを待っているからだ。先日三人だけでデヴォンの研究室に行ったことを話すと大層いじけられたのである。仲間はずれにしたつもりはなかったけれど、確かにそうとも取れるなと反省した。


「ライラ、社交界復帰しますの?」

「ん……ぜんっぜん頭になかったけど、学園に入学した時点で、社交界に顔を出さない理由がなくなったことに今気付いた」

「ってことは出るのか?」

「ん~……父様や兄様たちからは何も言われてないから、出なくてもいいんだろうけど。私に甘いから黙ってるだけで、本当は出た方がいいのかもしれないと思ったり」


 父は毎年いくつかの夜会に出ており、兄たちは最低限で顔を出しているはずだ。


「有力な魔族が集まる夜会や昼食会でしたら、私はほとんど全部出席する予定ですの。ライラがどこかに出るのであれば教えて欲しいです」

「ファルマスたちが許すのなら、どこでだって俺がエスコートする」

「……あなた、そんなにどこでも入れますの?」


 ウォーウルフ家は魔界でも実力者として名を馳せる家系だが、爵位は持っていない。夜会のなかでは、どれだけ有力者であろうと、爵位持ちでないと入れない排他的なところもあるのだ。


「んー。たぶん大丈夫」

「へぇ……そうですの」


 レオナルドが大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。ウォーウルフ家は謎が多い一族でもある。


「レオにエスコートしてもらえるのなら安心だね。壁の花にもならずにすみそう」

「変な虫がつかないように、ずーっと貼り付いていそうですしねぇ」

「ははは」


 レオナルドは特に否定しなかった。ライラとしては、ずっと一緒にいてくれるのならば有り難いことこの上ない。


「ちょーっと待ったァァァァァ! ライラが夜会に出るって? まじ? エスコートがレオナルドとか無理でしょそこは俺でしょう!」


 ザザザザァ……とエリックが勢いよく駆け込んできた。ばん、とライラの机に手をついて覗き込んでくる。


「えっと……どうして?」

「あーいう場所慣れしてんの俺かフォレストさんでしょ? だいたいレオナルド、踊れるのかよ」

「ヨユー」

「えっ、あ、そう。でもさぁ、こんな厚顔不遜な感じで行ったら遠巻きにされるでしょ?」

「あ、私べつに社交に混じりたいわけじゃないから、むしろウェルカム……」

「あっ、そう……」


 エリックはみるみるうちに力をなくし、肩を落とした。キャロンはその肩にポンと手を置き、同情に似た慈愛を浮かべる。


「ふふ……私が一緒に出てあげてもよろしいですわよ? そのときはキャロンってお呼びくださいね」

「フォレストさ……キャロンさんは、エスコート相手決まってんじゃないの? 色々と」

「そうでもないですわ。これまでは従兄弟が多かったのですけど、このシーズンはお兄様になると思いますの。それまでお兄様の相手はお姉様でしたけど、つい最近ファルマス様と付き合い始めましたから」

「ファル兄、夜会とか嫌いだろうけど、メルヴィア先輩と一緒に出れるんならウキウキして出るんだろうなぁ」


 顔を出すだけ出して早々に退散し、部屋に連れ込んでイチャイチャするかもしれない。まぁいつもしているのだけれど。


「……キャロンさん」


 エリックが沈んだ声でキャロンを呼んだ。痛ましいものを見る顔つきで、口を開いたり閉じたりする。


「ええと……人間界にさ、美味しいショコラの店があるんだよね。俺の家に人間界へのゲートもあるし、休暇中に食べに行こうよ」

「なんですの突然デートみたいなお誘い……アッ! あなたも私がファルマス様に恋い慕っていると勘違いしているクチですわね! 違いますから!」

「あれ、違うの?」

「違います!」


 エリックが確認の目配せをしてくるので、ライラはしっかり頷いた。レオナルドも勘違いしていたが、キャロンのそれは恋ではなく憧れである。


「……なーんだ」

「あらぁ? じゃあデートは無しですの?」

「いや? キャロンさんがいいのなら行こうよ。ライラのとこと同じで俺の家も人間界で基盤つくってるんだけどさぁ、地域が違うから面白いと思うよ。デートらしく、ちゃんと計画も立てるからさ」


