第89話 釣った魚。

「おねぇの『例の癖』じゃない」

「だね」


 母娘の短い会話。さっきの『察し』と、気になる。


 暗闇でもオレの気掛かりが伝わったのだろう。雅がお母さんをつつく。


「あの、冬坂くん。もしかして―京子とその、付き合ってたり―」


 何だが聞きにくそうな感じ。何だ、この残念男子を見る目は。


「おねぇさ『釣った魚にエサやらない』タイプなんだよね」


 なんだろ、この言葉。


 今のオレにすごくしっくりくる。確かにそんな感じがする。親密になってるはずなのに感じる『疎外感』その訳をオレはオレ自身にあると思ってたが。


「亮介さん、実はこのジャージおねぇのなんだ。高校合格のお祝いで買ってもらったんだよね」


「そうそう、大変だったのよ『私あの白いジャージのために頑張る』って、結果高校は合格出来たんだけど―」


「1回着たら『私ってジャージ似合わないかも』ってそれ以来着てない。この間『私似合わないから雅にあげる』って」


 つまりはこのふたり何が言いたいかと言うと。


京子的には『オレは釣れた魚』だから興味失せてるかも、と。とても言い難い助言をくれているようだ。


 しかし、それだけでは『そんなことないだろ』なオレ。


 いくらケンカしてるとは言え『カレシ』『カノジョ』なんだ。そんな、そんな『釣った魚』に例えられると流石に落ち込む。


「昔からだから、クリスマスに欲しがったモノあげても箱すら開けなかったりだから


 お母さん、めちゃくちゃ気にしますけど。フォローがフォローになってない。挙げ句―


「亮介さん、わたしはそんなことないですよ、この際―」


「あんた、受験生でしょ」


 そんな会話を残して北町母娘はナッシュビルの駐車場を出ていった。


 オレは別に途方に暮れたわけでも、呆然としたわけでもないが元気なく駐輪場に向かう。


何となく最近の京子の『雑な』扱いに納得いってしまった。


 ショックというか『そういうことか』つまり納得してしまった。


 今日だってバイト上がりに行くのは『詩音のうち』という選択肢もあった。


 どちらとも誰とも約束してない。詩音は詩音で『口止めされた』の件で話ししとかないとだったし、京子には詩音との関係、キスしたことを―


 そういや、詩音との態度とオレとの態度はあからさまに違ってた。


『雑』と言うより『あしらう』ようにも見えた。懐いてくる子供を優しく『あしらう』母親的な。


 そうか―オレの中の違和感はこれなんだろう。


 転がってる答えに飛びつき、決めつけるのは危険だ。


 勘違いだったり思い込みで望まぬ結果に行き着くこともある。


 頭を冷やして冷静に受け止める必要がある。深呼吸して、チャリンコに跨がろうとすると聞き慣れた少し低めの声が聞こえた。


「冬坂、いくらなんでも出待ちは困る、これでも店長でお前は未成年」


 振り返るとおどけた顔する望ちゃんがいた。私服だ、仕事上がりなんだ。


 ここには自意識過剰な残念系大人女子がいる。





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