第7話
俺は、前回、ショウたちと一緒にペヒーモスを倒した時のことを思い出す。
あの時は、隣村で出たベヒーモスを退治する依頼が来てたんだよな。
それで、「勇者が行かなければ誰が行く」とかアカリが言い出して全員で付き合うことになったんだっけ。
あの頃にはもう、全員俺よりもほとんどのパラメータが高くなってたから、俺は足手まといって認識だったな……。
嫌なことを思い出しちまった。いやいや。そうじゃなくて……。戦い方、倒し方だ。
ベヒーモスの恐ろしさはその硬い皮膚と筋肉の厚み。そのせいでこちらの攻撃はほとんど通ることがない。あの時は、『魔術師』のハルが皮膚を柔らかくする魔法をかけ続けたんだよな。それから、『破壊士』のアカリがその力で皮膚に傷をつけて。その後でその傷口からショウが剣を通し、雷と炎の複合魔法で焼き切ったんだったか。
ただ、その戦法は今回使えない。俺たちに魔法は使えないんだから当然だ。
だけど、おそらく『狂化』した後のユイの攻撃であれば相手の皮膚を傷つけることは可能だ。問題はその攻撃が筋肉を貫いて相手の芯まで達するかどうか……。
まぁ、でもそれは試してみなければ分からない。
「よし、とりあえずやってみるか?」
「う、うん。使う?」
相手はあの叫び声から考えてもうこちらの存在に気づいた様子。
恐らく、フロアにいる全ての魔物をアイツベヒーモスが殺したんだろう。だから、生きているものの存在に敏感なんだ。自分以外にいるはずのない生きた存在は許しておけないという感じだろうな。恐ろしい。
「そうだな。ただ、もう少し距離をとってからの方がいい。こっちは作戦を考えてもしょうがない。どうせ『狂化』を使ったら考えられなくなるんだからさ。それなら距離をとって、相手が攻撃を仕掛ける前に『狂化』を使って、一気に近づく作戦の方がいいはず。相手が俺たちに攻撃するよりも先にこっちが相手に一撃与えるんだ」
現状できるのはそれぐらい。こちらが使えるのは『狂化』を使っての攻撃だけなんだからしょうがない。
相手がこちらにゆっくりと近づいてくる様子を見ながら、俺たちは7階層とをつなぐ階段の前まで逃げる。
「よし、行くぞ。使え!」
「『狂化』!」
ユイにはスキルを使うときには必ず『狂化』というように指示してある。俺の平均化のタイミングを間違えると、俺が危険だから。
というわけで、『狂化』の言葉と共に『平均化』を使う。
また、あたまにもやがかかったみたい。あまり考えられない。
てきがくる。ユイがむかう。ユイのけんがてきに当たる。
きずはついたみたい。ただ、それでおこってる。
むこうからのこうげきがくる。ユイはけんでうける。ふきとばされるのが見える。
「あぶない!」
おれはいみもなくそんなことを言ってしまう。
きずがつくのはわかった。それはいい。けど、あいてのうごきは止まらない。
「にげろ!」
おれがいうとユイがにげるのが見える。うごけるみたいだ。よかった。
それから、『狂化』が解けるまで俺たちは敵からの攻撃をよけ続ける。賢さが減ると、思考力が減って、強すぎる敵相手には気合を入れないと向かっていけなくなるらしい。その辺も本能ってやつなんだろうな。
『狂化』が解けたところで、とりあえず、遠目からベヒーモスがどの程度傷ついたのかを確認する。
結構深くいっているように思う。次の一手は、もう考えてある。今度は『平均化』の効力を賢さだけじゃなく攻撃力にも割り振った場合どうなるかを試してみることにする。
これで、傷がつけられるようなら、攻撃できるのが2人になる。これは、戦略の幅が広がる。いや、作戦中はあまり考えられないから、ただ手数が増えるだけなんだけど。
「ユイ、準備はいいか?」
「はい、もちろんです。コウヘイさんも覚悟しておいてくださいね。ベヒーモス、間近でみると、めちゃ怖いですよ」
ユイが笑ってそんなことを言う。まだ余裕ありそうじゃねぇか。大丈夫だな。
「よし!行こう!」
「『狂化』!」
そして、また考えられなくなる。けど、こうげきだ。やるぞ!
