第12話

 ヒカリさんの突然の提案に、俺たちの時間が止まったようになってしまった。

 とりあえず、俺がまず口を開かないとダメ?


「えーっと……。モモカさんは受付……ですよね?冒険者なんですか……?」


 俺は戸惑いながらもそう尋ねる。


「えーっと……。そういう反応になりますよね。はい。私は、1ヶ月前まで冒険者でした。ただ、その冒険者パーティーを辞めさせられまして。それで先輩に相談したところ、ギルドで働くことを勧められまして……」


 モモカさんもクビ仲間だったのか!

 いや、クビ仲間って言い方はどうかと思うけど。


「えーっと、でも、今は冒険者ではないんですよね。え?モモカさんは冒険者に戻りたいんですか……?」


「え……?今は、仕事が充実しているので、このまま続けたいと思ってますけど……」


 それなら、俺のパーティーに誘うのはどうなんだ?

 それに、そもそもギルドの仕事を勧めたのはヒカリさんなんだよな?じゃあ、何でこんなことを……?


「みんなの戸惑いはよく分かるんだけどね。私は、冒険者として役立つユニークスキルを持っているのに、それを使いこなせない人のことが見ていられないの」


 そう言って穏やかな表情になるヒカリさん。


「あの頃のモモカちゃんは、冒険者への不信感もいっぱいで。すぐに別のパーティーを見つけることを勧めても受け入れるとは思えなかったの。だから、ギルドの仕事をして、冒険者のことをよく知れば気持ちも変わるかも知れないと思ってね」


 ヒカリさんの気持ちは分かる。

 俺とユイを結びつけたのもそういう思いがあってのことなんだろう。


「あ、あの、私たちは、モモカさんのスキルがどういうものかもよく知らないんですけど……」


 ユイがそう言い出す。あぁ、考えてみたらそれもそうだ。冒険に役立つユニークスキルってヒカリさんは言っているけど、実際どういうものなんだ?


「あぁ、その説明をしてなかったわね。けど、2人ともその効果は、もう、昨日見てるのよ」


 昨日……?何かあったっけ……?

 俺は昨日あったことを思い出す。昨日は、ユイとパーティー解散するって話をしながらここに来て。それから、ダンジョンに行くことにして。うーん。けど、あの時は別にモモカさん近くにいなかったよな。

 近くにいたときというと、その後、帰ってきてから、骸骨将軍スケルトンジェネラルの出現について話をして……。そのとき何か特別なことあったっけな……。


「あ、もしかして、ヒカリさんとモモカさんが冒険者同士のケンカを止めに入ったとき……!」


 ユイが何かに気がついたように声を上げる。

 あぁ、そんなことあったな。そういえば。

 だけど、あのとき何かスキルを発動してたような素振りあったかな……?


「あのとき、ケンカをしていた冒険者同士が殴りかかったんですけど、お互い痛そうじゃなかったんですよ。気づきませんでした?コウヘイさん」


 ん?そうだったか?

 そんなような気もするけど、全然覚えてない。


「よく見てるな。ユイ」


「いやー、ケンカとか、ちょっと興奮するじゃないですか。どうなるんだろうなと思ってたら、何にも起きなかったからちょっとざんね……何でもありません」


 ちょっと残念って。ユイ……。

 ただ、そうか。ケンカしていた冒険者たちが痛そうにしなかった……。で……?それってどんなスキルなんだ?


「そう。ユイちゃんの言うとおり、そのときのあれがモモカちゃんのスキルの効果なのよ。ね。モモカちゃん」


「はい……。私のスキル、『守護者ガーディアン』は、私自身の防御力を極限まで高めて、私の周囲の半径5m内で起こる全ての攻撃を私が引き受けるようにするものです」


「え……?防御力を極限まで高めるって……」


「言った通りです。スキルを使っている間、私は防御力が高まるので、ほとんど攻撃を受け付けない状態になります。魔法は少しは通りますけど、物理的なダメージはほぼゼロになります」


 すごいぶっ壊れスキルじゃない?

 いや、ユイの『狂化』も同じぐらいぶっ壊れてるから、なんとも言えんか。

 え……?だけど、聞いた感じだとめちゃくちゃ使えるスキルだと思うんだけど、なんでクビになったんだ?


