第108話 緊張の連鎖。
とりあえず海に来た。
特になんで、という理由はない。来た先が海だった。
「すまない―」
望ちゃんはハンドルに頭を軽く何度もぶつける。さすがに騙されたことに気付いた。
「大丈夫ですよ、ほらオレなんかドレスの女の人見たの初めてなんで、なんか普通にドキドキしたし、キレイですよ」
「そうなのか、めんどくさいヤツ来たとか思ってないか」
「思ってないです。ほら『騙すより、騙される方がいい』とか何とか、そんな歌とかないですか?騙した佐々木が悪いんであって―」
「あ―!やっぱり騙されたの?わたし」
あぁ、気づいてなかったんだ。余計なこと言ったな、オレ。
「取っ替え引っ替え女子と、デートしてるお前にはわからんだろうが―」
えっ、なにこの前置き。必要なのかな、この批判。しかもデートじゃない。
テスト終わりにご飯食べたり、今は絶賛冷戦中のカノジョの妹を慰めただけで、デートなど…あれ?
あれあれ?オレって、何かちゃんとデートしたことない!
例えばバイト帰りに、ご飯をハンバーガーショップに行ったくらいで。
待ち合わせしてからのデートしたことないかも。
「どうした、なんでお前が落ち込んでるんだ?」
「あっ、いやオレ今望ちゃんの発言で思い出したんだけど、デートしたことないです」
「ホントか?無理に合わせなくてもいいぞ」
「合わせてません、って、言うか合わせるって何をですか」
「あっ…」
しまった的な顔してる。何がどうしまったんだ?
すると望ちゃんはみるみる真っ赤になり口を開く。
「わ、笑うなよ。いや、いい。むしろ笑え!私はこの歳で今日が初デートなんだ!」
そんなわけで望ちゃんのマンションに来ている。
どんな訳だ?
望ちゃんのマンションは屋上の部屋。
同じフロアーには他に部屋はない。やっぱりセレブなんだ。室内はとてつもなく広い。
きっとドレス用のウォーキングクローゼットがあるんだ、オレが住めるくらいの広さの。
「すまない、いろいろ取り乱して」
そう言って望ちゃんはコーヒーを出してくれた、ドレスのまま。汚れたら大変だ、そう思って―
「望ちゃん、着替えたら?ドレス汚れたら大変だよ」
「へっ!?き、着替えるの?えっ私が、その着替えるのか!?えっ、お、おっ、男の人がいる部屋で私はお着替えをするのか!それって普通なのか?」
いや、別に目の前で着替えるわけじゃないし、こんなに広い部屋なんだから着替える場所あるだろう。いや―
「じゃあ、着替えるまで外出てます」
オレは小走りで玄関から外に出た。外に出た瞬間、オレは大きく深呼吸をした。
何かよくわからない緊張だ。望ちゃんの緊張が伝染ったのか、オレ自身緊張してるのか、胸が苦しい。
おかしい、サラッとファミレスとかでご飯食べて日常の愚痴などをお互い言い合ったり。
そんなつもりだったのに大幅に予定変更だ。
何とか呼吸を整え終えたオレの背後で『カチャ』っと扉が開く音がした。
扉の間から真っ赤に頬を染めた望ちゃんがこっちを見る。
あ、アカン。整った呼吸一気に乱れた。
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