おれはこうげきに行く。
目のまえにベヒーモス!こわっ!マジじゃん。
気合いだ!いけ!おっ!刺さった刺さった!
よし、いけそうだな。ユイは……。うん、ユイのこうげきもきいてるきいてる。
これなら二人でもこうげきはとおるぞ。
うわっ!はんげきがきた!てきが体をもちあげてつめをふりおろすのが見える。
けど、おそい。これならかわせる。
おれはそのままかわしてもういちど、こうげきする。
よし!うーん……けど、まだぜんぜんうごけてるな……。
「ひくぞ!」
そのおれの言葉にユイもついてくる。
うーん……これは何回繰り返せば致命傷になるんだ……?
さっきの攻撃は通った。確実にダメージは受けてるはずだ。ただ、それは敵を怒らせただけで、ダメージにはなってない気がする……。
「こりゃ、まいったな……」
「……どうやったら勝てるんですか?」
ユイも当然の疑問を口にする。
本当は、魔法を使えるのが一番なんだが、俺たちにそんなスキルはない。
「魔法を使わず、とにかく、ひたすら攻撃しまくって弱らせて……?」
何時間かかるか分からない。俺たちがあいつに勝つよりも先に体力が切れる気がする。
「……一度7階層に戻ろう。もう少し作戦を立ててからじゃないと勝てそうにない」
「わ、私も同じ提案をしようと思ってました……。気が合いますね!」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。早く。こっちに気づいて向かってくるぞ!」
俺たちはなんとかベヒーモスから逃げ出した。
さて。とはいってもどうするかな……。
俺たちが使えるのは、『狂化』と『平均化』。それと俺のもう一つの能力『贈与ギフト』だけだ。ただ、『贈与ギフト』は本当に最後の手段だ。あれを使うと俺が何も動けなくなる。
「そういえば、ユイ、歩き回ってるときにいくつかアイテム回収してたよな」
「はい!ダンジョンといったら高く売れるアイテムでしょう!5階層まではもう取り尽されていてたいしたものありませんでしたけど、6階層と7階層ではそこそこよさそうなの見つかってますよ!」
そう言って、回収していたアイテムをその場に広げる。
骸骨兵士スケルトンソルジャーから回収した装備類をはじめとした、簡単な装備品がいくつかと、回復薬、毒消し薬……。
ん?これは……?
「あぁ、これは途中で倒した巨大蛾ジャイアントモスの鱗粉ですよ。しびれ薬の材料になります!って知ってますよね?」
「あぁ、もちろんだ。しびれ薬のための材料は……。うん。ちゃんとあるな」
しびれ薬には巨大蛾ジャイアントモスの鱗粉と毒草、それと水があれば大丈夫。
「え?ベヒーモスに効くんですか?」
「いや、聞いたことはないけど、試してみる価値はあると思う。さっき傷はつけたし、その傷口にうまく塗りこませれば……」
そう。塗りこむことが目的なら『狂化』を使う必要がない。ちゃんと思考力があればそれなりに作戦は使うことができる。
「その他にも使えそうなアイテムを探そう。アイテムを投げつけたり塗りこませたりするだけなら、『狂化』を使う必要がないから、作戦として実行ができる!」
「なるほど!分かりました。探しましょう!」
そうして手にした材料で作れたのは、しびれ薬、毒薬、爆薬。それから、俺自身が何かに使えるかと思って持ってきていた雷撃刀だ。
雷撃刀は、刀身に魔力を少し込めるだけで弱い雷魔法の効果を持たせることのできる刀だ。ユイにも使えるかどうか試してみたら、問題なさそうだった。
雷撃刀があればさいごの致命傷は与えられる気がする。問題は、『狂化』を使いながら雷撃刀が発動できるかどうかなんだけど……。それは『贈与ギフト』を使えば行けそうな気がする。
「よし。準備は整ったな。再戦にいくぞ!」
「おー!」
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