第6話

 そのまま、ダンジョンに入ると、一階層の人の多さにまた嫌になる。

 明らかに、一つのダンジョンに挑む人数じゃないんだよな……。

 俺たちが拠点にしているエーカルの街は、ギルドも大きめだし、冒険者用の借りられる家も豊富だ。更に、闘技場もあることから、冒険者が集まりやすい。ただ、初心者も結構多く集まりがちで、結局、大勢の冒険者がこのダンジョンに挑むことになる。

 挑むとはいっても、最初の5階層に関しては、案内標識もあるぐらい。


 少し強い魔物がでる道はこちら。初心者用、弱い魔物しかでない道はこちら。だってさ。

 こんなんで、本当にダンジョンに挑んだと言えるのか不思議になる。

 ギルドへは5階層から6階層へ降りる階段前に置いてある証明書をもって行けば、Fランク冒険者としての証明書がもらえるシステム。

 だから、早めに冒険者になりたいものは、初心者用の道を駆け抜けて5階層まで行くことになってる。

 ただ……本当にこんなんで証明していいのか……?


 冒険者が多いということは、出てくる魔物の数は自然と少なくなる。

 ダンジョンでは、魔物が発生し続ける。ただ、その発生速度を超える速さで魔物が退治され続ければ自然と魔物の数は減る。

 それと、魔物は魔物同士で殺しあう。縄張り争いだね。その縄張り争いの末、魔物がレベルを上げて強くなっていく。だから、人が少ないダンジョンほど魔物は強い。上位種にランクアップしてるようなのが大勢いるダンジョンもあるほどだ。

 けど、ここまで人が多いと、上位種になる前に倒されてしまう。


 5階層までは、なんの手ごたえもないまま、駆け抜けることができた。

 ここまでは本当に簡単だよな……。


 さて、6階層だ。


「さぁ、行くぞ」


「はーい。まぁ、でも6階層ぐらいまでは物好きが行くから、7階層からが本番ってヒカリさんが言ってましたね」


 うん。6階層は、5階層までで満足できなかったような初心者が入ることもあるみたい。

 ただ、初心者だからね。深くに行けば発生する魔物の基礎能力が上がる。

 更に、6階層から先に行く人がそんなに多いわけじゃないから、そこそこ強い。そうなると、初心者たちは7階層前で脱落するらしい。

 ただ、それは初心者の話。

 俺たちは一人一人がそこそこ経験のある冒険者だからね。

 この程度でやられることはない。

 少し困ったのは、巨大蛾ジャイアントモスの大群ぐらい。

 まず、気持ち悪い。どれと、こいつらのまき散らす鱗粉には軽い麻痺効果があるから、よけて戦うのに一苦労だった。

 まぁ、それぐらいで、すぐに6階層は抜けてしまった。

 ここまで『狂化』を使う必要はなし。


 さて、本番と言われた7階層だ。


「あー。なるほど……」


「これは、確かにここから本番って感じですね」


 俺とユイは顔を見合わせうなずきあう。

 まず、入った瞬間の臭いが違う。澱んだ空気の中で、魔物たちの死臭が感じられる。

 人が立ち寄った気配がほとんど感じられない。


「これなら、いい戦利品も多そうですね!」


 ユイはテンションが上がってるようだけど、余裕あるなぁ……。


 魔物が強くなると、それだけ素材も高く売れるし、骸骨スケルトンの上位種なんかになると装備も強くなってる。使い捨ての剣ぐらいは手に入るかもな。


 ここからは正式な地図がしばらく更新されていないということで、マッピングしながら進んでいく。だから、基本的にすべての部屋を通過しなければならない。自然と戦う機会も増える。


