第8話
私とコウヘイさんの作戦会議が終わると、ベヒーモスの待っている8階層へと降りていった。
正直言ってしまうと、怖い。その怖さにもう逃げ出したかった。けど、それはできない。だって、私がダンジョンに行きたいなんて言ったからこんなことになってるんだもん。
コウヘイさんは戦う気でいるのに、私が帰りたいなんて言ったら、またパーティーを解散させられてしまうかもしれない。
今朝は、「解散だ!」なんて言ったけど、本心から言えば絶対に解散なんてしたくない。
ずっと、ずっと使えない仲間を危険にさらす使えないユニークスキルだって思ってきた。
だけど、違った。コウヘイさんと一緒だったら、私のスキルは誰にも負けない、とても強いスキルになる。
コウヘイさんと一緒なら私は最強になれるんだ。そして、最強になって、有名になって……。
これは、そのための第一歩だ。
ここでベヒーモスを倒せるぐらい強いと証明して、私たちパーティーは最強になるんだ!
私たちの姿を見失ったベヒーモスは傷を癒すために眠っているようだった。
「よし。いいぞ。この隙にとりあえずしびれ薬と毒薬を傷口に塗り込もう」
コウヘイさんは、私に向けてそう言ってくる。やっぱり、元々勇者パーティーにいた人は度胸が違う。
私とは違うんだなぁ。すごいなぁ……。
「聞いてるか?ユイ?」
「あ、はい。すみません」
「大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」
「だ、大丈夫ですよ。やだなぁ。これからベヒーモスとの決戦なんですから疲れてる余裕なんてないでしょ!」
「それはそうなんだが……。まぁ、行こう」
私は毒薬担当、コウヘイさんがしびれ薬担当だ。
できるだけ物音を立てないようにゆっくりと移動する。気づかれても、大丈夫かも知れないけど、気づかれない方がいいに決まってる。
「いいか?2人でせーので使うぞ」
コウヘイさんが小声でそう言ってくる。
「分かりました」
「よし。せーの!」
2人で同時にそれぞれの薬を傷口に塗り込んだ。
その瞬間。
「ぎぁーーー」
大きな叫び声を上げてベヒーモスが目を覚ます。
私たちは必死でその場から離れる。
その場で様子を見るけど、薬が効いている様子は……?
「分からんな……。いや、来るぞ!」
気づいたベヒーモスは、私に対して攻撃を仕掛けようとする。
私は必死で逃げた。
あっ!あの部屋に逃げ込めば……
目の前に見えている部屋に逃げ込んで、なんとか、ベヒーモスのことをかわしきる。
はぁはぁ。
怖いよー。死にたくないよー……。
「大丈夫か?ユイ?」
コウヘイさんが来てくれた。
ホッとする。
「うーん……。効いている様子はないな……。このまま戦うしかないのかな……」
え……?このままって、またさっきみたいに『狂化』して傷つけて、逃げての繰り返し……?
「だ、大丈夫ですかね。私たちで倒せますかね……」
思わず不安が口に出る。
コウヘイさんは少し考えこんでる。
「もう少し頑張ってみよう。回復薬はまだある。それを使えば戦えるはずだ」
そうか。そうだよね。これで怖がっててもダンジョンを極めることなんてできないし、そのうちもっと怖いことが待ってるかも知れない。
それに、コウヘイさんは前にベヒーモスも倒したことがあるわけだし、ちゃんと勝つ可能性があるから言ってるに違いない。
よし。頑張るぞ!
「どうしても、ユイの『狂化』頼りになってしまうけど、ごめんな。ただ、もう少し傷つけられたら試したいことがあるから……」
そこまで言って、コウヘイさんは驚いた顔でベヒーモスの方を見る。どうしたんだろう?
ん?少し動きが鈍くなってる……?
「身体がでかいから、血液が回りきるまで時間がかかったんだな」
コウヘイさんが納得したようにそう言う。
あぁ、そっか。毒薬とかしびれ薬が身体に回りきったらちゃんと効いてくれたんだ。
「ただ、量を考えた場合、すぐに倒さないと……」
それはそうだ。薬の量はそんなに多かったわけじゃない。だとすると、身体に回りきった今の状態はそんなに長く続かない。
「よし。今だ!作戦を実行しよう」
コウヘイさんがそんなことを言ってる。
作戦ってなんだろう?
「いいか?ユイ。これから君にはいつも通り『狂化』を使ってもらう。だけど、今回はいつもより思考が働くはずだ。もしかしたら今よりも思考がクリアになるかも知れない。そうしたら、しっかりと元の作戦通り、この雷撃刀を使ってアイツに雷を流し込んでやれ!」
「はい!」
返事はしたものの、よく分からない。
今よりも思考がクリアになる……?