 まさか『行く』という選択肢が返ってくるとは思わなかったのか、キャロンは虚を突かれたようだった。一拍おいて、顔を伏せる。


「あ、の、はい。そうですね、ショコラは私も好きですわ。ライラと一緒に日本には何度か行きましたが、他の地域はそれほど知りませんし……よろしくお願いします」


 たぶん照れているのだろうな、とライラは思った。こういうとき、エリックはまっすぐである。

 皆で北嶺に行ったあとから、キャロンとエリックの仲は少しずつ変わっていっている気がする。二人のあいだで通じている信頼のようなものを、ライラはひっそり見守りたいと思っている。


「四人で夜会に行ったら楽しいかもしれないね」

「そのときは、ファルマスたちの許可を得るチャンスはくれ」

「ライラほんとに実現しようね? キャロンさん、俺がパートナーでよろしく」

「ええ、もちろんですわ」



       ○



 デヴォンの研究室には四人で行った。迎えてくれた先生の開口一番は「もしかして教授棟の通行許可証、もう一枚いる?」であった。話が早い。


「よろしくお願いします先生」

「いいよ~。そっか、トゥーリエント家とバーナード家は親交があったよね。君たちもそこそこ仲良いんだ」

「幼馴染みなんですよ」

「幼馴染みね~甘酸っぱい響きだよねぇ」


 デヴォンはふっと目元を和ませ、目線を下に落とす。どこか遠くを見ているようだった。


「ウォーウルフ君はぁ苦いのがいいんだっけ? エリック君もそうするよ?」


 前回来たときと同じように、デヴォンが指揮棒を振るように腕を動かすと椅子が四脚現れた。白と茶色のマグカップが二つずつ、宙に浮きながらコーヒーが淹れられていく。デヴォンの指がぱちんと鳴り、机の上に豆大福が四つ置かれる。


「ライラちゃんの髪と爪の話だけれどね、特に何もなかった。俺としてはぁ、自由に扱えるはずの魔力を身体強化にあててるんじゃないかと予測してるんだけど……次は皮膚を貰いたいなぁと思ってる。臓器とか筋肉みれたら早いんだけどねぇ」

「さらっと臓器とか言う……」

「体と切り離したら駄目なのかな、髪には魔力がなかったよ。爪は若干あったかなぁ。とは言え、ウォーウルフ君の髪や爪には桁違いに魔力が含まれていたけど」


 へぇ、と片眉を上げたレオナルドに、「僕のものよりあったよ」とデヴォンは付け足す。


「少しずつ、調べるパーツの範囲は拡げるよ。涙とか、口内の粘膜とか、ライラちゃんが許せばだけど」

「それは大丈夫です、あんまり痛いのは嫌ですけど。先生、このコーヒーも美味しい」

「アリガトー。んで体を触ったり、その状況下で魔術使ってもらったりもしたいけど」

「はぁ。必要なことなんですよね?」

「マ、そうなんだけどぉ。保護者や彼氏面男が怒らない?」


 デヴォンが首を傾げて見るのはキャロンやレオナルドである。


「彼氏面って俺のことか?」

「他に誰がいますの」


 しらっと返したキャロンに、レオナルドは相好を崩した。


「……それは、俺が彼氏っぽく見えてるってこと?」


 ライラをはじめ、一同は沈黙した。ふだん精悍なレオナルドは、たまにこうやって少年のような顔をみせる。


「待って? ライラちゃんとウォーウルフ君ってほんとに付き合ってないの?」

「付き合ってないんですのよ先生」

「彼氏面男って皮肉で合ってます先生」

「えー……? そんな楽しい状況を続けてんのこの子たち?」

「「ねー」」


 デヴォンとキャロン、エリックが好き勝手言っている。ライラはにこにこしているレオナルドから目が離せなかった。この狼は――ふいに、めちゃくちゃ可愛くなる!


「えーとぉ、だからマ、基本的に三日おきにここ通うって感じでいいかな。時刻は朝十時頃ね」


 了解です、とライラは頷く。


「ハーイ質問。せんせぇのこの研究室にある本とか資料、勝手に見てもいいっすか」

「棚に置いてある分は見てもらっても構わないけど」


 許可を得たレオナルドは嬉しそうだ。研究者気質なところがあるのでデヴォンとは気が合う面もあるだろう。


「それでは皮膚採取、お願いします先生! ナイフで剥げばいいんですか?」

「だから物騒なんだよねライラちゃん……」

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