The Wishgiver (ウィッシュギヴァー)  

松長良樹

Wishgiver 

 ここに人の願望を叶えるものがいました。名をウィッシュ・ギヴァーといいます。彼は妖精と魔族の混血で鱗のあるちょっと不気味な姿をしていました。ちょうどそれは…… そう、あの昔の映画グレムリンを想像していただければそう遠くないと思います。


 彼の仕事は人の願い事を一つだけ叶えることで、もうかれこれニ千年以上もこの業務に従事していました。悪魔や魔人も人の願いを叶えたりするのですが、それは彼から見たらほんの気まぐれで、まるでその後のケアがなってないのです。


 でも、彼も年を取りすぎました。二千歳を過ぎたあたりから身体が極度に衰弱してしまったのです。目は霞んでいますし気力さえありません。でも神はこの任務から彼、ウィッシュ・ギヴァーを中々開放してはくれなかったのです。


 彼は気まぐれからでしょうか、倦怠からでしょうか、ある時古いアパートを借り受けました。そして二階に住んで、一階に看板を出したのです『願い事叶えます』という簡単な表示板です。彼はもう願い事を人にきいてまわるのに疲れ果てていましたので、こんな手段を取ったのです。


 ウィッシュ・ギヴァーは数えきれない人の願いを叶えながら人をどう思ったのでしょう。はっきり言って彼は人間が嫌いでした。それというのも人の願いは自分がいつも最優先だったからです。それも極めて通俗的で、金が欲しい、素敵な異性が欲しい、権力者になりたい。天才になりたい。美男美女。不老不死etc……。そんなものばかりでした。


 そんなことを考えていると、階段を上がって来るものの足音がしました。ちょうどそれはクリスマスの晩です。その足音にはおっかなびっくりしたようなぎこちなさがありました。やがてゆっくりとドアが開くとそこに青年が立っていました。しっとりとした髪が輝いて目は好奇心にあふれています。慎重に青年は口を開きました。


「あのう、看板を見たのですが、どういう事なのでしょう?」


 ウィッシュ・ギヴァーは奥の暗がりにいて、青年からはその姿が見えません。


「あの表示の通り、何でも願い事を一つ叶えてやる。これは商売でも何でもない。早く願いを言え」


 彼はちょっと邪険にそう言いました。決して機嫌が良くなかったからです。


「あなたはいったい誰なのです?」


 青年がききます。


「わしを知らんでいい。わしを見たら、気絶するかもしれんぞ」


「気絶なんてするものですか、あなたが誰だか知りたいのです」


 青年の声が熱心だったので、仕方なくウィッシュ・ギヴァーはまるで這いずるようにして、光の当たる場所に出てきました。青年の顔さえよく見えません。彼の皮膚は干乾び、顔には深い皺が何本も刻まれています。身体は震え、それはとても痛々しいウィッシュ・ギヴァーの姿でした。


「わしはニ千年以上も人の願いを叶えてきた。さあ、わしの寿命が尽きないうちに願いを言うがいい。早く」


「……」


 青年は驚いたのか、ただじっとウィッシュ・ギヴァーを見つめていました。かなり長い間です。そしてこう言ったのです。


「僕の願いよりも、あなたはもうこの事から解放されたいのじゃありませんか? この長い呪縛のようなものから解放されたいのじゃありませんか?」


「……な、なんじゃと。なにを言い出すんだ、おまえは」


 意外な言葉にウィッシュ・ギヴァーは驚きました。そしてゆっくり目を閉じます。瞼がかすかに痙攣していました。すると青年は両方の掌をあわせて握り締めました。そしてひざまずいてこう言ったのです。


「ああ、天におあします神よ。この者を解放させたまえ、もうこの事から解き放ちたまえ」


 ウィッシュギヴァーの顔に、はじめて柔和でやさしい表情が浮かんでいるのでした。


 こうしてグレムリンみたいなウィッシュギヴァーは天に召されましたが、いったい青年は何者だったのでしょう? 



 もしかして彼はセント・ニコラウスだったかもしれません。そうです。後のサンタクロースです。彼は愛、あるいは慈悲と言う宝物を、この時にこんな風な形でウィッシュ・ギヴァーにプレゼントしていたのですから……。




                  了

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The Wishgiver (ウィッシュギヴァー)   松長良樹 @yoshiki2020

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