「効果時間はどのぐらいですか?」


「私がスキルを解除しようと思うまでです。実際は使っていると少しずつ魔力が減っていくようなので、制限時間もあるにはあると思いますが、今まで制限時間がきたことはありません」


 いやいや、ほぼ無限に使えて、しかも物理的なダメージをほぼゼロにできるって、めちゃくちゃすごいじゃん。


「えーっと、今の話を聞く限り、とても使えるスキルだと思うんですけど、どうしてクビになったんですか……?」


 全く分からないから、俺はそう尋ねる。すると、ヒカリさんが呆れたようにため息をついた。


「ちゃんと聞いてた?コウヘイ君。モモカちゃんのスキルは、モモカちゃんの周囲5mで行われる全ての攻撃を彼女に集めて、それをほぼ無効化するスキルなの」


「聞いてましたよ。だから、モモカさんを前衛にすれば、パーティーは全員ダメージを受けることなくモンスターを討伐できますよね。それなのにどうして……?」


「いや、だからね……」


「先輩。大丈夫です。コウヘイさんの理解が普通だと思います。実際、前のリーダーはそう考えて私を仲間に引き入れてくれたんですから」


 なんか、アカリさんにはめちゃくちゃバカにされてるけど、ユイも分かってなさそうだぞ。首が折れそうなぐらい首をかしげてる。


「コウヘイ君は、範囲攻撃系の技は分かる?」


「ええ。もちろんですよ。ショウだってよく使ってましたから」


「範囲攻撃系の技を使うときの注意点って何?」


「え?そりゃ、仲間を巻き込まないように……あ!」


 そうか。そういうことか。

 範囲攻撃系の技は、空間に対して技を発動させる。そのせいで、その空間内にいる全てのものが技のダメージを受けてしまう。

 そのため、仲間がいない場所を狙って使わないと、大変な被害を受けることがある、諸刃の剣のような技なんだ。

 モモカさんのスキルは、範囲攻撃……ではなく、範囲防御とでも呼ぶべきスキル。ということはつまり……。


「はい。私のスキルでは、敵へのダメージも私が全て受け止めることになるので、私がスキルを発動している間、敵を倒すことはほぼ不可能です」


 必然的にそうなるか。

 それでも攻撃するには、モモカさんのスキルを解除する瞬間にこちらが攻撃を仕掛けなきゃいけないから、相当なタイミングが要求されるし、その間に相手から攻撃を仕掛けてこられたらおしまい……。

 それは、確かにぶっ壊れスキルだけどマイナスも大きいってことか……。


 ただ、そうか。

 そういう話なら、ヒカリさんが俺のパーティーに入れたいっていう気持ちは分かった。


「だから、私をパーティーに入れても意味がな……」

「だから、俺のパーティーに入れたら意味があ……」


 完全にモモカさんとハモってしまった。


「そう。コウヘイ君なら、モモカちゃんのスキルを活かせるでしょ?」


「……恐らく。可能だと思います。やってみないと分かりませんけどね」


 そう言って俺は笑う。

 実際、ユイのときも試してみるまで不安はあったからな。

 今回も、活用法は思い浮かんだけれど、本当に上手くいくかどうかはわからない。


「そもそも、モモカちゃんは優しい子だから、こういうスキルをもったんだと思うの。だから、いくら仲間を守るためとは言っても前衛に立たせるっていうのはかわいそうでね……」


 うん。優しい人なのは、少し話しただけでもよく伝わってくる。仕事の丁寧さも、その優しさから出るものなんだと思う。


「コウヘイさんも優しいですよ!」


 ユイが何故か突然そんなことを言う。いや、今それ関係ないだろ。


「ふふ。まぁ、それは置いておいて。まぁだから、モモカちゃんが後ろにいて、それでも味方を護れる状況でいることが一番だと思うの」


「その状況が、俺のスキルなら実現できると」


「ええ。そう。間違いないと思う」


 ヒカリさんが言うならそうなんだろう。

 ユイのときには騙されたけど、実際うまくいった。こういうときのヒカリさんのことは信用していいと思う。

 ただ……。


「それは実現できるとしても、モモカさんが冒険者に戻りたくないって言うなら俺から無理やり連れ出すわけにはいきませんよ?」


 一番重要なのはモモカさん自身の意思だ。


「それは分かってる。モモカちゃん、どうかな?実はね、私もこんなこと提案するつもりはつい昨日まではなかったの。モモカちゃんが仕事を頑張ってるのは知ってたし。でも、さっき、ショウ君たちが運ばれてくるのを見て、すごく動揺してたでしょう?何かできないか、考えてたでしょう?」


「……はい。あそこまで傷ついて運ばれてきたAランクの方というのは初めて見たもので……ただ、新人の私なんかが出来ることは……」


「そうだよね。でもね、モモカちゃん、あなたにはできることがちゃんとあるの。あなたはそれだけ素晴らしいスキルがある。そのスキルで、2度と傷つく人が現れないように、骸骨将軍スケルトンジェネラルを倒しにいくことが出来るの。それは、私には出来ないことだから……」


 ヒカリさんは絞り出すような声でモモカさんに訴えている。


「モモカさん。別に、今後も俺たちと一緒にやりましょうと言うつもりは今はありません。だけど、今回、協力していただけるなら、是非一緒にやりませんか?俺たちで骸骨将軍スケルトンジェネラルを討伐しましょう!」


 俺は、ヒカリさんの想いもくみ取り、モモカさんにそう話しかける。


「……私なんかのスキルがお役に立てるのでしたら……」


 そう言って、モモカさんは静かにうなずいた。

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