第90話 あいだを取って。

「わかった、こうしょう。私は今日残業で疲れている。そしてこの時間。未成年者との会食は流石にマズい」


「―というわけだが、明日私は休みだ。明日夕食デートで手を打とう。明日連絡するから、じゃあ明日」


 一気にまくしたてて、ふたり乗りの軽自動車で颯爽さっそうとかっこいい勘違いと共に去っていった残念大人女子。


 あっ、でもなんだろ。


 ドキドキしている。降って湧いた望ちゃんとの夕食デートを楽しみにしている自分がいる。


 ただ、楽しみにしているが『あいだを取って』とは何と何のあいだなのか気にならないでもない。


 とはいえ、雅にしろ望ちゃんにしろ『捨てる神あれば拾う神あり』だ。


 なんか使い方違う気がするけど、気分的にはそうだ。


 京子の話。


 家族からの話。


 もしホントにオレのこと『釣った魚』だと思ってるなら『キャッチアンドリリース』してほしい。


 誰だって『雑に』扱われたくない。


 もしホントにそうならオレはオレのやりたい事、小説に力を注ぎたい。


 家に帰ると詩音からメッセージが入っていた。


『起きてるから』


 それだけ『起きてるから』連絡してってことだよな。


 これは一見『つっけんどん』に見えるが詩音の心遣いだ。


『起きてるから電話して』だと『電話しないと』になる。


 そうなると場合によればオレの負担になるかも。


 そんな配慮。


 起きてるから。自分の現状を伝えて後どうするかはオレに『決めて』なのだ。


 つまりボールはオレに預けてくれてるわけで、しんどかったらいいよ。そんな優しさ。


 人が人を比べたら、ホントに駄目なんだろうか。


 存在する限り比較対象は免れない。意味深なこと言っておいてなんだけど、この話は『して知るべし』だ。


 今日はヘコむ考えは、出来ればもうしたくない。


 落ち込んだり、腹が立ったり、そういう感情の起伏に疲れている。


 風呂から上がり時間はそこそこ。約束なしで連絡を取るには、気を使う時間になってる。


『起きてる』


 そう言ってくれる詩音だからこそ、気を使う。オレはいきなり電話ではなくメッセージで起きてるかを確認した。


 せっかくオレのことを考えてくれてるのに、配慮のない行動だけはやめておきたい。


『起きてるよ』


 短い文書だけど、胸にみる。


 オレはこのメッセージの相手と昨日のキスをして、もしかしたら今日幸せいっぱいで、のたうち回て。


 そんなルートもあったはずだ。


 そうならない、なってないのは『身から出たさび』なんだろうな。


 油断すると自分を責めてしまう。オレだけの問題じゃない。


 京子の素っ気ない態度がなければこんな気分じゃなかったんだ。


 ―でもその態度取らせたのは、詩音とキスしたオレなんじゃねぇ?


 このままじゃ『無限自責ルート』だ。日曜日の夜、そして月曜の朝を迎える時間には避けたいルート。


 オレは詩音に電話した。










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