第141話 甘い顔。

「折れるもんなんだね―」


 三角巾で吊るされた手首を見て京子はしみじみとした口調で言う。


 病院の待合室――灰色の長椅子にふたり腰掛ける。


 保健の先生は――病院の窓口と学校への連絡で慌ただしい。


 男子生徒が女子生徒の手首をつかんで――しかも授業中に骨折させるなど――


 学校としてはそれなりの事件だ。


 保健の先生が病院に嘘を言うわけにもいかない。


 状況を説明すると、病院は警察への通報をすすめているようだ。


 そのあたりの判断は学校に委ねるらしい。


 亮介は少し喉が乾いただろうと――京子にパックの牛乳を渡す。


「今更カルシウム取っても遅いよね―」


 京子は自分の骨の弱さを自虐的に笑った。


 ストローがうまく刺せないので亮介が手伝う。


「リョウ―」


 今日はじめて呼んだ呼び方で亮介を呼んでみる。亮介は何も違和感なく返事を返した。


「彼女―――なの、まだ」


 京子はさっき保健の先生に「ふたりの関係」を聞かれたとき―


 亮介が「彼女」と答えたことを言っている。


(もし―病院に付いてくる口実で言ったなら――変に期待持たない方がいいよね――がっかりしたくないし)


 そう思った京子はおっかなびっくり確かめてみる。


「どうかなぁ。後藤のこととかで焦って言ってる訳じゃない」


「それはわかってる」


「―最近」


「最近―?」


「いい感じだと思ってた―」


「私も」


「もう少し時間掛けて―なかよくというか、仲直りというか。したいと思ってる」


「うん、すごい進展」


 京子のこの無邪気な笑顔を見るのは――どれくらい振りだろ。


 思い出せないくらい――


 久しぶりだ。亮介はそう思いながら、少しドキッとした。


「それから―最近」


「うん」


「性格が――かわいくなったと思ってる――実は――うん」


(あ―――やめて、こんなところで――病院で。先生、保健室の先生いるのに、いつ戻ってきてもおかしくない―――泣いてたら変でしょ――空気読んでよ――もう)


 京子はふと思った――『ただいま』と。


 今――『それ』を言えば亮介が『おかえり』と言ってくれそうな気がする――


 今の自分になら――


 京子は思った――『さよなら』と。


 亮介を『雑』に扱ってしまった――1年前の自分にさよならを。


 地味な自分を見つけてくれた亮介に。


 ちゃんと言葉にしないと――涙で言葉にならなくなる前に。


「リョウ――聞いてほしい」


「うん」


「私――リョウのこと、好きなのに大事に出来てなくて―」


いいよ、もう」


「リョウ、ごめん。ありがと、でも簡単に許さないで――繰り返したくないから――違う。だから」


「だから――!」


 京子は精一杯頑張った。精一杯頑張って――


 今年最高の笑顔を亮介に見せたかった。


 京子の頑張りは亮介に届いたことに――安心してしまった京子はつい――気を緩めてしまった――京子の頬を止めどなく涙が溢れ返した。


「おかえり、キョウ」

「ただいま、リョウ」



《欄外告知》

明日金曜日は休載日です。



















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