第32話 番外編:「こんにちは、ぼく、前の席の猫又です」
みなさんこんにちは。これは入学してから今日に至る、僕の独り言です。
誰だって話ですよね。一回生で実力者として注目されているレオナルド・ウォーウルフ君の前の席に座っている者です。隣にはこれまた有名なキャロン・フォレストさんが座っています。
えっ、そんなところに誰か座ってたんだ!? って感じですよね。僕もそう思います。
名前はミツキといいます。本来は『三月』と書きます。猫又なんですよね僕。魔の者だけど魔族ではないんです。もっと詳しく言うとあやかしになります。百年前だかに繋がった別の異界出身です。隣のフォレストさんは大猫族らしくて、勝手に親近感を持っていたりします。
斜め後ろにはライラ・トゥーリエントさんが座っています。淫魔(と人間の半魔)らしいのですが、淫魔らしくない方です。だってこう、淫魔の皆さんって……近づきがたい雰囲気というか吞まれそうというか、色気とか妖しげな感じがすごいじゃないですか。同じ異界出身だと、ソッチの意味で本気になった妖狐の皆様と似たところがあります。
ライラさんは可愛らしい方です。気さくで喋りやすくて、浮世離れしたポヤポヤ感があります。
最初、レオナルド君がライラさんに宣戦布告のようなものをしたときは、どうなることかと思いました。何故、彼の前の席なんだろうと席を決めた教師陣を恨みました。とにかくめちゃくちゃ怖かったので。大狼族は戦闘特化した種だと聞いてはいましたが、ここまでビリビリくるものだとは思いませんでした。僕もそこまで弱っちいわけじゃないんですけど、レオナルド君のは桁違いです。
ライラさんは可哀相でした。青ざめてショックを受けたあと、何かを諦めたように自嘲したのです。それを見たのは僕だけだったかもしれません。
レオナルド君は悪い奴ではありませんでした。魔力オーラがエグいけれど、優しい奴でした。案外世話焼きな方です。淫魔に対して何かがあるんだろうなということは薄々分かってきました。
二人の間に何があったのか分かりませんが、いつの間にかライラさんとレオナルド君は仲良くなっていました。なんというか、レオナルド君がどんどん過保護になっていっていました。その気持ちも分かります。ライラさんってどことなくフワフワしてるんですよね。しかもあのデヴォン先生に執着されています。合掌、って感じです。
レオナルド君は案外、分かりやすい男でした。友情以上の矢印がライラさんに向いていることは、前の席にいる僕はすぐ気付きました。これは面白くなってきやがった……! と僕は思いました。
しかしライラさんは全く気付きません。面白いですね。レオナルド君はキャロンさんに遊ばれたりマウントを取られたりしています。このキャロンさん、絶対に敵に回してはいけないタイプです。
そう。最初は恨んだこの席ですが、今や感謝しています。面白いのです、この三名!
たまにやってくるエリック・バーナード氏も忘れてはいけません。彼はキラキラしている淫魔です。ライラさんの幼馴染みだそうです。最近はキャロンさんと仲よさげにしています。二人に恋愛感情はなさそうですが、なんとなく、お似合いの二人だなぁと僕は思ったりしています。
ある日から、レオナルド君は方針を変えたようでした。痺れを切らす、という表現がしっくりきます。ライラさんに対して、分かりやすく口説くようになりました。それくらいしないとライラさんは分からないだろうからです。僕も、クラスメイトも、心の中で大きく頷きました。
彼は押すところと引くところが上手いと思いました。ああこれが狼の狩りなんだな、と、僕も今後の参考にしようかと……あ、レオナルド君だから上手くいくって? そうですよね、ハイ。
赤くなって狼狽えるライラさんは可愛いです。クラスメイト全員が、彼女のことを年の離れた妹のように……思っている節があります。『はよぅくっつけ!』という思いと『面白いからもうちょっと引き延ばしてほしい』という希望が交錯しているのです。僕ですか? 僕は……後者かな。
しかし、僕なら、あんなに強くて格好良くて顔も素晴らしく良いレオナルド君に迫られたら三秒で陥落します。ライラさんは何故あの顔面に耐えられるのだろうと思いましたが、それは彼女の兄様たちを見て納得しました。二人とも、僕たちの教室にやって来たことがあります。
まず、三回生のファルマス先輩。体格の良い美丈夫でした。なんだか大らかで優しそうな雰囲気で、僕の淫魔イメージがまた揺らぎました。そしてやっぱり顔面の力は強すぎました。クラスメイトたちはメロメロになりました。
そして、四回生のアルフォード先輩。美しい淫魔でした。なんていうか……美しさは暴力! って感じでした。クラスメイトたちは……なんでしょうか、時間が止まった? 今僕たちは何をしていた? って感じで……ぼーっとしちゃうくらいには刺激が強かったです。お兄様が教室を出ていってから腰が砕けた魔族も少なくなかったです。お兄様のクラスメイトたちは大変だと思います。時間が経てば慣れてくるんでしょうか。
あんな二人と一緒に育ってきたのなら、イケメンへの顔面防御力が高いわけです。デヴォン先生の蜘蛛の糸にも引っかからないわけです。あ、蜘蛛の糸というのは先生による誘惑イメージです。ほんとに怖いですあの先生。
ライラさんにもかなり非凡なところがあります。彼女の扱う魔術は――えっと、魔術なのかな?――規格外というか、おかしいのです。教科書どおりの魔術は下手なのに、魔術そのものに対抗する力は凄まじいものがあります。本人もよく分かっていないところが不思議です。どうなってんだろうねトゥーリエント家って。
「ミツキくん、次の植物学、一緒に行こー!」
「あッ、うん、ライラさん」
そうです。僕、偶然ライラさんと同じ選択授業を取っていたので、最近は一緒に受けているのです。
「ライラ、またあとでな」
「うん」
ライラさんの頭をくしゃりと撫でながら、レオナルド君は教室を出ていきました。
レオナルド君は魔術構築学だったかな、字面から難しそうな授業を取っています。他のぶんも聞いてみると、一回生はあまり取らないものばかりでした。なので必修以外で僕やライラさんとかぶっているものはありません。たまに、羨ましそうに僕を見ているのは気のせいではないと思います。
ライラさんは撫でられた頭を手ぐしで直しました。少し俯いた横顔はちょっぴり恥ずかしそうにしています。
絶対絶対意識してんだよなぁ……!
と、いつも僕はどきどきしながら見ているのです。ライラさんは、レオナルド君が見てないところで結構顔に出ています。この顔をレオナルド君は知らないというのが、ほんとオイシイなと思っています。
以上、僕の推したちの話でした。
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