第2話 最悪で災厄のデストロイヤー誕生!

 涼花の意識が覚醒する――

 しかし、瞼は開かなかった。心なしか少々肌寒い気もする。

 誰かの手が自分の身体を撫でるのが分かった。人肌がこうも心地良いとは想わなかった。看護師か誰かだろうか。

 次第に瞼も開く様になってきた。しかし、まだ視界は眩しく白んだままで、周りが上手く認識できない。

 涼花は手の主に「誰?」と聞こうとして口を開いた。

 しかし思い通りに喉が動かず、涼花の口から出た言葉は――


「ぁぶぅ……」


 涼花は混乱した。




       ◆




 何度試しても、やはり「あぶぅ」か「ぁぎゃあぁぁぁ」しか口から出てこない。

 しかし先程より視界は開け、辛うじて動く眼球を稼働範囲いっぱいまで使えば、周囲の様子をうかがい知る事が出来た。


 ――どうやら私の居る場所はベッドのようね。


 時折綺麗な女性と男性が覗き込んできては、涼花に何か言葉を掛けていた。


「可愛い女の子でしょう?」

「ああ、君に似てとっても美人さんだ。家で待つジークハルトも喜ぶだろうな」


 涼花は「ん?」と心の中で首を傾げた。 

 ジークハルト――涼花にとって聞き覚えのある名前だった。しかも一度や二度ではない。


「ねえ、この子の名前なんだけど……『スフィア』ってどうかしら?」

「いいね、美しい響きだ! ……スフィア、か。きっとこの子は美しく育つよ。一男一女に恵まれ、レイランド家は安泰だな」


 涼花は口を引きつらせ(ようとしたが、筋肉は動かなかっ)た。


 ――薄々感じてはいたけれど、これはもしかして……。


 ジークハルトを兄に持つ、レイランド家のスフィア――それは『100恋』のヒロインのプロフィールと全く同じだった。

 まさかとは思いつつも、涼花は微かに動かせる手を顔の前まで運ぶ。視界に入った饅頭みたいに丸い手の甲には、薄紅色の葉が二枚重なったような痣があった。

 それは、ゲームの中のヒロインにもあった痣と同じ形をしていた。 

 転生したのだろうなとは思っていたが、まさか異世界どころかゲーム界に転生していたとは思いも寄らなかった。


 ――しかも『100恋』の世界!? しかもヒロインとかっ!!


 そこで涼花は重要な事に気付いた。 

 100恋の世界ならば『彼女』がいるはずだった。


「あぅぶぶぶぁッ(アルティナ様ッ)!」


 ここがゲームの世界だというのなら、彼女も間違いなく同じ世界に存在しているという事だった。

 平面でも、中身が綿でもない体温のある同じ人間として。

 出来る事なら今すぐアルティナに会いに行きたかった。

 しかし涼花は今、生後間もない赤ん坊であり、自由に身体を動かすのもままならない状況だった。


「ぶぶぅ(もどかしい)……」

「……さっきからこの子、変なタイミングで泣くわね」

「と言うより、これは泣き声なのか?」


 まさか自分の生まれたばかりの赤ん坊の中身が、立派な成人女性だとはこの両親も思うまい。


「そうだ! 子が生まれたらすぐ知らせるようにって言われていたんだ」

「どなたにですか?」

「ヘイレンだよ。ヘイレン国王陛下……」

「そういえば、陛下とあなたはお友達でしたね」


 その言葉に、涼花はとゲームのシナリオを思い出した。


 ――そうよ! グレイ王子から言い寄られる事になった原因は、ヘイレン国王と親友の父親が、幼いスフィアを悪戯に王子に会わせた事がきっかけだったわ!


 きっとこの世界は、ゲームのシナリオを踏襲するのだろう。

 それはつまり、今後自分スフィアは百人の男達に言い寄られ、愛するアルティナには憎まれ、最後には彼女を、自ら「ざまぁ」しなければならないという事だった。

 ゲームの時点で苦行だったのに、生身の彼女相手にそんな事したら、きっと精神が死んでしまう。苦行どころの騒ぎではない。地獄行だ。


「あら? 何か、この子震えてない?」

「きっと寒いんだろう。掛けている布団を温かいのに変えてやろう」


 またも父親の言葉に涼花はと気付く。 


 ――そうよ。自分も同じ世界に居るのならば、反対にやりようも有るというものよ!


 運良く転生でゼロスタート。

 これがもし転移だったらば、大人の男達――しかも百人――をまともに相手しないといけないところだったが、転生ならば求婚される年齢になるまで猶予がある。

 年頃になる前に、自分に向けられる予定の全ての恋の芽を刈り取ってしまえば良いのだ。


「ぁぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 涼花は笑った。


「待って、この子笑ってる」

「笑ってる…………のか? コレ」


 常々アルティナには幸せになって貰いたいと思っていたところだ。

 彼女が幸せになる様に――想い人と添い遂げられる様に、自分に言い寄ってくる男達は全て排除しておこうと涼花は決心する。


 ――そうすれば、きっと世の男達はアルティナ様を好きになるはず! いや、なる!! だってあんなに美しく気高く、おまけにツンデレなんだもの。美味しいわ!!


「ふぃっあうぁぅあぎゃぁぁ!! (待ってて下さい、アルティナ様ァァ!!)」

「あらあら、次は泣き出しちゃったわ」

「めまぐるし過ぎる……しかし、こんなに感情豊かなんだ。きっと、この子は天真爛漫な子になるだろうね。そうして国の男達を虜にするんだろうな。きっと泣く男も多い事だろう……あっ、想像したら僕も……」

「もう、気が早いわ。ふふっ」



 ――朗らかに笑っているところ、ごめんなさい。お父さん、お母さん。あなた達の子は本来ならば期待通りモテモテになるはずでしたが、中身が私だったばかりに、皆違う意味で泣く事になるでしょう。


 涼花は100恋のヒロイン『スフィア』として生きる事を、アルティナを幸せにすることを強く誓った。


 ――愛する彼女の為に、私は全身全霊でシナリオを改変します!!




「びぇっえっえっ!」

「あら、また笑い出したわ」

「……ちょっと、父さん心配になってきたよ」


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