第112話 緊張感を自らあおる。

「先にお風呂いただきました」


 ご丁寧に望ちゃんは『ほこほこ』と湯気を上げながら出てきた。


 流石にバスタオルで髪を乾かしながらとかじゃない。


 半乾きかもだけど、一応ちゃんと乾かして整えて現れた。


 すっぴんのはずだが普段と変わらない。普段から化粧は薄めなのかも。


 職業的に口紅も派手じゃないし。


 ただ、やっぱり半乾きでも髪の毛が濡れてるのは大人の色気を感じる。


 髪の毛―


 そう言えば、詩音の取り巻きにジュースを頭からかけられた時、この人が助けてくれた。


 優しく洗ってくれた。


 あれから実はそんなに時間は過ぎてない。


 直視すると『ちくり』とどこかが痛むので見ないようにしていた。


 傷んだ顔をしていたら、詩音が気にするとも思って。


 でも、どうだったか。ちゃんとお礼言ったか自信がない。


「望ちゃん、そのありがと」


「ん、どうしたの。料理作ってもらってお礼言うのは私だ、この格好もお礼言われるほどのサービスショットとは言えん」


 確かにグレーのスウェットの上下はサービスショットではない。


 普段見ない服装は高校男子には刺激がある。


「その、前に洗ってくれたの思い出して、店で―」


「あ―あれか。あれな。あれはひどいよな、うんひどかった。私なら泣いていたぞ、エライな男子」


 いや、オレも泣きかけでしたよ。そしてなんか今も―


「―はいはい、そんな顔しないの。ほら、あれだよ、人生経験豊富なお姉さんならここで『ぎゅう』してやれるんだろうけど―」


「悲しいかな私は女子校一直線の女。フォークダンスも女子同士、告白すると手も握ったことないんだぞ?笑う」


「あの貰っていいですか?」


「えっ、いやそのそんな―急にはあの、ほら、そんな一気になんだ、な?えっ?手?あぁ手な、ど、どうぞ。いやお願いします」


 オレは望ちゃんの手を握った。いや握手か。ほぼ握手会だ。お風呂上がりで温かい。


「なかなか、照れるな」


「ですよね、ははっ」


「おまえ、じゃない。亮介も風呂入ったらどうだ」


 風呂って、独身女性の部屋の風呂なんてちょっとハードル高い、何より着換えないし、いやそういう問題でもないか。


「いや、帰って入ります。その風呂入って帰ったら流石に変かな、と。それに悪いし―望ちゃんの入ったお湯使うなんて」


「あははっマズイ。またやってしまったか。それもそうだな、バイト先の女性店長の部屋で風呂とか、結構口にすると過激だな」


「はい、ちょっとなんか汗出る」


「おっ、ちょうどいい風呂わいてるぞ?」


 取り合えず、冗談を言える空気にはなった。


 しかし、知らなかった。女性の部屋に上がるのはこんなにも緊張するとは。


 詩音の部屋は行ったが家族が帰ってくるし、完全なふたりきりとは言えない。


 ここは完全なふたりきりなんだ。


 あっ、何やってんだ。自分で緊張感煽ってる。


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 本日より1日1話更新に変更しています。

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