なんで?
まぁ、いいや。
コウヘイさんの言うことを信じよう。
覚悟を決めた。
それから、私は、弱っているベヒーモスに向き合う。
「行きますよ。『狂化』」
いつも通り声とともに『狂化』を使う。
……ん?何にも変わらない。
というより、確かに普段以上に思考力が上昇している気がする。
一体どういうことだろう……?
と、そんなことを考えている余裕はなかった。作戦通りに実行しなければ。
私は、素早く剣を抜き去るとベヒーモスの傷口目がけて剣を突き刺した。
「ぐぎゃあああ」
叫び声が階層中に響き渡る。
このまま……!
私は刀に魔力を込める。すると、雷撃がベヒーモスの体の中に伝わるのが分かる。
ベヒーモスの身体が中から焼けていく。
それでも打ち払おうともがくが、『狂化』によって力が強くなっている私ははがされる心配がない。もがくベヒーモスに対して私は最後まで魔力を流し続けた。
ん……?考えてみたら普段の私の魔力量よりも多くの魔力が使えている気がする。
「ぐぎゃ、ぐぎゃあああ」
振り払う力が弱くなってきた。ベヒーモスも相当弱っているようだ。このまま。このまま……。
あと少しで『狂化』が解けてしまう。このまま!
それから、私の『狂化』が解けるのとベヒーモスが動かなくなるのはどっちが早かったのだろうか、遂に動かなくなった。
「やった!やりましたよ!コウヘイさん!」
私はコウヘイさんのいる方を見る。
すると、コウヘイさんが倒れていた。
え……?え……?なんで?
私は思わずコウヘイさんのところに駆け寄る。
「コウヘイさん。コウヘイさん!」
私は必死で呼びかける。
しばらくすると、コウヘイさんは目を覚ました。
「ユイ……?やったのか?」
「あっ……コウヘイさん。よかったー」
コウヘイさんが目を覚ましてくれてホッとしたのか、私の目から涙が溢れ出す。
「突然倒れるから、私、心配したんですよ!」
「あー。ユイ。すまない。これは、俺の能力の一つ、『
『
確かに、スキルは能力がいくつかあるのが普通。だから、『平均化』以外にも能力があるのは分かるけど……。どういう能力なんだ……?
「俺の『
パラメータを捧げる……?
「つまり、一時的に俺自身が仮死状態になって、その分のパラメータを誰か1人に上乗せするんだよ。使える能力ではあるんだけど、俺自身が仮死状態になるから、怖くて普段は使わなくってさ……」
「え……?それって、つまり、さっきは私に全てのパラメータを捧げたから、コウヘイさんが倒れてたってことですか?」
「あぁ。普段よりも思考力が上がってたんじゃないか?それと、身体も軽かったと思うし、魔力も上がってたと思う。攻撃力は……『狂化』に比べればたいしたことないから気づかないか」
そう言ってコウヘイさんは笑う。
「ってことは、私のせいでコウヘイさんが倒れてたってことですか……?」
「私のせいでって……俺が自分で使うって決めたんだから気にしないでくれよ。そのおかげで倒せたんだったら……」
そんなの……
「もうやめてください!本当に本当に心配したんですから……」
私は涙が止まらない。
私は普段から私のせいで仲間が傷つくのをよく見ていた。今回、コウヘイさんとパーティーになったことによって、そういうことがなくなると思ってたのに……。それなのに、私のせいでコウヘイさんが倒れるなんて……。絶対に嫌だ。
「あー……。すまなかったよ。相談もせずに勝手に使うことを決めてしまって。そうだよな。俺たちはパーティーだもんな。これからはもっと2人で話し合って決めような」
コウヘイさんが優しく声をかけてくれる。
当然だ。私たちは、2人きりのパーティーなんだから。
コウヘイさんも、ちゃんとパーティーだって言ってくれた。
これからは、ちゃんと話し合ってそれぞれが納得した上で作戦を決めていきたい。
「はい。これからもよろしくお願いします」
私は笑顔になってうなずく。
それから、私の涙が止まるまで静かにコウヘイさんは見ていてくれた。
「もう、落ち着いた?さて。じゃあ、ここからの方針を決めようと思う。9階層には……」
「行きましょう」
私はコウヘイさんが言い切る前にそう言っていた。
そう。私は決めていた。とりあえず進もうと。そして、危険そうだったらすぐに帰ろうと。
そういう風にコウヘイさんにも伝える。
「ははは。分かった。危険そうな魔物が現れたらすぐに戻ろう。ベヒーモスのことも報告に行かなきゃいけないしな」
コウヘイさんはちゃんと分かってくれたようだ。
よし。9階層に行くぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます