ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~
巻村 螢
第一章 ヒロイン転生したので、フラグを破壊したいと思います
第1話 恋に落ちた日
ある日
彼女は小さかったが、涼花の目を惹き付けるには十分だった。
彼女があまりにも美しすぎて、涼花は他のものになど目もくれずに、彼女を掴んで走った。
そして白い台の上に彼女を押し付けた。
気が急いていたせいで少し乱暴になってしまい、彼女は小さく台の上で跳ねる。
涼花は興奮に上擦る声でこう言った。
「これっ! 下さいっっっ!!!」
彼女の顔の下には、こう記してあった。
――『100人の彼と100の恋☆乱舞』
涼花は乙女ゲームに出てくる令嬢「アルティナ」に恋をした。
◆
広くもなく、狭くもない部屋。
この六畳ちょっとの空間が涼花の理想の世界だった。
壁一面に乙女ゲーム『100人の彼と100の恋☆乱舞』――――通称『100恋』のキャラクターであるアルティナが所狭しとひしめいている。
右を見ても、左を見ても目に入るのは麗しいアルティナばかり。
「何って幸せなの……こんなに沢山のアルティナ様」
涼花は綿の詰まったアルティナを抱き締め、ベッドの上で甘い溜息を漏らした。
「けど、やっぱりグッズが少なすぎだわ……殆ど自作だし」
不満げに眉をひそめ、手にしていたゲーム機の電源を入れる。
画面にはゲームタイトルと一緒に、見目麗しい山程の男達が現れる。
適当にゲームを進めていけば、イケメンキャラの一人であるグレイ王子が話し掛けてくる。
このゲームをやり込んできた自分にとっては、好感度の上がる選択肢など攻略サイトを見るまでもない。新キャラでも一言二言会話を交わせば、どんな答えを望んでいるのか手に取る様に分かる。
というか、好感度を上げる事など当初より目的にない。
「乙女ゲームの楽しみ方、間違ってる気がするけど――」
間髪入れずに最低好感度の選択肢を選ぶ。
案の定、グレイ王子は頬を赤らめる事も、歯が浮く様な台詞を言う事もなく、デフォ顔で「じゃあな」と言って早々に消えた。
要らんスチル回収などに精を出している暇はない。
そして次に画面に現れたのは――
「ッやぁぁぁぁぁん!! アルティナ様~ん! 可愛い! すっごい麗しい! 貴女様を形容する日本語が存在しませんんん!!!」
ベッドの上で綿入りアルティナに顔を埋め悶える涼花。
「このまま画面フリーズしないかな……でもストーリー進めれば、もっと違った表情のアルティナ様が見られるかもしれないし……」
しかし画面の中のアルティナの台詞は辛辣だった。
それもそのはず、涼花のプレイする主人公は、山程のイケメン達を誰一人として取りこぼす事なく虜にする侯爵令嬢なのだから。
つまりは、逆ハーレムの主ぬし。
「あまりに興味無さ過ぎて、名前もデフォのままだわ……」
画面の向こうではアルティナが「調子乗ってんじゃないわよ! ブススフィア!」と中々の罵倒文句を叫んでいた。
ゲームの設定上、どの男を選んでも必ずアルティナの想い人になる。
そりゃ、想う男想う男全員片っ端から主人公に取られていたら、罵詈りたくもなるだろう。
「それでも諦めず次の男を探す胆力と執念が……ほんっっっと、好き!」
切れ長で気の強そうな目元。天女の羽衣の様に柔らかく波打つブロンドの髪。着ているドレスは気位の高さが窺える真紅。
男の前ではフランス人形の様にうららかに微笑む彼女が、ヒロインの前では感情を露わに悪口を吐いている。
きっと裏では好きな男の為に並々ならぬ努力をしているに違いない。
「健気だわ~~」
涼花はまたもうっとりとした息を漏らす。
「どうして攻略対象に彼女がいないの……今の時代、性は割と自由なんだから裏ルートの一つや二つくらい作りなさいよ。全く……」
せめて、最後には友情が芽生えた等となって欲しいものだが、そんな事このゲームの中では絶対にありえない。
――だって、私が恋したアルティナ嬢は『悪役令嬢』だから。
ストーリーの最後は『ざまぁ』がお約束。
「愛する人を自分の手で、積極的に不幸にしなきゃいけないって、とんだ苦行だわ……まあ、もう慣れたけど」
枕元に落ちているパッケージには『100人の男と100の恋☆乱舞4』と書いてあった。
◆
「さってと、新作も買えたし! 早く帰って早くアルティナ様に会わなきゃ」
涼花は待ちきれずに袋の中からソフトを取り出し、そこに描かれた彼女の姿に頬を緩める。
「アルティナ様のドレスも新作だぁ! ただの緑のドレスなのに、エメラルドレベルの高貴さ~! 本当尊みが上限超えてるわ」
赤になったばかりの信号を待つ時間も惜しく、横の歩道橋にコースを切り替える。
心の小躍りに合わせて無意識に足も跳ねる。
「早く! 早く!」
後は階段を下るだけ。
眼下に見える横断歩道の信号はまだ赤のままだった。涼花は心の中でガッツポーズをする。
鼻歌混じりに階段を踏み出した――が、その足が階段を踏む事はなかった。
涼花は雪山を滑走するが如く、けたたましい音と共に後頭部を強打しながら、悲鳴を上げる余裕もなく滑り落ちた。
朦朧とする意識の中で、カメラの音と騒然とした人の声と遠く微かに鐘の音を聞いた。
――なんだか、100恋のゲームオープニングみたいな音……。
そんなことを思いながら、涼花は手の中に残ったプラスチックの感触に安堵し、浅い息を吐いた。
――あ、良かった。アルティナ様は無事ね……。
重くなる瞼に任せ、涼花は目を閉じた。
――鉄臭い……。
それが涼花が最期に吸った空気だった。
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