「おっと」


 骸骨兵士スケルトンソルジャーがいる。少し強め。とは言っても、一体ぐらいを相手にするならたいしたことはない。俺でも少し無理をすれば倒せるレベル。


骸骨兵士スケルトンソルジャーなんかこわくないですよー」


 ユイはそんなことを言いながら、簡単に倒してしまう。

 やっぱ、素でも攻撃力高いよな。ユイは。

 スキルごとにパラメータの伸びは変わる。俺は、どの能力も平均的に伸びていく。万能と言えば聞こえはいいが、要するに特化した部分がないザコ。

 その点ユイはやっぱり攻撃力の伸びがすごいみたいだ。


「えー、でも私もう少し俊敏性がほしいんですよ。早い魔物なんかだと……ほら、ああいうのとか」


 あぁ、狼戦士ウルフファイターか。確かに、あいつは強くはないが速いから捕らえづらい。


「じゃあ、ああいうのは俺が担当だな」


 そう言って、俺はナイフを4本ほど一気に投げる。

 さすがに速いとは言っても、同時に投げられたナイフはさばききれずに攻撃が当たる。

 そこを、すかさず剣で一突き。

 うーん。確かに上位種が出るようになったけど、まだたいしたことないな。


「ほらー!余裕じゃないですか!このまま完全制覇ですよ!」


 ユイが調子に乗ったことを言ってる。

 ただ、俺もそう思う。

 ダンジョンとは言っても本当に初心者用だな。

 ここまで、それほど強い上位種は確認されていない。まぁ、ここまでなら俺一人でもなんとかなるレベルだ。俺もユイも一人でDランクの任務を達成するのが余裕、Cランクでも無理をすれば……って感じだから、6階層まではDランクぐらいだろう。


「ん?」


 たどり着いた6階層と7階層を隔てる階段の手前の部屋。

 そこだけ、明らかに空気感が違うのが入る前からわかる。


魔物部屋モンスタールームですかね?」


 ユイも気づいたようだ。魔物が大量発生している部屋で、上位種の数も多くなりやすい。


「そうみたいだ。『狂化』を使う準備もしておこう」


「はい」


 少し、気合いを入れ直して部屋の中に入る。


 入った瞬間目に入ってきたのは、骸骨兵士スケルトンソルジャーの群れ。50はいるか?

 さすがにこれだけの数を一気にさばくのは……


「このぐらいなら大丈夫ですよ!使っていいですか?」


『狂化』の使用許可がほしいということか。確かに、骸骨兵士スケルトンソルジャーはスピードが速いわけじゃないし頭もいいわけではないから、『狂化』すれば楽に……。


「よし。そうするか」


「はーい。いきますよ。『狂化』」


 ……。それからはあっけなかった。ユイがもう何も考えずにめちゃくちゃに剣を振り回している間に倒されていく骸骨の大群。床に散らばる骨、骨、骨。なかなかすごい光景だったけれど、きっちり2分。時間通りに骸骨兵士スケルトンソルジャーの大群は全ていなくなっていた。


「うーん。7階層も余裕でしたね」


「あぁ……。実際このまま行けちゃうかもな」


「そうですよ。今のだって楽勝だったし。私たちのパーティー、最強!」


 なんて、油断してたのがよくなかった。


 7階層を抜けて、8階層にたどり着いたとき、辺りの様子が一変したのが分かった。

 明らかに、魔物の気配が少ない。これは……。


「淘汰後って感じの雰囲気ですね……」


「そうだな……。今までのとは違う、最上位種が出てくるかも知れないから気をつけよう」


 淘汰後。それは、本当に人間が立ち寄らないダンジョンで起こる可能性のある現象だ。

 ダンジョンで生み出された魔物が、他の魔物との勢力争いをし尽くし、特定の個体のみが生き残った場合にそうなる。

 大抵はそうなる前に冒険者が魔物を倒していくため、本当に人が立ち寄らないような秘境でしか起きない現象だと教わるんだけど……。

 どれだけ人が来てなかったんだよ……。


「というか、さっきの魔物部屋モンスタールームは、このせいかもしれないな……」


 骸骨兵士スケルトンソルジャーは他の魔物に比べると少しだけ賢さがある。8階層から逃げてきたやつも集まっていたのかもしれない。


「今までの階層にいた魔物の最上位種っていうと、コウヘイさんはなにが思いつきます?」


「そうだな……緑虫王キャタピラキングとか、巨大蝙蝠ビッグバットなんかだと淘汰までいかないだろうし……。骸骨スケルトンの最上位種だと、骸骨将軍スケルトンジェネラルとか、骸骨王スケルトンキングとか、まさかね……」


 そんなことを俺が考えていると、凄まじい雄叫びの声が聞こえた。

 え……?あー。今の声は……。


「今の声が主ですか……?えーっと。私は出会ったことないんでよく分からないんですけど、今の声って、もしかして……」


「いや、ユイ。君の考えてることは恐らく正しい。俺も、前のパーティーのときに隣村近くに出没したアイツと戦ったことがあるから分かる。間違いなくあれは……」


 そう。あの雄叫びは、ベヒーモス……。


「え……?え……?ベヒーモスと戦ったことがあるパーティーって、コウヘイさんって、勇者パーティーの一員だったんですか……?」


 今さらかよ。というか、今はそんなことを話してる場合じゃねぇだろ……。緊張感ねぇな……。


「今、その話しなきゃダメ?とりあえず、なんとかやるぞ!」


「え……?あ、はい!」


 これから戦うベヒーモスの弱点なんかを考えながら、俺は集中力を高めた。

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